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彰の休日
本編が重かった頃に書いた息抜きSSですヾ(´▽`*)
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とある日曜日。
彰は自宅のベッドの上で目を覚ました。
大学に入って早半年。
医学部生の毎日は多忙だが、そんな生活にも慣れて来た。時折、妖がらみの事件が起きたりすることもあるが、葉山をはじめとした宮内庁職員の皆が彰の学生生活をサポートするべく頑張っているため、彰にはさほど出番がない。
そして今日も、のんびりとした休日だ。
彰はしばらくベッドに寝転がったまま、スマートフォンでメールのチェックなどをしていた。ついでに、SNSで京都市内に異変が起きていないかどうかチェックして、ようやく画面を閉じる。
「……はぁ……今日はどこも平和だなぁ。あ、でもまだ書き上がってないレポートがあったっけ……大学に行くか」
彰はゴロンと寝返りを打ち、もう一度スマートフォンを手に取った。ふと、葉山が今日何しているのかということが気にかかったため、『おはよう。今日は何してる?』とメッセージを送ってみる。が、多忙な彼女が日曜のこんな時間に目を覚ましているわけもない。返事は当分望めないだろうと思いつつ、彰は大欠伸をした。
中学時代から使っている慣れ親しんだベッドから立ち上がり、彰はカーテンを開けた。二階から見える景色は住宅や小さな公園といった地味なものだが、晴れ渡った秋の朝は気持ちがいい。
彰は窓を開けて深呼吸しつつ、するりとパジャマを脱いでいく。上半身裸でクロゼットの前に立ち、今日着る衣服を選んでいると、スマートフォンが鳴った。葉山からのメッセージだ。
『今日は昼から訓練。それまで寝る』
なんという味気のない文面だろうと、彰はおもわず笑ってしまった。とはいえ、葉山からのメッセージはいつもこんな感じなのである。よほどの用事がなければメールなどしてこないし、そもそもよほどの用事となると仕事についての要件なので、電話をよこしてくることの方が多い。彰も筆まめな方ではないため、葉山のこういうさばさばしたところは気が楽だ。
彰が『頑張ってね』と送信すると、『はーい』という短いメッセージが返って来た。きっと、ベッドの中で睡眠を貪りながら返信しているんだろうなと彰は考え、葉山とのやり取りはそれで終了することにした。
着替えを終えて一階に降りると、父親がキッチンに立っていた。
彰の父・斎木順造は似合いもしない母の花柄エプロンを身につけて、フライパンでいそいそと何か謎めいたものを作っているのである。これは、日曜日ごとに見られる斎木家の朝の風景だ。
彰は居間の隅にある仏壇に手を合わせて「母さん、おはよう」と声をかけた。遺影に向かって笑みを見せた後、スウェットにエプロン姿の父の背中を見て苦笑する。
「父さん、おはよう」
「おお、彰、おはよう」
「今日は何作ってんの?」
「オムレツや! こないだテレビでやっててん、とろっとろで美味そうなの」
「とろとろ……か。父さんにはちょっと荷が重いんじゃないの」
「何言うてんねん! ほれ、これを丸めればとろとろ……あああっ、なんでや!! なんで焦げついてんねや!!」
「これじゃただの炒り卵だよ。マヨネーズと和えてトーストにでも乗せようか。レタスもあるし、あ、トマトもある」
「……お、おお……うまそうやな」
彰はトースターにパンをセットすると、手際よくレタスをちぎり、トマトを薄くスライスした。そして父親を押しのけてササッと炒り卵にマヨネーズを和え、ちょうどよく焼けていたパンにそれらをはさむ。
あっという間にうまそうなサンドイッチが出来上がって行くさまを、父・順造は呆然と眺めていた。
「……お前……すごいな」
「そう? いつもやってるからね」
「いつも? いつもどこでやってるんや?」
「え、あー……ええと」
「やっぱお前、彼女おるんやな。誰や、どこの誰や、言うてみぃ」
「なんでそんなこと聞きたがるんだよ」
「そんなん、息子の彼女が気にならへんわけないやろ! どこの子や? 大学の子か?」
「……ううん、年上」
「ほう……せやな。お前は落ち着いとるからな……いくつや」
「ええと、いくつだっけ。三十になったんだっけ?」
「さ、さ、三十?! そんな年上と?!」
「うん、まぁ」
「だ、だ、誰や!? もうええ歳のお嬢さんやんか! 色々と責任てもんがやな……」
「当然、それは考えてる。ていうか、大学出たら結婚する予定だから」
「な、なんやてぇぇ!!?? そ、そんなん、はよう挨拶せなあかんやん! はよううちに連れてこいよ、母さんにも……」
「もう来たことあるよ」
「えっ!? 誰!? いつ!?」
「母さんの葬式の時に、色々と手伝ってくれてた、あの人だよ」
「え、あー……ああ、あの美人さんか」
「そうそう、その美人さん」
「え!? なんで?! なんでそういうことになってん!?」
「父さん、落ち着いてよ。仕事のことで色々と関わりが増えたんだ、それで、そうなったの」
「あー……そうか、そうなんや。ふうん……やるやん、お前……」
「どうも」
「ていうか、お前、卒業してもすぐには食っていけへんやろ!? なんやっけ、国家試験とか研修医とか色々そういう……」
