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存在意義とは〈湊目線〉
俺の名前は柏木湊。
自他共に認める、珠生のお世話がかり。
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話は、沖縄研修旅行の親睦会に遡る。
俺は宮内庁特別警護担当課技術部の人たちと酒を酌み交わし、『霊力のないものがいかにして霊的な戦闘に関われるか』ということについて議論をしていた。
技術部の中岳昴 氏(二十九)は、霊力を持たないごく普通の人間だ。そんな彼が、なぜ日本の裏歴史に関わる仕事をしているのかということ、俺はその理由を尋ねてみた。
聞けば俺と同様、身近な人物が霊的な事件に関わるようになり、自然と自分も裏歴史に関わるようになっていたというものだった。
みだりに裏歴史のことを他者に漏らすことは禁じられているため、監視という意味あいも込めて宮内庁に入庁することを勧められたのだという。
霊力のないもの同士という気安さ、そして酒が少し入っていたこともあり、俺はついつい中岳さんには本音を漏らしていた。
それは、この世界における、自分の存在価値についてだ。
俺には霊力がない。前世の頃から、俺はその事実に微かな不甲斐なさを感じていた。
只人であることは、別に恥じることではない。かつての俺は忍頭で、類い稀な身体能力も備えていた。現世においても、過去の記憶を取り戻すにつれ、この肉体をいかに操るかという術を思い出した俺は、一般的な成人男子に比べれば身体能力は高いほうだろう。
しかし、珠生や斎木先輩、そして舜平のように、最前線に立って敵を薙ぎ払うことはできない。天道のように、呪具を使って結界を張ることすらできないのだ。
皆が俺にそういう立ち回り方を期待しているわけではないということは分かっている。俺はあくまでも後方支援であり、熱くなりがちな仲間たちのサポート的存在……それが、俺に求められる役割だ。
でも、あの日のように……。明桜学園で百合子が巻き込まれた時のように、身近な誰かに危険が及んでも、俺は何もできない。俺にはそれが、歯がゆいのだ。
あの日はたまたま、珠生らが助けに来てくれた。佐久間さんたちが外で見張りをしていたこともあって、あの人数の同級生たちが助かった。
でももし、あの場に俺だけだったら?
そんなことを考え始めると、俺はどうしようもなく不甲斐ない気持ちになる。怖いとさえ、感じてしまう。
今の俺には、技術部の人が作ってくれた弓もある……が、それはただの時間稼ぎに過ぎない。
もっと、珠生たちの力になりたいーーそれは、柊である頃から願っていたことだった。しかも今は、あの頃のように率いるものもなく、俺はただの学生という身分。あの頃より今の方が、俺は自分が脆弱だと感じていた。
俺がここにいる意味。
それはどれほどのものなのだろうかと、考えてしまうのだ。
「いや……でも、柏木くんは転生者だからね、僕みたいな単なる技術屋とは、比べようもないほどの存在価値があると思うけど」
「そうでしょうか」
「そうだよ。僕も古文書の写しは全部読んだけど、君はあの柊なんだろう? 年齢が若く精神が未熟だった千珠さまを支え、その成長に甚大なる貢献をした重要な人物だという印象を受けたけど」
「おお……そんなことが? その古文書って、何が書いてあるんですか」
「僕も詳しくは知らないけど、裏歴史の中で起こったことを記録に残す、”歴史編纂者”という人物がいるらしいんだ。五百年前、最初の歴史編纂者は朝廷に仕える文官が最初だと聞くが、陰陽師衆や青葉の人々についての記述もたくさんあるから、彼らと親しく付き合いのあった人物なのかもしれない」
「歴史編纂者……ですか」
「そう。古文書に描かれる柊という忍、今の君とイメージがぴったりだけどな」
「それって、物語調で書かれているんですか?」
「んーまぁ、僕が読んだのは口語訳されたものだからね、そんな感じだった」
「へぇ……」
「現代にも、歴史編纂者はいるらしいよ。時代を選ばず、日本では霊的な事件は多発しているからね。その記録をつけている人物が宮内庁に存在しているらしい」
「ほう」
いつか自分も、その古文書を読ませてもらえる日が来るのだろうか……と、俺はふと考えた。珠生や舜平は読んだことがあるのだろうか。
日本酒を飲みながら古文書に思いを馳せていると、もぞもぞと、膝に何やら暖かなものが。
「み・な・と」
