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四十四、愛撫の残滓

   今日は終業式の一日前、年内最後の授業の日だ。  優征と斗真は朝練を終え、「さっきのパスはもっと早う出せたはずや」「いやあれはお前の位置が悪い」等々言い合いをしながら教室へと向かっていた。  派手な見た目と大柄な体格で、後輩や同級生にすら少なからず威圧感を与えてしまう優征であるが、斗真とは付き合いも長いため、遠慮無くものを言える間柄だ。  やいのやいのと言い合いをしながら教室に入ると、二人は窓際の一番前で突っ伏している珠生を見た。斗真は一直線にそちらに向かっていく。 「珠生、どうしたん?体調でも悪いんか?」  斗真に声をかけられて、ゆるゆると顔を上げた珠生の顔色は蒼白だった。そしてひどく眠たげである。 「……斗真、おはよう」 「お前、顔真っ白やで」 と、優征も珠生の顔を覗きこんだ。 「え……そう?」 「風邪でもひいてんのか? 保健室行くか?」 と、斗真が甲斐甲斐しく声をかける。珠生は今にも消え入りそうな儚げな笑みを浮かべて、「大丈夫、寝不足なだけ……」と答えた。 「寝不足でそんななるか?」 と、優征。 「ほんと……大丈夫。ほら、若松きたし……」  朝のホームルームが始まる時間になり、三年連続担任の若松が入ってきた。斗真たちは渋々席に戻る。    一時間目の若松の現代国語は、殺人的に眠たかった。一番前の席なので堂々と寝るわけにもいかず、珠生は頬杖をついて必死に耐える。  二時間目は体育だ。女子がいなくなった教室で着替えをしていると、朝からジャージのままだった優征が珠生のところへやってきて、窓枠に背中を凭せ掛ける。 「言っとくけど今日、持久走やで。いけるんか?」 「ああ……動いてるほうがいいと思うから、大丈夫」  珠生はシャツの下に来ていた白いTシャツを脱ぐと、すぐに肌を隠すように体操着を着込んだ。着替えをする珠生何となくを眺めていた優征は、ふと、珠生の背中や腰のあたりに赤い痣があるのを見つけてしまう。 「まさかお前、ヤりすぎで寝てへんのちゃう?」  ぎく、と長袖のジャージを羽織ろうとしていた珠生の肩が揺れる。ちら、と優征を見ては、罰が悪そうに目をそらした。 「そ、そんなわけないじゃん」 「いやいや、それ。どう見てもキスマークやろ」 「ち、違うし。虫刺されだし」 「この真冬に?」 「……何かいたんだよ、何か」 と言いつつ、珠生は眠たげに目をこすっている。  珠生の後ろの席の男子はいわゆるガリ勉タイプの生徒である。そんな二人の会話の端を聞き取っては、不審げな目付きで優征と珠生のやり取りを気にしている。それを見かねてか、優征は珠生の机の横に引っ掛けてあったシューズケースを取ると、さっさと教室を出た。 「あ、ちょっ……!」  珠生も慌ててそれを追って教室を出る。 「お前、大人しそうな顔してやることやってんねんな。どんな女?」 「……べ、別にどうだっていいだろ、そんなこと」 「学園のアイドル沖野くんに熱愛発覚。しかもエロエロ濃厚セックスでぐったり、ってか。ははっ、女子どもが騒ぎそうやな」 「だから違うって」  二人は靴を履き替えてグラウンドに出ながら、優征のからかいを適当に流す。薄曇りで、今にも雪が降ってきそうな色の空だ。とても寒い日で、珠生はぶるるとと震えた。  持久走では、グラウンドをぐるぐると何周でも走らされるのだが、スポーツ推薦組が張り切って走っているのに対して、入試組はのろのろとやる気のない走りをしていた。そんな中、優征や斗真はずんずんと周りと差をつけながら走りこんでいる。  いつもはスポーツ推薦組についていく程度で適度に走る珠生であったが、昨晩の舜平の激しいセックスのせいで、腰は痛いし眠たいしで、最悪のコンディションだ。  そもそも、舜平と交われば傷が癒え、気が満ちるはずなのだが、あんなにも猛々しく執拗に愛されてしまうとその意味もないらしい。内側から弾けるような激しい快楽に溺れさせられ、限界を訴えても訴えても攻め立てられ、珠生は何度か気絶させられてしまった。  