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五十五、過去の夢と、昼間の情事
「おおおおお!!!」
二人の雄叫びがこだまする。叢雲剣 で雷燕の鋭い鉤爪を受け止めると、ぶつかり合った切っ先同士が激しく火花を散らした。そしてそこから、突風のような妖気の渦が生まれ、辺りの土地をばきばきと砕いた。
千珠は歯を食いしばり、目を見開いて雷燕の目を見据えた。
雷燕は無表情に千珠を見下ろしていた。その目には、黒黒とした黒い炎が渦巻き、憎しみの全てを千珠にぶつけるかのような色をしていた。
千珠が瞬きをすると、その目が紅く染まり、瞳孔が縦に裂ける。その変化に、雷燕の表情が一瞬動いた。
「俺を敵とみなしたか。俺の元に来るならば、生かしてやろうと思ったが……」
低い声で、雷燕はそう言った。
千珠は、唇を吊り上げ、にやりと笑う。
「人に飼われるとは……この恥さらしめが!!」
千珠は牙をむく雷燕の懐の中で不敵に笑ってみせると、空いていた左手からするりと宝刀を生み出した。すぐさま柄を握り締めると、逆手に握ったその宝刀で、思い切り雷燕の鎖骨の下を貫く。
「ぎゃああああ!!!!」
宝刀が、雷燕の背中まで貫く。その刀身は、紅蓮の鮮血に染まっていた。雷燕は咆哮を上げ、千珠の首を掴みあげた。容赦のないその力に、千珠は空気を求めてもがいた。
「が……はっ……!!」
「……お前ごとき小童が、この俺に傷を付けるとは」
「あっ……がっ!」
ぎりぎりと千珠の首をへし折ろうとする雷燕は残忍な笑みを浮かべ、苦痛に歪むその顔をうっとりと見ていた。その手を外そうとするが、千珠の力ではびくともしない。
「美しいな、お前は……。もっと苦しめて、殺してやろう」
雷燕は空いた左手を持ち上げると、人差し指を立てた。千珠が目を開くと、雷燕はにやりと笑ってその指を千珠の腹に突き立てた。
ずぶ……と腹を禍々しいものが貫通する嫌な感触、そして激痛。千珠は叢雲を取り落とした。
「ああああああ!!!」
「俺を貫いたお返しだ」
千珠は苦痛に声を上げた。雷燕はなおも楽しげに、そんな千珠を見つめている。ぽたぽたと、その手に千珠の血が滴る。
ずぷ、と千珠から指を抜いた雷燕は、その手に着いた血をべろりと舐め取った。
「美味だ。お前を食えば、俺は更に強くなる」
「……つ、よく……だと」
「ほう、口がきけるか」
「強いって……のは、そういう……ことじゃ……ないだろう!!」
千珠が目を見開いた。その身体から青白い千珠の妖気が、燃え上がる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うああぁあ!!」
珠生は叫び声を上げて飛び起きた。身体が燃えるように熱くなる感覚、細胞が焼け付くような痛みが、珠生の身体にも蘇るような夢だった。
「珠生、どないしてん!?」
珠生は辺りを見回した。そこは、いつもと変わらぬ珠生の部屋だ。真昼間の明るい部屋の中で、珠生はうたた寝をしていたらしい。
駆け寄ってベッドサイドに膝をつき、心配そうな顔で珠生をのぞき込んでいるのは舜平だ。何で彼がここにいるのか、珠生は一瞬訳がわからなかった。
「舜、海……」
「……え? 夢、見てたんか?」
「なんで……ここに?」
「朝からおるやん、俺。お前が年内に宿題済ませたいて言うから、手伝いに……」
「え……あ、そっか……。何で……寝てたんだ、俺」
「昨日も帰りが遅かったって言ってたやろ。深春とずっとゲームしとったからって。せやからお前すぐ眠たいて言い出して……」
「……あ」
これが現実だ。
今まで見ていたのは、過去の記憶。
雷燕との、あの血みどろの戦い。
久々に見る壮絶な戦いの夢に、どくどくと心臓が激しく暴れている。生々しく血の流れる感触も、貫かれた腹の痛みも、今もそこに残るように感じられている。
「珠生? 真っ青やで、顔……」
「夢……雷燕の夢、見てたんだ」
「え、そうなんか?」
