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第22話
日付が変わろうとする頃、4人はカラオケボックスを出た。
いつもなら朝まででも遊んでいるが今日は健二が明日朝早くから用事があるそうで一旦解散になったのだ。
「泉どうする、春は?」
「あー、俺も帰ろうかな。なんか眠い」
周に問われて欠伸混じりに泉は答えた。
しばらくすれば眠気の波がおさまるような気もするが、カラオケの途中から欠伸が止まらなかったのだ。
「だらしないな、泉ー。春は付き合うだろ?」
「ああ」
周と春紀は家も近く、もともと幼馴染だ。周の相手は春紀に任せておけば問題ないだろう。
泉は健二とともにふたりにまたなと手を振って別れた。
「当たって砕けてみろよ~」
別れ際に周が投げかけてきた言葉。ぎょっとして振り向いたが周はすでに背を向けて春紀と楽し気に喋っている。
「……ったく」
周がわりと攻めるタイプだとは知っていたけどこんなにアグレッシブだったとは。いやそれが普通なのか? 普通は相手に恋人がいても告白するのか? いやないだろ。
少し眠気が覚めてしまったのを感じながら泉は居酒屋で散々弄られたことを思い出しため息をつく。
好きな相手が男であることはバレていないはずだ。
酒が入ってるからはっきりと自信はないがそれでもそこは言えないと気を張っていた。
「泉」
駅へと向かう道中。まだ夜はこれからだと賑やかな通り。明るいネオンと人混みを縫うように歩きながら泉は健二を見た。
「なんだ?」
「なにかあったら言えよ」
「なにか?」
「悩み、とか。まぁなにかだよ。困ったときは言えよ」
駅まではほんの数分の距離だ。飲食店の先にすでに見えていて健二といる時間もそう長くない。
餃子屋、牛丼屋……居酒屋、サラリーマンや泉たちと同じ若者、職場の飲み会のようなグループ。そんなひとたちそばを通り過ぎながら健二の言葉を脳内で反芻する。
「うん……?」
曖昧に泉が頷くと健二は苦笑し、ぽんと泉の肩を叩く。
「お前ボケてるからさ、心配になるんだよ。当たって砕けたりはしないだろうけど」
「……へ、え、当たらない!」
ようやく健二が心配しているのが恋愛のことなのだと気付いた泉はブンブンと首を振った。
「まぁ、しないってわかってるよ。でも――」
今度は健二の手が泉の後頭部を軽く叩き、目を細めた。
「なにかあったら、ほんと言えよ。誰にも言えないようなことでも、な。一応お前の親友だって思ってるんだから」
泉は目を丸くして歩く速度を落としかけた。
――誰にも言えないようなこと。
ワンテンポ遅れて脳に届く言葉に身体が竦む。思い当たることが反射的に浮かんで、え、と呟いたところで健二がなにかに気づいたように泉から視線を逸らした。すぐにスマホを取り出して喋りだす。
「――はいはーい。いま帰ってる。え? まぁいいけど。はいはい」
歩きながら喋る健二の横顔を盗み見る。
健二は高校時代に出会って、間違いなく泉の親友だ。相談に乗ってもらったこともたくさんある。普段ふざけていることも多いが、その分泉を気にかけてもくれている。
健二が誰かと電話している間に駅構内へと入る。
じゃああとで、と電話を切る健二を見続けていたら目が合った。
「悪いな。彼女」
「彼女……。ああ、付き合って二週間だっけ?」
つい3か月前には別の彼女がいたのを知っている。2カ月前に別れたことも。
20年間彼女がいない泉にとってどうしたらそんなに早く彼女ができるのかさっぱりわからない。
「そう。明日朝からの用事って彼女絡みなんだけど、もう今日から泊まりにくればって。寂しいから、だって」
「……へぇ……」
なんだそれ。いいな。
改札を抜けながら――彼女かぁ……と考えていると突然健二からタックルされた。
「うわっ、な、なんだよっ」
「いや、お前まじで好きな相手ができたんだな、と思ってさ」
「へ?」
「いま俺のこと羨ましいって思っただろ」
「……」
にやにやした健二に泉は言葉を詰まらせ目を泳がせた。
「べ、別に」
「いままでお前、俺の彼女の話しても全然興味なかったからな。すごい進歩だよなぁ」
「……」
「ほんと。がんばれよ」
「がんばれって、俺はだから」
「さっきも言ったけど、なにかあったら言えよ。なんでも聞いてやるから」
「……」
「おっと。俺、あっちだから、じゃあな、泉」
「あ、ああ」
またな、と健二は泉が向かうのとは違うホームへと走って行った。
それを見送って止まっていた足を動かしだす。
うらやましい、と感じたことと、健二がなんでもと言ったことが心に引っかかる。
二十歳になって初めてひとを好きになったから心配されてるんだろうか。
まぁ、そうだよな。
ため息つくが、引っかかったモノが取れない。
「……でも言えないよな」
一貴との間になにか、なんてあり得ない。万が一になにかあったとしてもそれを健二に相談できるかというと微妙だ。
今日はなんとか誤魔化せたけど切羽詰まったときに好きな相手が男だと隠し通せるかわからない。
それよりも――いまさら、正直に言えなかったことに胸が痛む。
きっと好きな相手が男だと知っても茶化すようなことはないとわかってはいるけど。
またため息が出て憂鬱にホームに立つ。
電車の時間は4分ほど後だった。
なんとなくスマホを取り出す。飲みに行ってからずっと見ていなかったスマホ。とくになにもないだろうと思ったらSNSに通知が来ていた。
開くと涼介からだった。
【なにしてる? 俺はいま家でひとり晩酌して映画見てる】
2時間ほど前に来ていたメッセージ。
ふ、と泉の肩から力が抜ける。
仕事で知り合って、泉の秘密を知っている涼介。同じ秘密を持つ仲間。
妙にホッとしてしまう。
なにを見ているのかな、そう思って、ごく自然に泉は涼介に返信ではなく電話をかけていた。
「もしもし? 泉くん」
すぐに通話になって涼介の声が聞こえてくる。
「こんばんは」
「どうかした? なんかあった?」
「へ……」
問われてようやく自分がした行動に気づいて慌てた。
な、なんで涼介さんに電話してるんだ、俺。
泉は狼狽え声を上擦らせる。
「え、っ、とあの、友達と飲みにきてて、さっき終わって。それで涼介さんのメッセージに気づいたから……その」
いやだからなんで電話したんだよ、と泉は自分自身に突っ込みを入れた。
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