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四十一、球技大会
ざわざわと興奮冷めやまぬ様子の生徒たちが、明桜学園高等部からぞろぞろと帰宅していく様子を、湊は生徒会室から見下ろしていた。
今年も球技大会が無事に終了し、湊は一息ついているところである。
二年生の副会長、上谷亮士 が各クラスからの報告書に目を通しつつ、ぶつぶつと何か言っているのが聞こえたため、湊はそちらを振り返った。
「何をぶつくさ言ってんねん」
「だってこれ、感想のアンケート。”沖野先輩と本郷先輩がカッコ良かった”とか、個人的過ぎますよ。ばかじゃないの」
湊は苦笑して、何枚かより別けてある球技大会のアンケートを見てみた。女子が書いたと思われる自由記述のスペースには、確かにそんなことが書かれているものが目立つ。
自由回答の欄は、会を進行していく上でもっと気をつけるべき点や、ここがよかったから続けて欲しい点、など運営上の意見が聞きたいがために設けたのだが。
「うちのクラスでも、女子ほとんどバスケの試合見に行ってたらしくて、卓球の俺としては立つ瀬がなかったっていうかなんていうか……」
「卓球も体育館やろ?」
「決勝戦はステージの上に追いやられましたよ」
「まじか、ひどいな」
「俺が生徒会長になったら、もっと人員整理して、運動が得意でないものも楽しめる球技大会にしたいと思います」
亮士は少しばかり恨めしげに湊を見上げて、そんなことを言った。
「すまんすまん。まさかあそこまで人が来ると思わへんかったから」
「ちょっと考えたら分かるでしょ。先輩、沖野先輩の親友でしょ?」
まるで小姑のようにちくちくと文句をいうのが、亮士のいつもの調子なので、湊は適当に聞き流していた。亮士は試験の成績はいいが、小柄でかりかりに痩せた男子生徒だ。何事にも細かいタイプで、まるで女子生徒のように口うるさい副会長である。しかしその分細部にまで気の回る亮士を得て、湊の仕事も楽になっているのは事実だ。
「いやでも、珠生と本郷は仲悪いから、きっと内部分裂でもして総崩れするんちゃうかと思ってたからさ。まさか優勝するとは」
「え、仲悪いんですか?」
「そうやで。昔から」
「そうは見えなかったけどな」
文句を言いつつも、ちゃっかり試合は見ていた様子だ。
思い返しても、たしかに見事なチームプレイだったと湊も思う。
学年総合決勝戦では、勝ち上がってきた二年生チームは全員バスケ部という力の入れようで、気合もかなりのものであった。普段優征にいびられでもしているのか、二年生達にはラフプレーも目立ったし、果敢に三年生に攻めていく姿勢は猛烈なものがあったが、やはり本郷は伊達にバスケ部主将をやってきていない上に、斗真も一軍の選手だ。二人を中心に、3Eのチームは順調に得点を重ねて行っていた。
優征や斗真にマークが付いたとしても、スピードのある珠生がコートの中を自由に走り回った。敵の目を欺き、優征たちから目をそらせつつ、自分でも点を決めることのできる珠生は、実際今回の試合では去年以上にかなり目立っていたといえる。
バスケ部員達が目の色を変えて珠生を追い掛け回している様子を、湊は二階の観覧席から見下ろしていた。隣には百合子と亜樹もいたが、二人とも、去年よりもずっと目立ちまくっている珠生を見て、ただ唖然とするばかりであった。
優征や斗真がダンクシュートを決めれば、男たちの雄々しい歓声が響き、珠生が軽いタッチでレイアップシュートを決めれば、女子達の黄色い歓声が響きわたっていた。学園中のすべての生徒が見に来ているのではないかというほどの超満員で、体育館は今までにないほどに熱気に包まれていた。
ゴール下の大柄な二年生二人の隙間を縫って珠生がシュートを入れると、再び会場から黄色い歓声が湧く。歯ぎしりしそうな形相の二年生たちの下をくぐって自陣へ戻ってくると、チームメイトたちとハイタッチをして笑っている。
髪を伸ばしていた優征もバッサリと短髪に戻り、スポーツマンらしい格好をしていた。ああしてバスケをしながら笑っている姿を見ていると、普段のちゃらちゃらとしたイメージをすべて拭い去るくらいに、爽やかである。
「本郷、楽しそう」
百合子が湊を見上げながらそう言った。普段、部活で会うことも多い優征であるが、今日はいつになく楽しそうだというのだ。
「いつもはもっと義務感というか、やらなあかんからやってるっていう雰囲気がなんとなくあったけど、今日は純粋に楽しそう」
「へぇ」
「スケベのくせに」
と、以前優征に絡まれたことのある亜樹は、ぶすっとしながらその活躍を見下ろしていた。
「沖野くんとも、連携バッチリやな」
「ほんまやな。仲悪いくせに」
点を決めた珠生の頭を優征がわしわしと撫でたりしているが、珠生も嫌がる素振りはない。
「亜樹、見とれてるやろ」
と、百合子が亜樹の肩に自分の肩を軽くぶつけてそう囁いた。
亜樹はちら、と百合子を見上げて若干不機嫌そうな顔をしたものの、少し頬を染めて再びコートを見下ろす。
「そんなことないし!!」
「照れちゃって、かわいい♡」
「俺を叩かんといてくれるか」
湊のジャージをバシバシと叩く百合子に、湊はめんどくさそうにそう言った。
しかしながら、柵に身体をもたせかけてコートを見下ろす亜樹の目は、誰がどう見ても恋する乙女のそれだ。珠生が見たらどうするやろう、と湊は思った。
結局、試合は八九対四五という点差をもって、3Eの勝利となった。喜びのあまりか、ぎゅううと抱きついてくる斗真に苦笑いをしながらも、珠生も嬉しそうに見えた。
ひと目珠生を見ようと押し寄せた下級生達も、きゃいきゃいと興奮して楽しげである。皆がエンターテインメントとして観戦するこの試合を、亜樹はずっと浮かない顔で見下ろしていた。
「あーあ。またもてちゃうよ、沖野くん。どうすんの」
「別に……」
「意地っ張りもいい加減にしないと……」
「こら、もうええやろ。人の恋路にあれこれ言うたらあかんて」
亜樹に説教モードの百合子を、湊はたしなめる。二人が揃って湊を見上げた。
「それに、珠生はああいうきゃあきゃあいう女子には興味ないねん」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ」
と、なおも百合子は不服げだ。
亜樹はちょっと表情を緩めて湊を見てから、再びコートを見た。
ビブスを外しながらコートを出ていく選手たちの周りに、クラスメイトが駆け寄っている様子が見える。
「やれやれ、ちょっとあいつら締めてくるか」
と、湊がステージの方へと降りていく。実行委員も試合に夢中だったらしく、誰も何も指示を出さないため体育館は無法地帯と化していた。
『このまま、引き続き閉会式を行います。各クラス、所定の位置に戻って整列してください』
湊が直接マイクで指示を出している。ようやく実行委員も動き出したようで、あちこちで「並んでくださーい」と声が響く。
ぞろぞろと並び始める生徒たちを見て、亜樹たちも一階へと降りていった。
それでも、A組とE組は遠い。
珠生の後ろ姿すら、亜樹は見ることができなかった。
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