舜平の表情も固くなる。あの戦いで一度、千珠の心臓は止まっている。それほどまでに壮絶だったあの戦いを、今また夢に見るというのはどういうタイミングなのだろうかと、舜平は訝しんだ。
「祓い人が俺たちの前に現れるようになってから……もっと、後の夢も見るんだ」
「え? 後って?」
「朝飛が忍頭になってからすぐ、ちょっと変わった事件があったろ。覚えてるか?」
「ああ、祓い人の式がお前の周りうろついとった……あかん、あんまりはっきりは覚えてへん」
「俺も、はっきりとは思い出せないんだ。断片的に夢を見て……今回の事件のこと、なにかヒントがあるんじゃないかと思って注意してたんだけど、それ以降は夢を見なくなった。何で今また、雷燕のことを……」
「そうか」
珠生の表情は大人びていて険しく、いつになく千珠の色が濃い。舜平は手を伸ばして、そんな珠生の頭を撫でた。
舜平の方を見る珠生の目はきりりとしていて、本当に千珠と話をしているような気がしてくる。
「……千珠」
「なんだ」
「珠生やろ」
「え……? あ、そう、だな……」
「ややこしいな、お前も」
「五月蝿い」
珠生はむくれて、ベッドの上にまたごろりと横になった。そのまま舜平を見上げると、「ダイニングで何してたんだ?」と問う。
「院試の勉強」
「あ、そっか……」
「読まなあかん本があと一冊あってな」
「ふうん、じゃあこっちで読めばいいんじゃないか」
「こっち? ベッドでか?」
「うん」
「ええけど」
難しげな専門書をもって戻ってきた舜平に、珠生は身体をずらして場所を開ける。
「お前は勉強せぇへんのか?」
「……もうちょっとしたらする」
と言って、寝転がる舜平にぴったりとくっついた。そんな事をされては本に集中できないのだが、過去の夢を見て自身のアイデンティティが曖昧になっている珠生を、放っておけるわけがない。
舜平は珠生の首の下に腕を通し、背中から抱きかかえるような格好になって本を読み始めた。舜平の腕にすっぽりと収まった珠生は、くるりと身体の向きを変えて舜平の方を見上げる。そして、また目を閉じた。
舜平の体温に安堵し、穏やかな表情で目を閉じている珠生は、えらく可愛らしい。舜平はどきどきと高鳴る心臓を抑えつつ、必死で字を追っていた。
真昼間から、こんなふうに珠生と寛いで過ごすことなど初めてだ。さらりとした胡桃色の髪が舜平の顎の下にあり、珠生のふわりとした甘い匂いが心地良い。片手で本を持ち、そっと珠生の背を撫でると、珠生はうーんと心地よさげにかすかに呻いた。
――かわいい……。こいつももうすぐ十八やのに、なんでこんなにも可愛いんやろう……。
ちらりと目を閉じている珠生の顔を見下ろすと、長い睫毛を閉じて表情を緩めている様子がまた可愛くて困ってしまう。舜平はため息をついた。
「……お前、よく飽きもせず俺といるよな」
いつもより低めの声に、舜平は驚いて珠生を見下ろした。眼を閉じたままそんな事を言う珠生からは、どちらかというと妖気の匂いが強く感じられる。まだ、夢の影響を受けているらしい。
「おう、お前もな」
「ふっ」
動じることなく声を返してくる舜平に、珠生は笑った。ぱっちりと目を開いて舜平を見上げると、珠生は不敵に微笑んだ。
「物好きな奴」
「お前が言うな」
「……あぁ、でもやっぱり、落ち着く」
珠生はぎゅうっと舜平に身を寄せて、ふうと息をついた。あまりくっつかれると、舜平としては我慢がつらいのでのでやめて欲しいのだが。
ぱた、と本が手から落ちる。舜平は珠生の身体を抱きしめると、やれやれとため息をついた。
「舜海……俺は、雷燕にはもう少し寝てて欲しいんだ」
「……そうやな」
「五百年経って……どれほどあいつの怒りが鎮まったのかは分からないが、きっと、今起こすのは良くないだろう。しかも祓い人の血のものに起こされては、あいつの寝覚めも悪かろう」
「そらそうやわ。でも、大丈夫やろ、宮内庁の人らが守っててくれてはるらしいからな」
「……だといいが」
「お前はいつまでたっても心配性が治らへん」
「……用心深いだけだ」
