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第16話
レジにいた泉はエスカレーターがある方から歩いてくる涼介に気づいてそっとカウンターの外へ出た。そそくさと売り場の片隅へと移動し、そわそわと商品の整理をし始める。
平日の昼過ぎ、売り場に人はまばらだ。挙動不審にならないよう気を付けつつ、どうにか涼介に気づかれずやり過ごしたかった。
ファーストキス事件が起きてほんの二日だ。先日電話で話したとおり現れた涼介。プライベートと仕事は別だ、とわかってはいる。ただ――今日はとりあえず会うのが気まずい、のだ。
そっとレジのほうを覗き見ると涼介が野口と談笑している。そして身体の向きを変え――たので、慌てて隠れた。
鉢合わせないよう気を付けながら売り場をうろうろする。
が、当然長くは持たなかった。
「涼介くん。かくれんぼ?」
スケッチブックや絵の具のコーナーにいた泉は気配なく近づいてきていた涼介に声を掛けられ大きく肩をびくつかせた。顔を引きつらせながら振り向くと爽やかな笑顔で涼介が「こんにちは」と軽く手を上げる。
「お、お疲れ様です」
「もしかして避けられてます?」
わざとらしい口調で涼介が隣に並ぶ。
「なにがですか」
泉も白々しい口調で誤魔化すように笑みを作った。
「ふーん」
じっと見つめられて視線を逸らすが、痛いほど視線を感じて居心地が悪い。泉は商品を綺麗に並べなおしたりととりあえず作業に集中したふりをする。まわりに客はいなくふたりだけだった。
「今日は先輩はお休み?」
一瞬泉は手を止めた。すぐにスケッチブックを大きさ順に並べ「そうです」と呟く。
と、隣から大きなため息が聞こえてきた。思わず横を見ると涼介と目が合い、盛大なため息をもう一度つかれる。
え、ため息つくのって俺のほうじゃないのか?
泉がもの言いたげに涼介を見つめると、涼介が三度目のため息。
「もしかして隠れてたのって俺と会うのが気まずいから――は合ってるとして、涼介さんとキスしちゃった! で、ドキドキしちゃうからーとかじゃなくって、先輩とのキスとか想像して後ろめたくなってたりすんの?」
「はぁ!?」
仕事中だということも忘れて叫んだ泉はハッとして口を手で押さえた。
「え、本気で? ――キスしたの、俺なんだけど?」
呆れた声を上げた涼介が、途中声を潜め、泉の耳元で囁いてくる。吹きかかった吐息に今度は両手で耳を押え涼介から距離を置いた。
「っ、仕事中ですよ、八木さんっ」
「そうですね」
あっさりと仕事モードに戻ったらしい涼介がにっこり笑う。気まずくて泉はまた一歩涼介から距離を置いた。
――なぜバレたんだろう。
一昨日涼介からの電話を切ったあと、思わず一貴とのキスを妄想して――そこから翌日の休日悶々としてしまったのだ。一緒に仕事できるだけで、会えるだけでいいと思っていたはずなのに、触れ合うことなんてあり得ないのに想像は容易かった。
流石に男同士のやり方をスマホで検索しようとして、それは寸前で思いとどまったが。
なにを考えてるんだと泉は羞恥と罪悪感と悶々とした気持ちに翻弄されてずっとプチパニック状態にある。一貴が今日休みでよかった、とどれだけ安堵しただろう。
「泉くん」
変な妄想はやめよう、平常心平常心。
泉が必死で心の中で唱えていると「新商品持って来たんで見てもらえます?」と涼介がレジカウンターのほうを指さす。
「え、あ、はい。でも俺まだ……」
「この前先輩にも話しておいてとりあえず2セットってことでOKもらってるから大丈夫。商品のウリとか説明をしておこうかなと思って」
「わかりました」
仕事モードの涼介に泉もようやく気分を入れ替えた。いまは仕事中なんだ、余計なことはあとだ、と気合を入れる。
カウンターへと足を向けたところで腕を掴まれた。
「泉くんさ」
「はい」
「想像にも限度あるだろうから、ご要望あればいつでもレクチャーするからね」
「は……、いや、え、違うんです」
「はいはい。えっと今回の新商品はね」
違わないけど違う!
と焦ったところですぐにカウンターにたどり着いてしまう。さっきの一言などなかったように涼介はそれから一切プライベートについては口に出さず新商品の説明を始めてしまった。
2セット新商品を置いて帰っていった涼介を見送り、泉はまた悶々としはじめた。
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