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五十八、張り込み

 十二月二十七日。  この年の瀬に、日本中の宮内庁特別警護担当官たちは、京都と能登に振り分けられていた。  彼らは、皆が陰陽師衆の血を引いているわけではない。力量に差はあれど、常人よりも強い霊力を持つ者たちが、全国から集められているのだ。  表向きは宮内庁の警備担当にあたっているが、こういった有事の際には、藤原の命令で動くことになっている。  陰陽師衆の血縁の者たちは生まれながらにその力を操作するすべを修行して育つが、珠生や深春たちのように、成長過程で突然その力に目覚めた者たちを素早く感知し、混乱のないように導いていくのも彼らの仕事である。そうやって、後世を育てていくというわけだ。  彼らは皆、古から伝わる古文書を読み、千珠や陰陽師衆のことを学んで育ってきた。この数年の日本の変化についても全てを知り、転生した者たちの存在についても知らされている。  明桜学園高等部を警備している二人組も、もちろん名前と顔写真だけでは、珠生や湊、舜平らのことを知っている。しかし、彼らを実際目にしたことがあるわけではなかった。  黒いスーツでは目立つため、二人は平服に身を包み、近くの公園やコンビニをうろうろしながらその場所を張っている。二十代後半の男と四十路絡みの男が二人、仲良くこんなところをうろついているのは、感じが良いわけはないのだが、しかたがない。 「寒いな……」  特別警護担当官の一人、佐久間央介はそう言って手をこすりあわせる。佐久間は今年二十七歳だ。ニット帽をかぶり、ベージュのダウンジャケットを着込んでいるが、慣れない京都の冬は堪える。 「やっぱコンビニでおしるこ買ってくるわ」  そう言って立ち上がったのは、今年三十七歳になる特別警護担当官の一人、赤松幹久である。彼は陰陽師衆の血縁のものであり、佐久間よりもずっと力の強い男である。しかしながら、どことなく飄々としていて何を考えているか分からないところがあり、佐久間は苦手な人物であった。天然なのか、それとも何か考えがあってそうしているのか、赤松はたまに意味不明の行動をとることがあったからだ。 「……おしるこ、っすか」 「お前も飲むやろ」 「はぁ。あ、でも俺、せっかくならコーヒーとかのほうがいいっす」 「何言ってんねん、こういう時は頭使うから、糖分多いもんの方がいいで」 「はぁ……」  有無を言わさぬ強引さで、赤松は小走りにコンビニへと消えていった。この張り込みのどこで頭を使うのだろうかと考えながら、佐久間は目の前にそびえる明桜学園を見あげた。  佐久間は大阪育ちであるため、この学校が名門校であるということはよく知っている。年末にもかかわらず部活に励んでいる学生たちを見守りながらも、一向に何の変化も起こらないこの状況に、少しばかり飽きてきているのも事実だ。  烏丸御池という賑やかな通りに近い場所にあるこの学校の回りを、うろうろとうろついて五日ほどになるが、特に何も起こってはいない。東側にある児童公園に座っていることもあれば、西側にある細い路地をうろうろすることもある。北側に黒塗りの車を停めて中に潜んでいたこともあったし、南側にある正門の前で、意味もなく歩きまわったこともあった。  賢げな生徒たちの目線が痛くて、佐久間はそそくさとその場を去ったものだったが、赤松はどっしりとしていた。  ある日はどこで拾ってきたのか犬を連れて、まるで散歩をしているついでに公園で休んでいるだけだという顔をしていたし、車の中で寝ているときは、営業に疲れたサラリーマンにしか見えないようなスーツを着てきていた。  まるで刑事だな……と思いつつ、佐久間はこのベテランらしい先輩から盗めるものは盗もうとしていたが、毎日変わる彼の行動パターンについていけなくなってきているということも事実であった。  今朝も、大柄な生徒数人がスポーツバッグを肩からかけて登校してきていたが、そろそろ佐久間らの顔にも見覚えが出てきたのか、相当に訝しげな顔をして見られたものだ。