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第21話

「えっ、なに告白したの?」  3人が驚いた顔をする。予想外の展開だとでも言うようなさっきまでのからかいの表情はない。 「泉やるじゃん! マジで!?」 「振られたのか?」  健二、周、春紀と立て続けに訊いてくる。その勢いに後退る場所はないのに身を引くようにして泉はひきつった笑みを浮かべた。 「え、いや……告白はしてない」  告白なんてできるはずがない。相手は男なのだ。だけどそれを言うことはできない。 「なんだよ、してねーのか」  健二が大きな溜息とともに煙草の煙を吐き出す。 「そ、そんな簡単に告白なんかできるわけないだろ!」  女性相手だったとしてもできる気がしない。  泉が顔を赤くして叫ぶと三人にわざとらしいため息をつかれて若干プライドが傷つく。  言い訳をもごもごと口を動かしつつ考えていると枝豆と軟骨のから揚げが運ばれてきた。  ごく自然に春紀が軟骨揚げにレモンをしぼり、周がばくばくと食べだす。泉と健二は枝豆に手を伸ばし、塩がききすぎた枝豆に一瞬眉を寄せた。 「それでー? 告白してないけど失恋確定ってことは泉の好きな子って彼氏いるってこと?」  ひとりで食べつくしそうな勢いで軟骨揚げを食べている周がちゃんと話せよ、と横目に見てくる。それは残りの二人も同じだ。 「……そ、そう。カノ……、か、彼氏がいるんだよ」  彼女、と言いかけて慌てて言い直すと泉は誤魔化すようにビールを飲んだ。 「ふーん。奪っちゃえば」 「は!?」 「ようやく初恋の泉には無理だろ」 「無理だな」  なんでもないことのように略奪せよと言いだした周に、健二たちが無理無理と頷きあっている。 「む、無理、って! いや、無理だけど! 奪うとか、ないだろ!」  なんだ奪うって、と予想外の言葉に泉は軽くパニックになった。 「だ、たいたいその人は……結婚するんだよ」 「結婚? いくつなんだ?」  眼鏡越しに訝しんだ春紀の視線が鋭く向けられて泉はすでに食べて凹んだ枝豆のさやを意味なく弄りながら呟く。 「27歳……」 「27?」  周が驚きの声を上げて、泉は居たたまれなさにビールの残りを一気に飲み干すと店員を呼んだ。  もう一杯生ビールを頼む泉にちくちくと視線が刺さる。  やっぱり来なきゃよかったか。  思わずため息をつくが、追求の手は緩まることはない。 「へー、お前歳上好きだったんだ?」  何度か健二に女の子を紹介してもらったこともあった高校時代。ほとんどは同い年と年下だった。  歳上か、と過去を思い出してるのか健二は妙に真面目な顔で頷いている。 「27歳なら結婚もそう早くはないな」 「どん感じのひと? 美人?」  春紀もタバコを取り出しながら頷いていて、周はさらに興味を煽られたのか身体を寄せて訊いてくる。  友人たちは泉が好きな相手が男だとは間違いなく一ミリも思っていないだろう。それに齟齬が出ないよう泉は気をつけながら肯定した。 「……綺麗なひと」  知的でクールな印象があるが優しくて面倒見がいい。完璧な笑顔はいつだってつい見惚れてしまいそうになる。 「へー。バイト先のひとなんだろ? 正社員なわけ?」 「……」  周のさらなる問いかけに、う、と言葉に詰まったところで料理が運ばれてきた。 「そうだろ。就活よりいまのバイトずっと続けたいって言ってたから。な、泉」   あっさりと健二が暴露する。つい泉は焦って身を乗り出した。 「お前ら絶対見に来るなよ!」  正直今この場で誤魔化せたとしても職場まで来たとき、泉の一貴への態度を見ればこの三人なら気づくかもしれない。そんなことになれば一貴に迷惑がかかるかもしれないし、恥ずかしいし、どう思われるかも不安だ。  慌てている泉に三人は一瞬目を点にした後、目を合わせてニヤニヤと笑いだす。 「よし、今度見に行くか」 「いいねー。