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第20話
居酒屋の前で泉は立ち尽くしていた。
今日は健二と約束した飲み会の日だ。仕事を終えて小一時間。現地集合の居酒屋まできたもののなかなかは入れずにいる。
何も考えずに騒ぎたい飲みたいというのもあるが、確実に恋愛事情について詮索される。
ーー昨日、野口からそろそろ結婚も、という話を聞いてから気分がどうしても浮上しなかった。
初恋で、好きでいられるだけで幸せだと思っていたのに。
賑やかな土曜の飲屋街。夏の7時はまだ明るくこれから長い夜が始まるのを楽しむ人々の喧騒に包まれている。
そんな中でぐじぐじとしている自分にうんざりしながらも一歩踏み出せない泉は深いため息をつく。
そのときだった、ドンと背後から勢いよくぶつかられた。
「なーにしけた顔して突っ立ってんだ? こんなところにいたら邪魔だろ! ほら、入るぞ!」
振り返るでもない。酔っ払いでもなんでもなく泉の親友の健二だった。高校時代から変わらない明るい茶色の短髪。一見チャラそうだがイケメンの部類だ。
「ッテェ! 変なやつかと思っただろ」
「居酒屋の前で突っ立ってるお前が変なやつだろ」
即座に健二が言い返し泉を追い越して居酒屋の中へと入って行く。
いらっしゃいませー、と元気な店員の声が響いてきて、「ほら早く来い」と健二に急かされてようやく泉も店内へ入る。
ワイワイ賑やかな店内。リーズナブルが売りのチェーン店の居酒屋。奥の方のテーブル席に見知った顔がふたつあって泉は軽く手を上げた。
4人がけのテーブルにはすでにお通しがきていて、2人ともすでに手をつけている。
「よお、久しぶりだな」
インテリ眼鏡の春紀。
「早く飲もうぜー」
童顔でゲーマーの周。
「泉のやつ居酒屋の前でボーッと突っ立てたんだぜ」
笑いながら健二は春紀の横に座り泉は周の横へと座った。
高校時代からたいていこうして定位置が自然と決まっていた。
「暑さでボケてるのか?」
「違う」
春紀にもからかわれ「そんなんじゃない」と泉は口を尖らせる。
「泉は恋愛ボケだよなー」
健二が煙草を取り出しながらニヤニヤと言ったところで周が「生頼むぞ」とメニューを手にして店員を呼ぶ。
元気のいい同い年くらいの店員がすぐにやってきて周が生ビール4杯に軟骨唐揚げ、枝豆と頼みそれに合わせて各々が定番メニューをいくつか注文した。
「恋愛ー? 泉が?」
物珍しげに春紀が見てくるから泉は周が持っていたメニューを奪い取り視線を落とす。
「周、新作ゲームの話でもしてろ」
片肘で隣の周をつつくと、いまだに高校生下手すれば中学生に間違われることもある周が健二と同じようなニヤついた笑みを浮かべる。
「お前初恋になるんじゃねーの?」
「そういやそうだな? 恋愛経験ゼロだったな」
「そうそう。ようやく泉が! だよ」
周に春紀に健二と続いて3人の視線が一斉に泉に集まる。
その視線を遮るようにメニューを顔の前に立たせる。
「うっせーな。男4人揃って恋バナってなんの会だよ!」
「いやいや、泉くんが二十歳の節目にして初恋を迎えたんだからそりゃぁお兄さんたちは気になるよなぁ」
健二が煙草に火をつけながらわざとらしく神妙な顔をしてみせる。
誰がお兄さんたちだよ、とぶつぶつ呟きながら実際泉よりは経験値がある3人だ。
こんな最初から弄られるのは回避したい泉はメニューを必死で眺めている振りをした。
すぐに生ビールが運ばれてきて、ようやくメニューから顔を上げるとニヤついた健二と目が合う。視線を逸らしてジョッキを手にすると乾杯だ。
「お疲れ~」
「「「泉の初恋にー」」」
カンパーイ!
まるで示し合わせたかのように3人はハモった。
泉はギョッとして美味しそうにビールを飲む3人に「おい! お前ら!」と慌てるが、みんなは気にする様子もなく、うまい、と一息ついている。
「まあまあ、とりあえず泉も飲めよ!」
ビールジョッキを持ったままの泉に、ほらほら、と隣の周が急かす。
確かにせっかくのビールを飲まないわけにはいかないので泉も半分ほど一気にあおった。
よく冷えたビールが喉を滑り落ちていき仕事終わりの身体にしみていく。
力が抜けていくのを感じながらジョッキを置くと泉の前に小鉢が三つ置かれる。
「なに」
健二たちが自分たちのお通しを渡してきたのだ。
「お祝い」
「記念に」
「おめでとう!」
「……」
今夜はずっとこの調子なんだろうか。
考えるとげんなりして、泉は無言で4人分のお通しを食べ始めた。
お通しはきんぴらごぼうだ。四つもいらないなと内心思いつつ泉はぱくぱくと食べていく。
「で? どんな子」
早速とばかりに健二が身を乗り出してくる。周も春紀も同じようにして目を輝かせて泉を見つめてくる。
泉はため息をつくとイスの背に持たれてビールをもう一飲みした。
一貴のことが思い浮かび、じんわりと胸が痛む。
それを誤魔化すようにきんぴらごぼうを口に放り込みながら素っ気ない口調で切り出した。
「最初に言っておくけど、100パー無理、失恋確定してるから」
揺るぎない事実をまず言っておかなければ、認めておかないと……と泉はもう一度心の中でため息をついた。
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