「良く言えば、な。あの女、今はお前を狙ってるんや。昨日みたいにふらふら夜中まで遊び歩くなよ」
「何だ、怒ってるのか」
「別に……でも、危険なことに変わりはないやろ。向こうはどんな技つこてくるか分かれへんねんぞ」
「そうだな……。悪かった」
「え」
千珠がこんなにも素直に謝るはずがない。舜平が少し身を離して顔を見ると、その申し訳なさそうな顔は珠生の表情だった。どんなタイミングで我に返るのか、まったく予測もつかない。
「珠生……か」
「……え?」
「あれ、今まで千珠やったのに」
「いつでも俺は俺だけど……。でも、なんか、やっと目が覚めた感じがする」
「やれやれ、ややこしい」
「あんな戦闘まっただ中の夢見たら、そうなっちゃうよ」
「そっか」
もう一度、珠生をぎゅっと抱きしめる。珠生はもぞもぞと舜平の腕の中で動くと、手を伸ばして舜平の頬に触れた。
「グランヴィアに行くの、何時だっけ」
「十九時や」
「今は?」
「十五時、やな」
「そう……」
珠生は身体を伸ばして、舜平の唇にキスした。柔らかく吸い付いてくる珠生の唇は、えもいえぬほどに心地が良い。舜平も目を閉じて、珠生の唇を唇で撫でる。
「……もう硬くなってる」
と、珠生は舜平のジーンズの上から股間を触ってにやりとした。舜平はやや顔を赤らめて、目をそらした。
「ねぇ、舐めてもいい?」
「お前はまたそんなことを……」
「だって……唾液だけじゃ足りないよ。もっと飲みたいんだ、舜平さんの……」
「お前、何を言ってんねん」
「ねぇ、フェラさせて?」
じっと美しい目で見下ろされながらそんなことを言われると困ってしまう。ぺろ、と唇を舐める珠生の舌の動きに煽られる肉体をいなしながら、舜平は渋った。
「だからって……」
「ねぇ、いいだろ。本読んでていいから」
「そんなことできるか」
「ねぇ、させてよ……」
珠生はそう言いながら、舜平の舌を吸う。珠生に組み敷かれるような格好になりながら、舜平はされるがままになっていた。
ジーンズの中に潜り込む珠生の指が、硬くなった舜平のものを弄ぶ。舜平がそれ以上抵抗しないのを見ると、珠生はにやりと笑ってジーンズをずらしにかかり、むき出しになった舜平の根を咥え込んだ。
ここのところ、珠生は好んでこんなことをする。舜平は声を我慢しながら、そっと珠生の頭を撫で、自分の股ぐらにある珠生の美しい顔を見ていた。
――めっちゃくちゃエロいな……。
美しい少年に、自分の局部が弄ばれているという絵は、なんとも言えずいやらしい。口いっぱいに舜平のものを咥え込み、手を使って丁寧に双球を揉みしだきながらフェラチオをしている珠生を見ているだけで、えらく気持ちが猛ってくる。
程なく射精した舜平の体液を、珠生はさも美味そうに飲み干した。顔を上げ、にやりと笑いながら唇を拳で拭う。
「……美味しい」
「……嘘つけ」
「ほんとだって。何ならもう一回……」
「や、やめろって! どうなってんねん、お前」
「どうって、いつも通りじゃないか」
珠生は舜平の肩をベッドに押さえつけたまま、ズボンと下着を脱ぎ始めた。舜平は仰天して、そんな珠生を見上げていた。
「何してんねん」
「本読んでていいから」
「だからそんなこと、できるわけないやろ」
「いいから」
珠生は舜平にキスをしながら、舜平のものを手で扱いた。珠生の唾液でぬるりとした舜平のものは、すぐに再び硬さを持って立ち上がる。自分の精液を飲んだ口でキスをされるのは抵抗があるが、それでも珠生の巧みな動きに逆らえない自分が情けない。
珠生は舜平のシャツを胸下までまくりあげると、立ち上がった舜平の根の上で腰を揺らしながらローションのチューブを手に取り、ゆっくりと後孔に手を回した。
「自分でやるんか」
「うん……そうだよ」
「エロすぎやろ」
「そう……かな……」
明るい部屋で、長袖のTシャツを来たまま下半身を晒し、舜平とセックスをするためにアナルを馴らしている珠生は、ぞくぞくするほどいやらしい。目を閉じて頬を赤く染め、物欲しそうに舜平の屹立の上で腰を蠢かせている珠生の口からは、「ぁ……はぁ……」という淫らな溜息が漏れた。