それでも、身体はいくらでも舜平を求めて、彼の精を搾り取らんと甘く熱く締め付ける。言葉とは裏腹な珠生の欲張りな肉体に、舜平も深く酔いしれているようだった。言葉責めをされながら最奥を突かれ、ありとあらゆる性感帯を愛撫された。  ことの切れ目にぐったりと倒れ臥す珠生に、舜平はたっぷりとキスを降らせ、あちこちに所有印を刻み込んだ。淫らに乱れる肉体を優しい言葉でからかわれ、珠生は羞恥のあまりさらに身体を熱くしてしまい……そんな珠生の反応を見た舜平も、また熱く興奮を滾らせる……。  そうして激しく交わっているうち、気づけば夜が明けていた。そのため、珠生はほとんど徹夜なのである。のろのろと入試組と一緒になって走りながら、珠生はふと昨日の痴態を思い出し、ひとりひそかに赤くなった。 「……ったく……明日も学校だって言ってんのに、全然手加減してくれないんだからな……」 と、珠生はひとり呟きながら、呼吸が整わない中、なんとか脚を動かしていた。  するとすぐに優征と斗真が追いついてきて、珠生をからかうように隣を走る。 「おいおい、いつもの元気はどこへ行ったんや」 と、優征がニヤニヤしている。斗真も気持ちよさそうに走りながら、「やっぱ調子悪そうやなぁ、今日全然あかんやん」と言った。 「……だ、大丈夫だし……」 「ほらほら、もっといけるやろ」 と、斗真がべし、と珠生の肩を叩いた途端、珠生はふらりとよろけてしまった。 「あ! ごめん!」  珠生はその場に膝をついてしまう。てっきり自分が殴り倒してしまったのだと思い込んだ斗真が、真っ青になって珠生のそばにしゃがみ込んでいる。 「ごめん! まさかコケるなんて思わへんくて……!」 と、斗真は珠生の腕を引っ張って立たせてやる。すぐそばを駆けていく他の男子生徒達は、青い顔をしている珠生を、気遣わしげに眺めながら走り去っていった。 「……いや、大丈夫だよ」 「お前、ほんまに顔やばいで。もう保健室行ったほうがいいんちゃう?」 と、優征。 「だ、大丈夫だって……」 「あかんって、膝もすりむいたかもしれんし……先生!」  嫌がる珠生の腕を引いて、斗真はぐいぐいと体育の教師の所へ向かう。青いジャージのおかげで更に青く見える珠生の顔を見た教師は、すぐに保健室行きを許してくれた。斗真は珠生に付き添って、保健室へと向かう。 「もういいよ……ありがとう」  ベッドに入ってしまうと、どっと眠気が襲ってくる。珠生は目を閉じながら、斗真に礼を言った。やはり、この寝不足はかなりきつい。 「ほんなら、終礼終わったらまた呼びに来たるから」 「うん……あり……がとう……」  見る間に寝息を立て始めた珠生を見下ろす斗真は、ふと、小さな既視感に襲われて目を瞬いた。  なんだかとても、いけないことをしているような気分になってきてしまい、斗真は首を振ってカーテンを閉めると、すぐに保健室を出て行った。  + 「保健室? 珠生が?」 と、湊は思わず少しばかり大きな声でそう言っていた。病気等するはずもない珠生が保健室に行くなど、また珍しいことである。  体育帰りの優征、斗真と、移動教室帰りの湊は、廊下でばったり出くわしたのだった。 「絶対ヤりすぎやな。あいつ、見かけによらずドスケベなんかも」 と、優征がにやりと笑ってそう言うと、斗真は真っ赤な顔で「そんなわけないやん!! 珠生やで!? 天使やで!? 清らかな珠生がそんなことするわけないやん!!」と全力で全否定している。  ど平日にまた無茶をしたのだろう。湊は内心舜平に呆れつつ「教えてくれてありがとうな」と、二人に礼を言った。 「午前中は寝てていいって山根も言ってたらしいから、昼休みになったら行ってやったら?」 と、優征。 「あ、うん……せやな」  山根というのは保健室の教師である。小太りの初老の女性で、小うるさいことで有名であるが、それでも珠生には甘いのだろうか。  珠生の体調を気にしつつも、純粋に心配そうな斗真と、含み笑いをしている優征を見送って、湊は教室に戻った。

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