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五十七、コスプレ?
「これ……着るんですか?」
と、珠生はホテルの寝室に並べられた黒い服を見下ろしながらそう言った。
そこには、黒のライダースジャケット、細身の革製ズボン、そして革製の黒いブーツが並んでいる。湊も隣で腕組みをして唸った。
「……コスプレみたいや」
「京都の夜、バイクで走るその寒さをなめたらいけないよ。珠生、君は寒がりだろ」
と、彰。
「……はぁ」
「おそろいってのがねぇ……」
と、湊。
「忍装束と思えばいいよ」
と、彰はにっこり笑った。すでに彰は黒くぴったりとした革パンツに、黒いブーツを履いている。上はこれから羽織るのだろうか、いつも通りの普通のセーター姿だ。
「舜平さんは?」
「彼はもともとバイクに乗るから、自前のがあるといって遠慮してった。車に取りに行ったよ」
「ずるいな」
「ま、時間ないからさっさと着替えてくれたまえ」
彰はニコニコ笑いながら、皆のいる部屋へ戻っていった。バタン、とドアが閉まって、珠生と湊は顔を見合わせる。
「しゃあない、着るか」
「うん。こんな格好、学校の奴らに見られたらなんて言われるか」
「ヘルメットかぶっときゃ分からへんやろ。絶対外さへん」
「そうだね」
二人して服を脱ぎ、ぴったりとしたその服に着替える。革に見えるが、もっと軽い素材のものだ。裏起毛なので、着た瞬間の包み込まれるような暖かさに珠生はちょっと感動した。ブーツも見た目よりはずっと軽く、風を通さない仕組みらしい。珠生は黒いハイネックのセーターの上にライダースジャケットを着込み、詰襟のジャケットのジッパーをきっちりと閉める。湊はシャツの上にジャケットを着込み、マフラーをぐるぐると巻いた。
「うわ〜、暖かいな」
「ほんまやな。まぁこれなら、ただのバイカーにしか見えへんか」
「似合うよ、湊」
「俺はこれに弓担ぐんやで? 何者やねんって感じやんな。やれやれ」
慣れない格好で外に出ると、亜樹達が振り返って珠生と湊を見た。深春はひゅうっと口笛を吹く。
「うわ、かっこいいじゃん! GANTZみてぇ」
「漫画じゃん。ってことはコスプレみたいってことじゃん」
と、珠生。
「大丈夫大丈夫、コスプレにしてはかっこよすぎ。なぁ、亜樹ちゃん」
「あ、うん……ロックやな」
亜樹は少しばかり頬を染めて珠生を見ている。湊は眼中にないらしい。
「ロックねぇ」
と、珠生と湊は顔を見合わせた。
彰もライダースジャケットを着込みながら、「準備はいい?」と二人を促した。舜平も、いつも着ている黒のダウンジャケットと、防寒用のつるりとした素材のズボンに着替えて立っている。
「さ、行こうか。明日からは交替制だ」
「了解」
「あ、湊、これは君のために用意した弓」
彰は、ドアのそばに立てかけてあった弓と矢づつを湊に渡した。弓道で使うものよりも短く、カーボン製で強度のある、軽いものであるという。黒い弓と黒い筒状のケースが斜めがけできるようになっており、湊はおお、と感嘆しながらそれを身につける。
「軽いし、機能的ですね。これなら目立たへん」
「そうだろう? 矢筒の方には、呪符を収めるポケットもあるというスグレモノだ。しかも、弓は畳んでこの矢筒に収めることができる!」
と、彰は得意げに説明する。
「すごい!」
と、珠生が合いの手をうつと、「テレビショッピングか」と、舜平が突っ込んだ。
「何やってんねん……」
と亜樹が呆れると、「息ぴったりだな」と、深春が最後に拍手をした。
藤原が楽しげに笑ったので、皆が振り返った。こみ上げてくる笑いを堪えるように眉間を掻きながら、藤原はなおも笑っている。
「いや、君たちを見ていると……本当に頼もしいよ。なんだろうな、この安心感は」
若者たちが顔を見合わせていると、藤原はにっこりと微笑む。
「気をつけて、行っておいで」
「はい」
バイカーたちは笑顔で部屋を出て行いくと、残った深春と亜樹は顔を見合わせてちょっと笑った。藤原は立ち上がり、デスクの上にある皮の入れ物から車のキーを取り上げて、ジャケットを羽織った。
「君たちは私が送っていくよ」
びしっとスーツを着込んだ藤原のダンディさに、二人共思わず見惚れた。
+
グランヴィアホテルの地下駐車場には、二台の黒い大型バイクが並んでいた。舜平が感嘆の声をあげる。
「おっ、ZZR250やん。全部黒の塗装にしてあるんか……へぇ、めっちゃかっこええなぁ……! 誰の趣味?」
「何を隠そう……」
フルフェイスヘルメットをかぶりながら、彰がもったいぶる。
「え、お前?」
「業平様だ」
「そうなんや! 藤原さんもバイク乗らはるんかな?」
「どうだろうね」
バイクを見て喜んでいる舜平を尻目に、珠生は生まれてはじめてフルフェイスヘルメットをかぶった。これなら顔は見えないなと、少し安心する。
「このヘルメットにはマイクが仕込んである。これを通じて会話ができるようになってるから、何かあったらすぐに知らせるんだよ」
「すごい」
と、珠生はまた感心している。
「舜平と珠生は北へ。僕らは南へ行く」
「よっしゃ」
「一時間流したら、一旦ここへ戻って今後のシフトを考えよう」
「了解」
