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第10話

 恋愛って、恋愛ーー。  頭の中でその言葉がぐるりと回り理解を避けようとしていたが自然と顔がこわばっていく。  固まった泉の手に水割りが渡される。  冷たいグラスに我に返った。 「な、に、言ってるんですか、八木さん。俺、男ですよ! 店長も男なのに。そんな男同士なんてあるわけないじゃないですか」 「そう? そんな珍しいことじゃないと思うけど」  あっさりと切り返し涼介は串焼きをつまんでいる。本当になんでもないと思っているような雰囲気だった。  同性愛に偏見がないひともいるだろう。  でもそうでないことのほうが多いんじゃないのか。だけど涼介は違うのか。認めていいのか。認めて、それで?  ぐるぐると泉の思考はまわり落ち着きなく視線が彷徨う。 「……っていうか、なんで俺が店長のこと……とか」  ぼそぼそと呟く泉は自分の発言がほぼほぼ好きだと肯定しているようなものだったが気づいていない。 「まぁなんとなく最初からかな。早川くんずっと先輩のこと熱い目で見てるし意識しまくってるから、そーかなって、勘」  涼介はあくまでも余裕があった。本当に気にしていないんだろうか。いや、それも気になるが。  泉は手の中のグラスをぎゅっと握りしめ、新たに湧いた疑問にパニックになる。手前に置いていた取り皿がガタガタとひっくり返りそうになる勢いで身を乗り出した。 「あ、あの、そんなに俺、わかりやすいです? みんなにバレてます? あの、店長っ」  涼介が気づいているのならまさか一貴もなのか。それにもしほかのメンバーにも。  血の気が引いていくのを感じる。  真っ青になった泉を涼介は「落ち着いて」と苦笑した。 「みんなにはバレてないと思うよ。早川くんの場合先輩のことすごく尊敬して慕ってるように見えるから恋愛とは結び付けないんじゃないかな。先輩は……。んーと俺がさ、早川くんが先輩のことを好きなんじゃないかな、と思ったのは俺が早川くんと同じだからかな」  泉を安心させるようににっこりと笑う涼介。  泉は涼介が言ったことを反芻しながら今度は脱力して座り込むと呆然として呟いた。 「……八木さんも店長のこと……好きなんですか」 「……は?」  ぽかんと涼介が口を開けて、「違う違う!」と初めて見る必死の形相で首を振った。  その剣幕に驚いてると、涼介は我に返ったように笑い出した。 「先輩は俺のタイプじゃないよ。まったく恋愛感情はない」 「……じゃあ」 「俺もゲイってこと」 「……」 「俺も恋愛対象が男ってこと」  固まった泉のためにか涼介がゆっくり告げる。  すべてを認識するのにたっぷり1分ほどかかった泉は水割りを半分ほど一気にあおって料理を見回し軟骨唐揚げを四、五個食べて、水割りの残りを一気に飲み干した。  そんな泉を楽しそうに涼介が見ているが気にする余裕もない。  水割りをほぼ一気に飲んだせいで急激に酔いが回っていくのを感じる。だけど飲まずにはいられなかった。 「ま、マジで?」  敬語も忘れて、ようやく泉は問い返した。 「マジ、で」  茶目っ気たっぷりに涼介が相槌を打つ。泉は呆然と涼介を見つめた。  自分ひとりがこの世界で同性愛者なわけではない。だけど実際周りにいるなんて思ってもみなかったし、いたとしてどう反応すればいいのかわからなかった。  涼介の言葉が冗談じゃない、というのは微笑してるものの真っ直ぐに目を合わせてくれている態度を見ればわかる。 「そう、なんだ……」 「そうだよ」  そうなのか。涼介がゲイ。  涼介は泉がゲイだと気付いたが、泉はまったくわからなかった。それは経験の差なのか?  どう反応すればいいのかわからずに泉は枝豆をとりもそもそと食べる。  驚きに酔いが覚めたような気がするが身体は熱いから実際酒は抜けてるはずもない。酔っている自覚はないままうまく働かない思考の中でふと浮かんだ質問をしてみた。 「……八木さん、いま……恋人いるんですか?」 「今はいないよ。社会人になってからはいないなー」  片肘をついて答える涼介は少し意味深に笑う。それがなんなのか恋愛経験に乏しい泉にわかるはずもなく、昔はいたんだよな、モテそう、と食い入るように涼介を見つめる。 「早川くんは……片想い中ってことでよかったんだよね?」  否定もいまさらな気がして逡巡して泉は小さく頷く。頷いたとたん顏が酒のせいではなく熱くなっていくのがわかった。

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