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第25話
小さい涼介は想像できないが状況を想像すると微笑ましいし、テンションが異様に上がる。一貴に頭を撫でられたら――なんてことを考えてしまう。
「まぁでもそのときは誰にも言えなかったなー。保育園でも誰が好きーとか女の子たち言ってるし、男女が当然ってのは小さいながらにわかってたから。言っちゃいけないって思ってたな」
上がったテンションがすっと抜けていく。
「次が小学生のときだなー。5年生かな。同級生。5年だしさ、6歳のときよりは好きってのももっとはっきりしてたけど、これもまた誰にも言えなかったな。ふつーに友達で終わり」
「……」
涼介の表情は特に変わった様子もない。懐かしい思い出話。でも身につまされすぎて泉は視線を伏せた。
「そんな暗い顔しないで。小さい頃はやっぱり自分がおかしいのかな? って気もしてたけど中学入ってからは吹っ切れたし」
これから楽しくなるよ、と涼介は明るく笑い、
いや別にそれまでも好きになったこと自体は楽しかったけどね、と添えた。
黙って泉は頷き暗く沈みかけた気持ちを持ち上げるように半分以上まだ入っていた水割りを一気に飲んだ。
「中学入ったらネットとかしてSNSでね、コミュニティ見つけたわけ。探せばあるんだよね、同性愛者向けとか。そこでまあ同年代くらいのヤツと知り合ったんだ」
涼介がグラスをテーブルに置き片肘をついて懐かしむように目を細めた。カラン、と氷の崩れる音がグラスの中で響く。
「基本的には大人ばっかりだったけど、その中でもやり取りしてると歳近そうな相手ってなんとなくわかるんだよね。それで同じ十代じゃないかなって感じだったケイってやつと親しくなったんだ。それが中二のとき」
ネット、SNS、コミュニティ。なじみのあるワードだけれど泉だったら同じようにそこまでたどり着けなかっただろう。ブログでゲイカップルの日々を見ているだけじゃない。集まりの中へ入って実際に連絡を取り合う。中学の時にそれをしていた涼介がすごいな、と泉は唖然として聞き入った。
「で、一年くらいメールのやり取りしてて、ある日会うことになったんだよね。話してるともしかして近いところに住んでたりするんじゃないかなって思うこともあってさ」
「……へぇ」
会うのか。と過去のことなのにドキドキしてしまう。
「で、実際会ったらさ一つ年上、高校生で、中学は違ったけど割と近かったり。ラッキーって嬉しかったな。ネット上だけじゃなく直接会って話せるしね」
「……ですよね」
自分がもし涼介のように昔からマイノリティだと気付いていたら。ようやく仲間に出会えたら。それはとてつもなく嬉しいだろう。
ずっと目を逸らしていた同性愛――恋愛。それに最近ようやく気付いて、認識して、すぐに泉は涼介と出会ったのだ。そしてあっさりと涼介がカミングアウトしてくれてこうして一緒に飲んでいる。
それってもしかしてとても幸運なのかもしれない。
泉はちびちびと水割りを飲みながら頭の隅っこでそう思った。
「でさー、歳近いし話もあって盛り上がって、それでケイが俺の初体験の相手になったってわけ」
「……」
ごほ、と泉は咳き込んだ。さらりと言われたが泉にとってはクエスチョンマークが飛び交う。
「へ? え? は、初体験?」
そういう流れの話だったのか?
予想外の展開に泉は目を泳がせた。
「そー、初体験。まー俺が年下だったしで最初は掘られたけど、次は掘らせてくれたし。その流れでとりあえず付き合っちゃうーみたいになってさ、一年半くらい付き合ったんだよ」
「……ほら」
「タチとかネコとかわかる? どっちも経験ありってこと。でもまぁ基本的に俺はタチだけどねー」
その単語は泉も知っている。最近はスマホで調べることも多くて知識は多少増えていた。
「つ……きあったんですか」
「そ。だってさ若いし、えろとか興味あるし、でも相手なんてすぐ見つからないし。エッチしてみて、お互い好きなやつもいなかったから付き合って。最後は向こうが好きなヤツできたっていうから別れたんだよね。実際のところ付き合ってたっていっても友情の延長戦みたいなもんだったなーっていまは思うけど。でも楽しかったよ」
「……すごいですね」
「そう?」
くすくす笑いながら涼介は灰皿に煙草を置き、水割りを作る。泉につくった水割りよりもあきらかに濃い分量で作っている。泉が来る前から飲んでいるにしても顔に出てもいない。
「だって選択肢が中学の頃なんてそうそうないからね。ノンケ好きになってもどうしようもないって思ってたし。なら知り合って話しが合って楽しいならいいんじゃない、みたいな。そんなノリだよ」
泉は水割りを飲むこともせずにグラスを握りしめていた。ふと視線を落としあと少し入っている水割りを眺める。
ノンケ好きになってもどうしようもない。
その言葉が深く突き刺さる。涼介だって過去そうして悩んで諦めてきたときがあったのだ。ノリで、といったって真実そうかはわからない。でも確かに選択肢はすくなかったのだろうとも思う。
「だからさ、泉くんも俺とかどう? 好きな人は好きとして。人生経験的な感じで」
重く悩みだす泉に涼介が軽い口調で言ってくるが泉の耳には入ってこなかった。
「……」
「おーい、泉くん? また寝た?」
寝てないよね、と涼介が顔を覗き込んでくる。泉はようやく顔を上げて目を何度かしばたたかせたあと、訊いた。
「……やっぱつらいですよね」
「なにが?」
「……マイノリティで生きるって」
「ちょ、泉くん。そんな深く考え込まなくって大丈夫だって。まぁ確かにさ、恋愛成就率は低いかもしれないけど。だけど別に異性愛者だからってみんながみんな想いが叶うわけじゃないんだし。行くとこに行けばお仲間はいるし出会いもあるし。そこで恋しちゃったりもあるわけだし。俺もちゃんとケイのあとは好きになった相手と付き合ったりもしたんだからね!」
「はぁ」
必死にフォローしてくる涼介に気のない返事しかでてこない。
いつか、いつか――好きになった相手と付き合える日が来るかもしれない、が。
「……俺は……もうちょっと店長のこと好きでもいいのかな」
ぽつり、と意識しないまま泉の口から滑り落ちた。
「え? 泉くん、好きなだけでいいって言ってたよね? なにかあった?」
真顔になった涼介に泉はようやく自分の発言に気づき口元を覆う。
そう、そうだ。今日健二たちにだって好きなだけでいいと言ったばかりなんだ。
「いや、あの、別に」
「なに? 言っちゃいなよ。先輩のことなんだし」
うー……と泉は座り込んだまま背後のソファにもたれかかり口元にあった手で視界を塞いだ。そのまま数秒してため息混じりに――涼介との会話の中で湧き上がった想いを口にした。
「……店長、結婚するらしいから。……俺はそれでも好きなだけならいいかなって思ってたけど……でもそう思うのも微妙なのかなって。……健二……あ、友達です……たちには当たって砕けろとかふっかけられたけど……無理だし。って、健二たちには俺がゲイってこと言ってないですよ!」
別れ際なんでも相談しろよ、と言われたけれど。
泉は項垂れて再びため息をついた。
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