泉の初恋を奪った美人! 気になるわ」 「楽しみだな」 「だーめだ! 来たら絶交だからな!」 「絶交ってなんだよ、小学生か」  大きく手を振って制止しようと叫んだ泉に健二が爆笑する。確かに絶交ってなんだよ、と泉は顔を赤くしてビールを飲んだ。 もう少し酒を入れないとこの場を乗り切れる気がしなかった。いや、入りすぎたらぼろが出るかもしれない。そう過ったが飲むペースはいつもより早くなっている。 「結婚間近なら失恋は確定だな」  周も健二とともに笑っていたが春紀が憐れむような眼差しを泉へと向けた。 「初恋ですぐに失恋。まぁそれも人生経験だろ。俺が紹介してやるよ、また。今度は年上な」  苦笑に変えた健二が励ますように言ってくるが、「えー、別にまだ結婚したわけじゃないなら奪っちゃえばいいじゃん」とギョッとするような発言を再び周がしてきた。  童顔の周は可愛い顔をしているわりに中身はS気がある。明らかに本気で言ってる気配を感じて泉は顔を引き攣らせた。 「さすがにそれはないだろ。もう結婚決まってるなら。泉がプライベートでその女性と会ったりしてるってのならともかく。どうせ脈ナシだろ? 見てるだけなんだろうし」  吹きかかる健二の煙草の煙とともに言葉がグサグサと突き刺さってくる。  無言に泉がなるとそれぞれがようやく一杯目を空けて二杯目を注文していた。それに泉は便乗して三杯目を頼み、飲みかけのビールを胃に流していく。 「脈あるわけないだろ。見てるだけでいいんだよ、ただ好きなだけなんだから」  口を尖らせ泉は春紀が頼んだだし巻き卵を一切れ二切れと食べる。すでに二切れ春紀が食べていたから残りは一個。それにも箸を伸ばそうとしたら素早く春紀が奪って食べてしまった。 「だし巻き卵は渡さない」 「……」  真剣な春紀にさらに泉は口を尖らせる。と、肩に周の手が乗って横を見ると顔が近づいてきた。一瞬、涼介との距離がゼロになったときのことを思い出し驚いてのけぞった。イスから滑るような体勢になった泉に周が笑う。 「告白くらいしてみれば。ただ好きなだけとか意味ねーじゃん」 「いやでも同じ職場なんだろ? 気まずくならないか?」 「春もわりと慎重派だもんなー。そんなの気にしててどうすんだよ。当たって砕けろ」 「周は無鉄砲すぎるからな。いやでも俺も告白してみれば、って思うわ」  串盛り合わせから一本健二が掴んで食べつつからかうような口ぶりは入ってるがその目はわりと真面目だった。 「……無理」 「だってさ、ようやく初恋って認めるくらいにマジで好きだってことだろ? 気持ち伝えればお前もひとまわり成長できるんじゃね?」 「……無理」 「それに当たって砕けて居ずらくなったら、就活がんばっていまのバイトやめればいいだろ」 「……」  痛いところを突かれて返す言葉がなくなる。そもそも就活をしつつのとりあえずのバイトのはずだったのだ。 「……べ、別に告白したいわけじゃないし……、結婚したとしても、俺は好きなだけだからいいんだって」  言いながらチクチクした痛みを感じるがそれは無視だ。 「……お前……なんか」  深いため息をついたのは健二。 「乙女だな」  だし巻き卵もう一つ頼もうと言いながらつぶやいたのは春紀。 「あと数年は童貞っぽいよな、泉は」  周が軟骨揚げを頬張りながら言った。 「まぁ初恋だし、な? 泉らしくていーんじゃないか」  お待たせしましたー、とジョッキが四つテーブルに置かれる。ほら、飲めよと健二が手渡してくる。  受け取ったジョッキに健二がジョッキをぶつけてきた。 「ま、ゆっくり聞いてやるよ」 「……」  流れ的にひと段落するんじゃないのか?  眉を寄せる泉に反して三人は好きだと気づいたきっかけやら、どんな性格なのかやらと泉の初恋をつまみに盛り上がったのだった。 ***

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