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第23話
涼介にも絶対なにか言われるだろう。
恥ずかしさに顔が熱くなってるとまもなく電車が到着するというアナウンスがホームに流れ出す。
「そうなんだ。友達と飲み会だったんだね。楽しかった?」
「は、はい」
楽しかった。いつもと変わらず4人で盛り上がった。ただ――。
「そっか。よかったね。それでいまから帰るんだ?」
「そうです」
夜だけど人は多くもう来るだろうかと線路の向こうを見ている人たちもいる。ほかのホームで電車が出て行く音。そして泉のいるホームへと近づいてくる走行音。
「泉くん」
「はい」
「うち、来ない?」
「え?」
ホームに風と共に電車が滑り込んでくる。大きな停車音が響く中、泉は戸惑った。
「いまさ俺一人寂しく家で飲んでるんだけど、泉くんよかったから来ない? 一緒飲も?」
「……」
電車から乗客がちらほらと降り、そして泉の周りにいたひとびとが乗っていく。泉は立ち尽くしたまま、言葉を詰まらせた。
眠気に勝てずに周には帰ると言った。
その眠気はいまはもうない。
でも涼介の家――と考えるとどうしてもあのキスが過る。
なのに、すぐには返事が出てこなかった。躊躇っているうちにドアが閉まるというアナウンスが鳴り出す。
「泉くん。おいでよ。待ってるから」
どうしようか。
迷っているうちにドアが閉まる。
「……あ、あの」
「駅まで迎えにくるから。覚えてる、駅?」
「はあ……」
どうして、もう帰るんで行かない、と言えないのか泉自身わからない。
ただもう電車は動き出してしまった。
しばらく待てばまた電車は来る。
だけど、「あとでね」と言う涼介に「わかりました」と返事をしてしまっていた。
***
改札をでたところですぐに涼介の姿は目に入った。ボーダーのハーフパンツにTシャツとごくラフな格好の涼介。部屋着のまま迎えにきてくれたのだろう。
この前、泉が涼介の家から駅までは土地勘がなかったせいで二十分ほどかかってしまったが地図アプリによると10分を切る距離だった。
「こんばんは、泉くん」
やほーと手を振る涼介に泉は駆け寄って軽く頭を下げる。
「す、すみませんこんな夜中に……」
もうすぐ時間は深夜一時になろうとしていた。健二が別れたのは日付が変わるくらいだ。
涼介のところまで乗り継ぎを入れて約40分ほど。
電車に乗り込んだときも乗り換えのときも電車に揺られている間も散々悩みんでいた。でも結局着いてしまった。
「ううん。こっちこそひとりさみしく飲んでたから来てくれて嬉しいよ。で、いまさらなんだけど泉くん明日仕事大丈夫?」
「へ? あ、ああ、明日休みなんです」
そういや言ってなかったな、と気づく。もし休みじゃなかったら来なかった、だろうか。
ぼんやり考えてると「行こう」と涼介が歩き出した。泉もそのあとに続き肩を並べ少し先にあるコンビニに目をとめる。
「涼介さん、コンビニ寄っていいですか?」
「歯ブラシとパンツなら新品あるよ」
「はっ!?」
酒とつまみを買おう。それだけのつもりだったのに予想外の返事に大きな声を上げて涼介をすごい勢いで見てしまった。
「え、だって泊るよね? もう終電ないよ? 泉くん近くじゃないよね」
「……そ……。え、っと、あ、の、酒とか……」
「ああお酒? うちなんでもあるから買わなくていいよ、もったいないし。食料品買いたいだけならいらないからそのまま帰ろ。泉くんがなにか食べたいものあるなら寄るけど」
「な、ないです」
首を振りながら泉はようやく自分の状況に気づいた。
涼介が言った通りに終電はもうないし、泉の住んでいるところは歩いて帰れる距離じゃない。タクシーでといってもどれだけかかるか、持ち合わせで足りるとは思えない。
そもそももうすぐ1時なのだ。いまから飲む……となると当然朝までの可能性だって高くなる。そのまま泊まりとなってもおかしくないというか、お願いしてもいいくらいだろう。
「……」
つい立ち止まった泉に涼介が不思議そうにしたあと吹き出した。
「心配しなくても突然襲ったりしないって」
「おそ!?」
大げさに肩をびくつかせると笑みを消した涼介が顔を近づけてくる。
「キスくらいはするかもしれないけどね」
囁くように言われ、泉は唖然とした。涼介と至近距離で見つめ合う。泉の頭の中はこの間のことが蘇り、やっぱり帰るべきか、と一気に混乱している。
その状況を壊したのはまた笑い出した涼介だった。
「ほんと泉くん、かわいーよね。ほら、行こう。暑い暑い」
手招きして涼介が再び歩き出し泉はのろのろとそのあとを追ったのだった。
***
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