いくら霊力があるといっても、あんな大柄な男子高校生に何かされては、きっと太刀打ち出来ないだろうと怯えてしまう。  しかしその日は、朝からどこか胸騒ぎがしていた。夜間の見張りと交代してからずっと、佐久間はいつになくそわそわとして、貧乏揺すりが止まらない。  赤松の様子はいつもと変わらない。というか、赤松はいつも変わっているので普通と異常の差がよく分からないが、この不穏な胸騒ぎを自分だけの胸にとどめておいていいのかどうか、彼は迷っていた。  これは何かの前兆なのかもしれない……ということを。  ❀  体育館では、バスケ部員達がめいめいに昼食を取っていた。  年明けに控えているウインターカップに備えて、大晦日までずっと部活が入っているのである。この学校は受験がないため、もう引退している三年生達も練習に参加している。  二年生だった本郷優征がキャプテンだった代は、インターハイの緒戦で敗退し、夏が終わった。代替わりした今年は、インターハイにすら食い込むことができなかったため、ニ年生達のウインターカップへの熱意は相当なものだった。 「なぁ、外におったやつ、昨日もいたよな」 と、優征は隣で焼きそばパンに食いついている空井斗真に声をかける。斗真は感心無さそうに顔を上げると、「え。誰かいたっけ?」と言う。  優征は呆れて、紙パックのバナナオレのストローを咥えたまま言った。 「見てへんかったん?怪しい奴がおったやろ、なぁ?」  そう言って、その隣にいる三年生部員、(ゆずりは)正武(まさたけ)に話を振ると、「ああ、おったな。白っぽいダウン来た男やろ」と冷静にそう返す。 「ほれ、タケは見てたやん。お前はどこ見て歩いてんねん」 と、優征はぐりぐりと斗真のこめかみを拳で突く。 「いってぇな。気にすることないやろ、どうせ卒業生か何かちゃう?」 「どうやろな」 と、寡黙な正武は物静かにそう言った。 「そうそう、朝、柏木に会ったで」 と、斗真がふと思い出したようにそう言った。 「部活か?」 「生徒会の用事やって。忙しそうやなぁ、あいつも」  ずずっと、紙パックの牛乳を吸い込んだ斗真が、脚を投げ出して天井を見あげた。窓から見える空は真っ白でどこか重たく、今にも雪が降ってきそうな色をしている。朝起きだすのに苦労したことを、斗真はふと想い出す。 「生徒会の用ってことは、珠生も来るかなぁ?」 と、斗真が呟くので、優征はちらりとその顔を見た。 「お前ほんっま珠生の事好きやな」  優征がそうからかうと、斗真はぎゅっと牛乳パックを握りしめ、「だからそんなんちゃうって言ってるやろ!」と、真っ赤になって否定している。そんな斗真を、正武も胡散臭げに見つめていた。 「沖野のこと? お前ら最近仲いいよな」 と、正武は弁当箱をきちんと包みながらそう言った。 「でも優征は嫌ってなかったっけ、球技大会でぼこぼこに負けて」 「まぁ、あん時はな。クラス一緒になってみると、結構おもろいやつやったからさ」 と、優征は笑う。 「へぇ」 「タケは同じクラスになったことないもんな」 と、斗真もビニール袋にゴミを集めながらそう言う。 「せやな。まぁ目立つから顔は知ってるけど。女みたいな顔してるよな」 「そうやんな! 可愛いやんなあ〜〜、あいつ!」 と、斗真が目尻を下げて嬉しそうにそんなことを言うものだから、優征と正武はじとっとした顔で斗真を見つめている。  その時、監督が体育館に戻ってきたため、皆はいそいそと集合した。  練習が始まるのかとおもいきや、監督は寒そうに厚手のジャージのポケットに手を突っ込んだまま、皆を見回す。 「大雪警報が出た。今、西でかなりの吹雪が吹いとるそうや。せやから、今日は午後からの練習はなしや。みんなはよう帰るように」 「まじっすか。道理で寒いわけやなぁ」 と、斗真が伸びをしながらそんな事を言うと、監督は腕組みをして斗真を見上げる。 「お前は雪に浮かれておかしな事故に巻き込まれへんように、気をつけなあかんで」 「別に浮かれたりしないっすよ」  斗真の情けない声に、部員たちが笑った。

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