そして、珠生はゆっくりと、舜平のそれの上に腰を落とし始めた。少しずつ呑み込まれていく身体に、舜平はたまらず声を漏らした。
「ん……っ」
「ねぇ……気持ちいい? 舜平さん……」
「う……っん、やばい」
「あ……ぁあ……!」
全て珠生の身体に飲み込まれた瞬間、珠生は舜平の上で恍惚の表情を浮かべて仰のいた。珠生は舜平の上で腰をくねらせ、自分から快感を求めて、ゆっくりと尻を上下し始めた。
「た……まき……っ、あ……」
「ぁ……舜平さん……イイ……あぁ……っ」
珠生は腰を振りながら、舜平の肩に両手で触れ、舜平の表情をじっと見下ろしていた。それはいつも舜平が珠生に向かってやっている行為だったが、いざ自分がされるのはひどく気恥ずかしい。
「あ……あっ……んっ……っん」
「お前、どんだけエロいねん……っ」
「フェラなんかじゃ……足りないよ……。もっと……欲しいんだ、しゅんぺいさんの……ぁ、ん」
自分で動きながら喘いでいる珠生は、うっとりとした目付きで舜平を見下ろす。珠生から与えられる快感も、その蕩けそうな表情にも、舜平は心底酔っていた。
美しい。
細い腰をくねらせて舜平を貪っている珠生が、舜平の方に身を寄せて、今度は唇に食らいつく。ぬるりとした舌がいやらしく蠢く感触と、下半身を責められて感じる快感が相まって、舜平は今にも絶頂に達してしまいそうだった。
「っ……はっ……はぁっ……あ……」
「舜平さん……気持ちいい? これ……」
「そんなん……見りゃ分かるやろ……っ」
「たまには上からするのも、いいね……」
舜平にまたがって、珠生はうっとりと笑った。もう限界まで高まっている快感で、舜平は息を弾ませながらぎゅと目を閉じた。
「あっ……あかんって……お前……」
「舜平さんの身体……たまんない……すごく……気持ちいい……」
「はっ……は……もう……っ……」
「いくの? いいよ……このまま出して……」
「あっ……うっ、んっ……!」
二度目の射精だというのに、どくどくと珠生の中に注がれる自分の体液の激しさを感じる。射精後の痺れるような感覚に揺蕩いながら珠生を見上げると、珠生は目を細めて顔を近づけ、ぺろりと舜平の唇を舐めた。そしてあやしく、微笑む。
「……お前、今日……変やで」
「そう? 夢のせいかな……」
「でもまだ、一回もいってへんやろ」
舜平は起き上がって、そのまま逆に珠生を押し倒した。ベッドの反対側に押し付けられた珠生は、じっと潤んだ目で舜平を見上げる。
舜平は珠生の両膝を揃えて抱え込むと、つながったままの状態で珠生にキスした。不自由な格好にされ、押さえこまれている珠生が、どことなく不安げな表情で舜平を見上げている。
「気持ちよかったで、今の。めっちゃエロかったしな」
「……そう、かな」
「お返しに、今日もいっぱい泣かしたる」
「……お返しっていうの、それ……」
「あんまり時間ないけど……めいっぱい、可愛がったるわ」
「んっ……やっ……! こんな格好……」
ずる……と舜平の精液で滑りが良くなった珠生の身体に、舜平はゆっくりと抽送を繰り返す。両足を抱え込まれ、尻を突き出すような格好をさせられた珠生は、真っ赤な顔をして身悶えた。
「はっ……あぁんっ……! んっ……やだよ、こんな……!」
「楽しんでるくせに」
「やっ……ちが……!」
「珠生……何が欲しいんか、言うてみ。中に、何を出して欲しいん?」
「あ、あ、ん、っ……! そんなの……言わないっ……!」
「言ってみろ。さっきお前が飲んだの、何?」
「やだよっ……あっ……あぁ、ひぅっ……! あアっ……!」
奥の奥まで突かれて、珠生は大きく喘いだ。見る間に涙が溢れ出し、珠生の頬を濡らしていく。
よがり狂う珠生を見下ろし、珠生を言葉でいじめながら、舜平は猛々しく腰を振り続けた。
真昼の白い光で、お互いの姿がはっきりと見える中、二人は深く深く絡み合った。
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