「その辺のことはもう彼女にも言ってあるから。それに、彼女は自立した国家公務員だよ。僕の稼ぎなんてあてにしてないから」
「そ、そう、そうか。……えらいしっかりしたお嬢さんやったもんな……」
「ごちそうさま。大学に行ってくるよ」
「えっ!? ちょ、待ちいな! 父さんはまだ話が、」
「やらなきゃならないレポートがあるんだ。行ってきます。夕飯はいらないよ」
「お、おう。がんばれよ」
怒涛の質問ぜめを受けながら、彰は淡々とサンドイッチを平らげてコーヒーを飲み干し、席を立った。取り残された父親はストンと椅子に座り直し、もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら「嫁か……嫁が来るんか……」と呟いている。
彰はそんな父親の姿を見てちょっと笑うと、通学用に使っている黒いリュックサックを背負った。そしてバイクのヘルメットを手に取りながら、足取りも軽く家を出る。
+ +
レポートをどこでやろうかと考えながら駐輪場にバイクを停め、ヘルメットを脱いだ。乱れた髪をかきあげてため息をつくと、秋の風が、彰の鳶色の髪の毛をふわりと撫でていく。
その秋風に乗って、彰は慣れた匂いを嗅ぎ取った。
どうしてこんなところにいるんだろう思いつつ匂いのする方向へ足を進めて行くと、キャンパス内のカフェテリアの方向に、見覚えのある二つの影を見つけた。
「舜平! 珠生!」
彰は嬉しくなって、そちらに駆けた。その声に反応し、くるりと振り返った珠生が、笑顔を浮かべて手を振っている。
「先輩、おはよう」
「なになに? なんで珠生がこんなとこにいるの?」
「一回、京大の図書館に来てみたいなぁと思ってたんだ。舜平さんが今日は空いてるって言うから、案内してもらおうと思って」
「そうなんだ。うん、僕も一緒に案内するよ」
そう言って彰が珠生の肩を抱くと、大きな手がむんずと彰の肩を掴んだ。舜平だ。
「おい、なにをナチュラルに珠生にセクハラしとんねん。離れろ」
「セクハラとはひどい言い草だなぁ。どうせ君のことだ、図書館の人気のない地下書庫にでも珠生を連れ込んで、いやらしいことをしようとでも企んでいるんだろう? そんな君にセクハラとか言われたくないな」
「そ、そそ、そんなことするわけないやろ!! あほか!!」
「ふん、慌てているね。……なるほど。あわよくば、そういうことをできればいいのにと妄想していたんだな」
「妄想なんてしてへんわ!! ふざけんな!! おかしな分析すんなボケ!」
「……うわ……そんな下心があっただなんて……変態。気持ち悪い」
「お前まで!!」
珠生に蔑むような目で見られ、舜平が冷や汗をかいている。彰はそんな舜平の狼狽ぶりを楽しみつつ、珠生を促して図書館の方へと歩を進めた。
「行こう珠生。僕が隅々まで案内してあげる」
「ありがとう先輩」
「個室があるんだ。どう? 行ってみる?」
「うん、行ってみる。ゆっくり勉強できそうだね」
「そうなんだよ。色々とゆっくり……教えてあげるね」
「うん、助かるよ」
「ちょ、ちょい待てやああ!! お前のセリフの方がいかがわしいねん!! 個室で珠生にナニするつもりや!? そんなん俺が許さへんで!!」
彰はニヤリと笑って舜平を振り返り、赤みの強い唇を吊り上げて微笑んだ。
「いやだなぁ。僕は珠生の元・家庭教師だよ? 教えるって勉強に決まってるだろ。珠生は理系が苦手だからね」
「うん、一応課題持って来たんだ。舜平さんが勉強してる間、俺もここで勉強しようと思って」
「あ……、そう、うん……そうやんな……」
「ふっ、舜平……。君は一体何を妄想していたんだい。ひょっとして君、僕が珠生になにかいやらしいことをすると想像していたのかな? 全く君ってやつは、どこまでも思考が卑猥だね」
「くっ……彰、てめぇ……」
舜平がふくれっ面をして、ふるふると震えている。
素直にいじられてくれる舜平が可愛くて、彰は楽しげに笑った。
「冗談だよ。君は本当にからいかい甲斐があるな」
「うっさいねん!! 珠生、もうそんなやつほっといて俺と、」
「三人で勉強すればよくない? 俺、さすがに日本の最高学府で変なプレイはちょっと……」
と、珠生はちょっと引きつった表情でそんなことを言うものだから、舜平はがっくりとうなだれてしまった。
「……俺、そんないっつもエロいことばっかしてるか?」
「んー、まぁ、してるよね」
「サラッと言うなや! 彰 の前で! っちゅうかだいたい、お前が妙な色気出して俺を誘惑して来るからそういうことになるんやろ!!」
「みょ、みょうな色気なんて出してないだろ!! 舜平さんがいやらしく迫って来るから、ついそういう雰囲気になるのであって……」
「はいはいはい、ごちそうさま。つまり、君たちは二人きりにしておくと、公序良俗的によろしくないと言うことだな。僕が一緒に勉強してあげるよ。さぁ、おいで」
「「……」」
彰はにこにこしながら二人の肩を抱き、図書館の方へと歩き出す。
そして夕方までみっちりと勉学に勤しみ、ぐったり疲れた二人を見て、また楽しげにほくそ笑むのであった。
おしまい
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