舜平と彰がエンジンをかけると、轟音とともにバイクが煙を吐く。ドッドッドッと身体に響くエンジン音を唸らせて、先に彰たちがホテルを出て行った。こうして見ると、確かに現代風の忍のようにも見える。
「うわーかっこいいな、先輩」
「全く、いつの間にバイクの免許まで……。さ、俺らも行くで」
「うん」
舜平の運転するバイクの後ろに乗り、ふたりはホテルから飛び出した。そして、烏丸通を北へと向かう。混みあったタクシーの間を縫って、舜平は器用にバイクを走らせた。
風を切り、唸りを上げて疾走るバイクに乗っているのは、思ったよりもずっと気持ちが良かった。さっき着ていた私服で乗っていたら、あまりの寒さにおそらく一瞬で音を上げていただろうと、珠生は思った。
安定してバイクを飛ばす舜平も、なんだか楽しそうだ。これは見回りなのだと言ってやらねばと思いつつ、珠生はみるみる後ろに流れていく風景に、少しばかり見とれてしまう。こうして見ると、いつも見る風景も全く違って見えた。
ヘルメットのシールドを上げ、珠生は外の風を感じようとした。肌を切るような冷たい風に、思わず目を細める。これだと、シールドを下げている方が匂いを感じられそうだと思い直した。
「珠生、どうや」
まるで舜平が耳元で喋っているかのように声が聞こえた。これが内蔵マイクのなせる技か。
「結界の網目は感じる。あちこちに、宮内庁の人がいるのも分かる。でも……水無瀬菊江の匂いはない」
「隠れようと思ったら、いくらでも隠れるところはあるもんな。向かって欲しい方向があったらすぐ言えよ」
「うん」
しかしその日は、何の収穫もないまま夜が更けていった。
彰たちの方も、これといった問題はなかったということだった。
次の日からの組み合わせと見廻る範囲を考えて、その日は解散することになり、彰はヘルメットで乱れた髪をざっと掻き上げ、ため息をつく。
「年内にケリを付けたいが、それは無理かなぁ」
「それは焦りすぎやろ」
と、舜平。
「君は年明け試験もあるだろ? いつまでも引っ張り回していられないし」
「あ……せやった……」
「とにかく、昼間は職員たちが動くが、夜は僕らが担当だからね。明日は僕と珠生だ。しっかり休んでおいてくれ」
「はい」
珠生もヘルメットを外して、頷いた。真っ黒で身体にフィットした服装をした珠生は、なんだかいつもよりも色っぽく見える。悠一郎が見たら、写真を取りたがるやろうな、と舜平は思った。
着替えをすべく湊と珠生は先に上へ上がっていく。舜平は二人を送るため、地下で待つことにした。
手袋やマフラーを外しながら、彰は思い出したように舜平に声をかけた。
「舜平、あまり珠生を虐めないように」
「え? いじめてなんかないやん」
「しっかり身体を休めて欲しいと言っているだけだ」
「う。……そら、分かってる」
「本当かなぁ」
と、彰はにやりと笑って舜平ににじり寄った。思い切り後ろ暗いことのある舜平は、ふいと目をそらしてしまう。
「……最近おかしいのは珠生やで」
「そうなの?」
「妙に、積極的というか……なんというか」
もごもごと口ごもる舜平に、彰は腕組みをしてため息をつきながら言った。
「君は嬉しいだけだろう」
「喧しい。でもちょっと、心配になるな。妖気がえらい淀んでるなって思う時ほど、俺を欲しがるから」
「淀みねぇ。まぁ、自然と遠く離れたこの土地じゃあ、なかなか力を昇華しにくいだろうな。特に彼は強いから」
「あと、夢を最近、よく見るって……」
「夢?」
「今日は昼間っから雷燕とやりあった時の夢を見て、千珠の意識が出てきたし……」
彰に、今日聞いたばかりの珠生の夢の話をすると、にやついていた彰の顔がすっと引き締まる。なにか思うところでもあるのか、顎に手を当てて、コンクリートの地面をじっと穴が空くほどに見つめている。
「……祓い人の気配を、無意識に感じ取っているのかもね」
彰は尚もじっと何か考え込んでいる様子だったが、ふと舜平はこんなことを聞いた。
「あ、せや。本郷優征ってガキ、知っとる?」
「え? ああ、もちろん。バスケ部の後輩だから。何で知ってんの?」
「ちょっと会うことがあってな。なんとか斗真っていうガキも」
「ああ、空井斗真ね。彼は珠生の美しさの虜さ」
「えっ!? そっちのガキも?」
「も? ってどういうこと?」
「いや……本郷ってガキ、そんなにバスケ上手いん?」
「ああ、彼は上手いよ。パワーもあるし、動きにキレもある。ゴール下で彼に競り勝てる奴は、高校生じゃもういないよ」
「へぇ……」
べた褒めの彰に、舜平はやや面白くない気分だった。彰は目線を上げ、思い出した様に付け加えた。
「でも性格が曲がっててねぇ。キャプテンになってからは下の子たちが苦労したらしいけど、それでもチームは強くなった」
「ふうん、やっぱりそうなんや」
「何で? 何かされたの?」
「いや、別に」
「何だよ。なになに? 何があったの? 教えてよ」
「あぁもう、しつこい。そして近づくな!」
じりじりと顔を寄せて質問を繰り返す彰をあしらいながら、あの空井斗真という少年の方にも油断がならないということに、舜平は内心穏やかではなくなっていた。
男だろうが女だろうが虜にしている様子の珠生だ、今後彼が健全に成長していけるのかと、舜平は本気で心配になった。
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