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第14話

「……早川くん、体調悪い?」  遅番で入り3時間。パソコンで商品発注をしおえて一息ついた泉はかけられた声に心臓を跳ね上がらせた。  振り向くまでもない。一貴の声だ。  忙しなく動く心臓をなだめながらひきつりそうになる顔に必死に笑みを浮かべる。 「元気ですよ」  振り向くとひと一人分ほど空けた距離に一貴がいる。 「そう? 顔色悪いよ」  いつもは癒される一貴の声、そして存在。だが今は直視できない。 「……すみません、実は二日酔いで」  俯き加減に泉は答える。  これは嘘ではなかった。今朝涼介のところで目覚めたときはなんともなかったがバタバタと逃げ出して、自分のいる場所がどこかもわからず地図アプリでようやく把握して1時間半ほどかかってようやく帰り着いたときにはひどい倦怠感と頭痛に襲われていた。  ゆっくり休んでいる暇はなかったのでシャワーを浴びてから出勤してきたのだ。 「二日酔い?」 「……すみません」  頭を下げる。一応仕事はこなしてはいるが、いつもよりのろのろとしてしまっている自覚はあった。 「そう。仕事に響くほど飲むのは控えた方がいい」 「……はい」  本当に飲みすぎた。きのうの夜は明らかに飲みすぎた。涼介のペースにいつの間にか合わせて飲んでしまっていた。  涼介の……。 「早川くん?」  心配そうな一貴と目が合い、泉は慌てて視線を逸らした。 「っ、あの、仕事がんばります!」  つい、見てしまった。  泉の視線は無意識に一貴の唇に向いてしまったのだ。  勢いよく宣言してカウンターを出る。商品補充や陳列の整理。仕事に集中する。  正直頭は今朝のアノコトでパニックのままなのだが、二日酔いのせいで深く考える余裕がない。  たまに思い出してはため息をつく、の繰り返しだ。  仕事をおろそかにはできない、と泉は集中するが早々バタバタ忙しくもなくようやく夕方の休憩に入ったときにはぐったりとしていた。二日酔いは少しましになっていたがそうなると涼介のことが頭の中にいっぱいになって落ち着かなかったのだ。  思い出すだけで顔が熱くなる。こどもか、と自分でも呆れる。飲み会の席で酔って男同士でもしてるのは見たことあった。  泉にとってはシャレにならないことでそういったゲームなりノリには乗らないようにしていた。  女の子じゃないんだしファーストキスで傷ついたりはしない。  そう、傷ついたりはしていない。フロアの半分を占める広い休憩室のテーブルに突っ伏して泉はため息をつく。  休憩室は商業施設のテナントの従業員たちが使えるようになっている。いまは夕方でそんなに人はいなく静かだった。  買ってきていたパンも食べる気力がない。  ファーストキスに夢なんてなかったけど。  またひとつため息がこぼれたときすぐそばでテーブルに物を置く音がした。誰か座ったのだろうと突っ伏したままの泉は気にしなかったがーー。 「早川くん、これ」  思いがけない声がして驚いて顔を上げた。売り場にいるはずの一貴が立っている。 「店長?! どうしたんですか?」 「差入れ」  見るとテーブルに栄養ドリンクが置いてある。泉はさらに驚いて一貴を見上げた。 「えっ……これ」 「俺も二日酔いの辛さはよく分かってるから。これよく効くよ。飲んで後半も頑張って」 「……」  ふ、と微笑む一貴が泉の目にはとてつもなくキラキラして見える。一瞬惚けてから、泉は勢いよく立ち上がると栄養ドリンクを掴み握りしめた。 「ありがとうございます! がんばります!」  店長優しいかっこいいやっぱり好きだ。  泉の胸は熱くなりこうして気にかけてもらえるだけで幸せなのだと再認識した。今朝のことも遥か彼方へ吹っ飛んでいく。  そんな泉に優しく笑いかけ「それじゃ、お疲れ様」と一貴は休憩室を出ていった。  泉はぽーっと立ち尽くして見送り、少しして腰を下ろした。手の中の栄養ドリンクを眺め、もったいないが早速飲みほした。  栄養ドリンクの効果を待つまでもなく一貴のおかげで気分は晴れやかで二日酔いなどどこへやら。  空になった栄養ドリンクの瓶をにやにやとにやけてしまいながら眺めて休憩時間は終わり、テンションは上がったままその日の仕事は終わった。  幸せな足取りで帰宅して幸せ気分のままその日は終わるーーことはなく。  電話が鳴ったのは帰宅してしばらくしてからだった。

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