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16、部屋に戻って
初日の夜ということで、親睦会はそのまま解散となり、次の日は朝七時にロビーに集合という旨が敦によって皆に伝えられた。
「別に俺は飲んでねぇよ。それに口説いてたわけでもねぇし」
と、湊に引きずられるようにして部屋へと戻りながら、深春は文句を言っている。
「俺は年上の女性にかわいがられるツボを心得てるだけだ」
得意げにそんな事を言う深春を見て、二人はため息をついた。
「さすがやな。珠生も見習え」
「俺はいいよ。可愛がられたくないもん」
「ああやってバリバリ働くタイプの女はさ、プライドも高いからそのへんちゃんと分かっとかないと駄目なわけよ。その点、俺みたいな年下は素直で純粋に”お姉さんすごい”っていう態度が取れるから、ある意味楽だね」
窓際のベッドに腰掛けながら、深春はレクチャーするように二人に話す。
「同い年くらいの男だと、合わないだろうな。どっちも”自分は頑張ってる、褒めて褒めて”って思ってるから、結果ぶつかり合っちゃうわけ」
「なるほど」
と、珠生は純粋に感心しながら聞いている。
「ほんで、あそこにいたのは誰? 名前は覚えたんか?」
と、湊は備え付けの浴衣に着替えながら尋ねた。
「何人かはね。ほとんど感知方の人だったけど、攻方の人が一人いたな。五條菜実樹、って人」
窓際に置いてあるエキストラベッドに寝そべって名簿を見始めた深春の隣に、珠生も座り込んで覗きこむ。三台ベッドが並んでも、部屋は十分すぎるほどの広さがあった。
「ええと、あの小柄な人だよね。俺んとこにも最初来たな」
「そうそう、ぽっちゃり系の。あの人絶対エッチしたら気持ちいぜ。積極的だし」
「お前はそんな目で人を見てるのか」
と、珠生は軽く呆れた。
「あれ、みんなそうなんじゃないの?」
「まぁいいや。あとは?」
「ええと……っていうか葉山さんと亜樹ちゃん、莉央さん以外の女の人は全員と喋ったから、ここに並んでる名前は全部だよ」
「顔と名前が一致してないんだろ」
「あ、バレた?」
深春は冊子を投げ出して笑うと、仰向けになって珠生の顔を見上げる。
「結構珠生くんのこと聞かれたよ。適当に答えといたけど」
「え、何を言ったんだよ」
珠生はぎょっとして深春を見下ろした。
「彼女いないのかとか、どんだけ強いんかとか……」
「それで?」
「特定の女は作らないって言っといた。それに、強いのは明日以降見れると思うから楽しみにしといてって」
「何だよそれ。特定の女って……」
「とっかえひっかえしてるみたいにも聞こえるな」
と、湊がにやりと笑った。
「失敬な。それは深春じゃん」
「俺はここんとこなんもしてねぇよ。なんかそんな気にならなくて」
「ふうん。そう」
「紗夜香のやつ、あれからずっと学校来てなくてさ。迅さんも瑛太さんも気にしてんだけど……」
「え、来てないの?」
珠生は驚いた。監視付きで、一応登校は認められているはずなのに欠席が続いているとなると、自分が与えてしまった傷が、そんなにも重症だったのだろうかと不安になる。
「あ、別に怪我のせいじゃねぇよ。あれ以来、何か父親と離れ難くなっちゃったらしくてさ。色々怖かったんだろうな、母親にあんなふうに利用されたりして……」
「……そうだな」
「憧れの珠生くんや、優しい兄貴分の舜平にとんでもないことしたからっていうのも、ちょっと引っかかってるらしい。って瑛太さんが言ってた」
「……そう」
思い出せば思い出すほど、苦い事件だ。身内同士で傷つけ合った上に、舜平はあれで霊力を失った。
水無瀬紗夜香の首を締めあげた時の感触は、珠生の掌にしっかりと残っている。冷えた柔らかい肌はじっとりと汗ばんでいたこと、自分の指がみしみしと骨を圧迫する生々しい感覚……。申し訳ない気持ちが、また珠生の胸を占める。
紗夜香に謝ろうと思ったこともあったが、それ以上に舜平の霊力を奪われたことへの怒りや戸惑いが勝ってしまい、結局行く事ができなかった。
紗夜香がそうしたわけではないのだが、菊江は紗夜香の本当の母親だ。何かのきっかけで、紗夜香がまた菊江に与することだって十分考えられる。
「……そんな顔すんなって。落ち着いたら一緒に会いに行こうよ」
よほど珠生が重苦しい顔をしていたのだろう。深春はベッドの上にあぐらをかいている珠生の膝に触れ、気を遣ったような表情で珠生を見上げている。
「うん……そうだね。そうしよう」
「珠生くんはいろいろ気にしすぎだよ」
「うん、分かってんだけど……」
「こいつは昔からネガティブやねん」
と、一人壁際のベッドに横になって冊子をめくっていた湊がそう言った。
「ネガティブって言うなよ」
と、珠生が苦情をいう。
「せめて心配性って言ってよ」
「はいはい、せやな。なぁ、誰からシャワー浴びる?」
「俺行ってこようかな。このままじゃ寝そう」
と、深春は起き上がり、隣に腰掛けていた珠生の肩をぐいと抱いてにやりと笑う。
「珠生くん、一緒に入ろうぜ」
「え、いやだよ。何でだよ」
「いいじゃんいいじゃん、一緒に入れば時間短縮だろ」
「いやだって。深春絶対変なとこ触ってくるだろ」
「触んねぇって。なぁなぁ、いいじゃん、一緒に行こうよ」
「やだよ、何でだよ」
終いにもみ合いになっている二人を見て、湊はやれやれと溜息をついて立ち上がると、仁王立ちして宣言する。
「ほな、俺も一緒に三人で入ろうか?」
「……いい、一人で行く」
深春は湊を見上げて、渋い顔をしながらそう言った。
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