「……何してんねんお前」
珠生が、俺の膝の上に乗って来た。賑わっていた向こうの席で何があったのかは知らないが、すでにべろんべろんに酔っ払っている。
とろんとした目つきでうっとりとした笑みを浮かべつつ、小さな尻を俺の太ももの上に乗せて、珠生は柔らかな動きで俺の首に両腕を絡めてきた。
「ねぇねぇ何してんの〜? あっちでいっしょに飲もうよぉ」
「は? 俺は今中岳さんと大事な話をしてんねん。酔っ払いはあっち行け」
「あっ、ひどい〜。俺、ぜーんぜん酔っ払ってないし!!」
「うそつけ。未成年のくせにべろべろになりやがって」
「湊だって飲んでるじゃん、これ日本酒でしょ。どれどれ味見……」
「アホか、やめぇ。っていうか顔近いねん、もう……うっとおしいなぁ」
「えーいいじゃん。湊お酒のいいにおい〜」
……珠生は美形だ。それは認める。
千珠さまであった頃は冷え冷えするほどの美貌の持ち主であったが、今はどちらかというと小動物系というか愛玩動物系というか……とりあえずいろんな人に構いたがられるような愛らしい顔立ちをしている。それは理解している。
が、昔と変わらず酒癖は最悪であるらしい。
俺はこうやって、真剣な議論している最中に話の腰を折られるのが大嫌いだ。いくら珠生が可愛い顔をして迫ってきても、苛立ちは変わらない。舜平や敦さんあたりだったら、珠生にこんな顔をされてくっついてこられたならば嬉しいだけだろうが、俺はあいにくノンケだ。俺にそんな顔は通用しない。
「あかんっていってるやろ。もう、重たい。どっか行けよ」
「えー? なんだよもう。いいよここで寝るから」
「は!? 何でやねん!」
「膝枕してよぉ。ほら、狭い」
「ったく……」
珠生はもぞもぞと俺の膝から降り、今度は俺の膝に頭を乗せた状態で座敷に寝そべった。中岳さんは無言で酒をちびりちびりとやりながら、ちらちらと珠生と俺のやりとりを観察している。
すると舜平がやって来て、俺の腹に抱きついてうとうとしている珠生の尻を叩く。
「おい珠生。寝るなら部屋連れてったるから、こっち来い」
「……えーやだよ……部屋に連れて帰っていやらしいことするつもりなんだろ」
「は、はぁ!? な、ななな何を言い出すねんこんなとこで!! なんもせぇへんわ!!」
「俺、今夜は湊と寝るから」
「はぁ? 俺嫌やで。お前はいつも通り舜平と寝ろや」
「だって、舜平さんがいたら朝まで眠れな、」
「ちょおおい!!! いらんこと言うなお前まで!!」
舜平は大慌てで珠生の口を塞ぎ、俺をじろりと睨んできた。まったく、舜平がついてながら珠生がべろべろの酔っ払い状態とはどういうことだ?
「え〜〜ほな俺と寝よかぁ、珠生くん♡」
突然俺の脇から佐久間さんが現れたかと思うと、デレデレしながら珠生のウトウト顔を覗き込もうとしている。……どこから湧いてきたんや。
佐久間さんには尻が接するくらいぴったりとくっつかれ、珠生には膝枕をさせられている上に腹にしがみつかれ、舜平は珠生を俺から引き剥がそうとやかましく……。俺はだんだん立腹を通り越して無我の境地に達しかけていた。
「やですよぉ、そんなの……。知らない人と寝るとか……」
「知らん人ちゃうやろ〜〜俺、頼れるお兄さん代表の佐久間さんやで♡」
「ちょ、やだよぉ、触らないでください……」
「ちょい佐久間さん、何やってるんですか国家公務員のくせに!! セクハラしたらあかんでしょ!!」
と、舜平が珠生を引っ張り起こして抱き寄せた。とりあえず膝が軽くなったのはいいとして、今度は佐久間さんがグイッと身を乗り出して来たので暑苦しい。酒が飲めない。
「え〜〜だって舜平くんとは寝るんやろ〜〜? ほなええやん、俺とも寝ようやぁ。なんもせぇへんから〜〜」
「やめてください……俺、今夜は湊と寝るんだから」
「湊と寝るくらいなら俺と寝たらいいやろ、ほれ、戻るぞ部屋」
「はなせよ! いやらしい! エロ坊主!」
「なんやとぉ!」
舜平と珠生の痴話喧嘩はそろそろ聞き飽きているので放置するつもりだったが、今度は敦さんがどこからともなく湧いて出て来たかと思うと、舜平の肩にがしりと腕を絡め、珠生の太ももをなでなでと撫で摩りはじめた。
「そしたらもう五人で寝たらえかろうが〜。あははははっ、激しい夜になりそーじゃな!」
「え、激しいて!? え!? え!? 何!? それって5ぴ…………ぐぼぉっ」
「おいお前ら何フザけた妄想ぶっこいてんねん殺すぞコラァ!!」
