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四十二、打ち上げ
男子バスケット、男子サッカーと、二つのスポーツで優勝を勝ち取った3年E組は、大会終了後も興奮が冷めやらぬ状態だった。その中心にいるのは当然、本郷優征と空井斗真だ。そして巻き込まれる形で、珠生もその輪の中に引っ張り込まれている。
「よーし、今日はみんなで打ち上げしようぜぇ! なぁ、珠生も来るやろ!?」
と、はしゃいでいるのは斗真だ。そんな空気に水を差すのがはばかられ、珠生は笑って頷いた。
そして、一行はカラオケボックスへとやって来ているというわけである。
料金はすべて優征が出すという羽振りの良さに、珠生は目を丸くした。優征は慣れた調子で女子をはべらせ、隣に座る女子の耳元で何か囁いては、きゃっきゃと喜ばせている。
結局クラスの半分程度の人数が参加していたため、カラオケボックスの大部屋を占領することになった。掘りごたつの広い部屋で、珠生も女子生徒に囲まれて困惑しながら飲み物を飲んでいる。
あまり女子とは縁のない男子たちは、画面のそばでもっぱら歌を歌っては盛り上がっている。斗真はその中心にいて、踊りながら歌っているというはしゃぎっぷりだ。
そんな大音量のせいで、女子達が何を言っているのかはさっぱり分からなかった。頼みの百合子は参加しておらず、尚更心細さを募らせている珠生は、適当に相槌をうちながら帰るタイミングを見計らっていた。
そんな珠生の表情を見かねたのか、優征が珠生の隣にやってきた。どかり隣に座り込み、「ごめん、俺と珠生にコーラ頼んでくれへん?」とにこやかに女子に頼んだりしている。確かに、ずっとぐびぐびと水分を摂っていた珠生のグラスは空だ。
「お前、こういう場所やと冴えへんなあ」
と、優征が珠生の耳元でそう言った。
「……慣れないね、やっぱり。バスケしてる時のほうが楽しかった」
と、珠生は苦笑いする。
「もったいないな、ほんま。え? 俺らの写真? ええよ」
ふと、隣の女子に写真を頼まれた優征が、ぐいと珠生の肩に手を回して抱き寄せる。がっしりとした優征にもたれるような格好でいきなり写真を撮られ、きっときょとんとした顔で写ったなと、珠生は思った。
「やーん、めっちゃ貴重なツーショットやわぁ! ほら見てみて!」
と、携帯の画面をきゃあきゃあと見せ合っては喜んでいる女子達を見て、優征は楽しげに笑った。
「そうでもないやろ。いくらでも撮ったらええやん」
「えーいいの?」
「うちも撮りたい」
女子が群がってくるのにも慣れた様子で、優征は動じることもなくピースをしたりしている。しかしそこへ、斗真がずかずかとやってきた。
「俺も撮って俺も!」
「空井くんもー?」
「優征はどけ、俺と珠生を撮って」
「何でやねん」
斗真が優征をぐいぐいと押しのけて珠生との間に割って入ろうとするため、狭いソファ席が一気に混み合い、周りの女子達がぶつくさ言いながら席を移動していく。優征はそんな斗真を「狭いねん」と文句を言いながら、ぐいぐいと逆に押しのけようとしている。
「どけや優征」
「何でこっち来んねん。そっちに座ったらええやろ」
「お前、珠生にべたべたしやがって、こら」
「はぁ? 何でお前にそんな事言われなあかんねんな」
「俺は去年から珠生と同じチームやねんぞ! 今日の俺と珠生のコンビネーション見たかボケ! 俺の方が仲良しやねんで!」
「斗真うっさい。お前、どんだけ珠生のこと好きやねん」
やたらとテンションが上がってしまっている斗真は、ぐいぐい優征に絡んでいる。いづらくなった珠生は、そっとその場から這って離れる。女子たちはそんな二人の取っ組み合いを楽しげに声援を送りながら見ている。「沖野くんの取り合いや」と言いながら、女子も一緒になってはしゃいでいるのだ。
カラオケを楽しんでいた男子組の方へ避難してきた珠生は、直弥の隣に潜り込んで一息ついていた。
「大変やなお前も。しかし、羨ましい」
「直弥だって一緒にバスケしたんだ、こっち来てくれたら良かったのに」
「アホか、女どもはお前と優征しか見てへんねん」
と、直弥はぷいとそっぽを向く。
「まぁいいやん、沖野もなんか歌ったら?」
と、あまり口を利いたことのないクラスメイトが、そう言って珠生にリモコンを渡してくる。
「あ、うん……」
「お前、カラオケなんか来るん?」
と、直弥が興味深そうに珠生の選曲を眺めている。
「中学んときは、双子に連れられて結構行ったよ。だから女の人の歌しか分かんないんだ。それに、最近の曲も分かんないけど……」
「あぁ、あの正也の彼女か! 写真見たけど、美人やんな!」
と、去年正也と同じクラスだったという男子が色めき立つ。
「写真? そんなのあんの?」
と、珠生は驚く。あの二人がまだ継続中であることにも驚いていたし、二人で写真を撮るくらい仲良くなっていることにも驚いたのだ。
「おお、夏休みとか、結構会ってたらしいで」
と、その男子生徒はぱらぱらと分厚い曲目リストをめくりながらそう言った。
「ふうん」
「なんや、妬いてんのか」
と、直弥。
「妬いてないよ。でもこのまま行くと、正也が俺の義兄ってことかぁ」
「うわーそれ微妙やな」
と、周りの男子生徒たちも楽しげに笑い出す。
高三の前半は、何かと試験や面談が多く、こうしてクラスメイトたちと関わる機会はあまりなかった。今ここにいる十名ほどの面々も、教室では見慣れた顔でありながら、ちゃんと顔を突き合わせて話すのは初めてだ。
「じゃあ正也のために歌うか」
と、珠生はとある人気女性シンガーソングライターの恋の歌を入れた。一時期流行した可愛らしい恋愛ソングで、男子たちはおおーと盛り上がって拍手をする。
珠生は身体が細いため、あまり声は低くない。もともとハスキーな声をした女性歌手の歌であるため、珠生の声はそこにしっくりとはまっている。ワンフレーズ歌うと、男子たちはひゅうひゅうと歓声を上げ、「ミワコー!」とその歌手の名を叫ぶ。
人前で歌うのは初めてだが、温まった場の空気のおかげか、そこまで抵抗を感じなかった。明るくノリの良い曲であるため、男子たちのお囃子も大盛り上がりだ。気づくと、斗真と優征も男子組の中に混じっている。
「珠生ー!!! かわいい!!! かわいい!!」
俄然ハイテンションの斗真が、心底楽しげに珠生に声援を送る。それを見た周りの男子が若干引いているという微妙な図だが、珠生はかろうじて笑顔のまま、最後まで歌いきった。
曲が終わり、「ミワコ〜〜!!」と男子たちが拍手をするそのそばで、女子達もうっとりと珠生の声に聴き惚れている。
「沖野くん、かわいい!」
「ねぇ、次これ歌って!」
「えー、こっちのほうがいいやん!」
「結局お前の周りは騒々しいな」
と、直弥が冷静にそう言った。
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