と、不埒な妄想を始めた敦さんと佐久間さんに舜平がブチ切れている。舜平が怒るのは自然の摂理として、そこに俺を混ぜるのはやめて欲しいのだが。
「……え? みんな俺と……何したいって……?」
すると、舜平にもたれかかってうとうとしていた珠生が起き上がり、眠たそうに目をこすった。そしてどことなく残忍な笑みを浮かべ、ぺろりと唇を舌なめずりをする。佐久間さんと敦さんが青くなった。
「四対一で、俺とやろうって? いいよ、どっからでもかかって来てよ」
「え……いや、そういう意味とちゃうくて……」
「そーじゃそーじゃ。そんな物騒な話じゃのうて、俺らはその……」
「え? じゃあ何? 俺と何したかった?」
「えーと……」
いい大人二人を黙らせたかと思うと、珠生は目にも留まらぬ速さで佐久間さんの懐に入り、あっという間に巴投げをぶちかました。人の少なかった端っこのテーブルの上に投げ飛ばされた佐久間さんが「いってぇ……」と呻く中、今度は敦さんの巨体が土壁に激突し、ずるずるとその場に崩れ落ちる。どうやら、こっちも巴投げを喰らったらしい。
珠生はとろんとした目つきのままパンパンと手を払い、今度は目を細めて舜平を見おろした。……おいおいおい、みんなこっち見とるやないかい。それに、このぐっちゃぐちゃのテーブルどないすんねん。中岳さん、さっきから微動だにせぇへんくなってるやないか。もうええ加減にしてくれ。
「……で、舜平さんはどうされたいの? 投げる? それとも締める?」
「こら、珠生」
「あんっ……」
スッと立ち上がった舜平に抱きすくめられるだけで、珠生はあっさりと腰砕けになっている。それを見ていた女性陣の目がそわそわと落ち着かないものになり、中には爛々と目を輝かせている人もいて……そう、葉山さんとか。
「ちょっとおイタが過ぎてんぞ。ええ加減にせぇ」
「そ、そんなことない……」
「もう眠いんやろ、部屋、帰るな?」
「……うん」
「ほんならほれ、腕につかまれ。歩けるか」
「うん……」
結局いつものように、仲睦まじく寄り添ってその場を去っていく珠生と舜平。ようやく宴会場が静かになるか……と思った矢先、今度は宴会場の反対側で大騒ぎの声が聞こえて来た。
「や、やめてください……佐為さま、あのっ俺……っ!!」
「ふふふふ……僕はね、一度狙った獲物は逃がさないたちでね……ふふふふ」
「ちょ、やっ……ぁ、んんんっ……んんーーーっ!!!」
宴会場の反対側で、斎木先輩が芹那さんを押し倒し、あろうことか唇を奪っていた。
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「あーあ、もう、大騒ぎやったな」
「だなぁ〜。ふわーあ、ねむ」
親睦会の後、俺は深春とともに部屋へと戻った。珠生はひとりですうすうと大人しく眠っていて、部屋は静かなものだった。舜平が飲みの席に戻って来たので、二人がこの部屋でいちゃいちゃしているという危険性はなく、俺と深春はのんびり部屋へ戻ってこれた。
「湊くん、先シャワー浴びてよ……俺……もう眠いし……」
「そうか? ほな、浴びさせてもらうわ」
「ふわーあ……みんなはまだ飲んでんのかなぁ……」
「どうやろ。明日も訓練あんねんし、みんな部屋戻って寝てんちゃうか?」
「そーか…………ぐう……」
深春は部屋に着くなりベッドに倒れこみ、それだけの会話の後、すうすうと安らかな寝息を立て始めた。俺は深春に薄い布団をかけてやり、顔にかかった黒髪の癖っ毛を指先で避けてやる。
「……やれやれ。どいつもこいつもお子様やな」
シャワーを浴びてさっぱりした後、俺はベッドに寝そべってしばらくスマートフォンをいじった。百合子と簡単なメールのやり取り(ちなみにこの旅行は、珠生らとの旅行ということになっている)をした後、俺は眠気を感じて布団に潜り込んだ。
「……明日は六時半起きでええかな……。こいつら起こしたらなあかんから……ちょい早めに……」
と、明日の算段をたてながらもぞりと寝返りをうつと、布団の中に珠生がいた。
「うおおおおお!!!」
「うーん……うるさいなぁ……」
「お、お前いつのまに……!! 無駄にその素早さを使うなや!!」
「んー……だって、ん……」
珠生は迷惑そうに顔をしかめつつ目をこすり、大あくびをした。そして当然のように俺の枕に頭を置き、本気で寝る体勢になっている。
「おい、邪魔やねんけど」
「んー……」
「ったく……ほな俺、お前のベッドで……」
身を起こしかけたが、珠生はがっしりと俺の腕にしがみついていて動かない。色々と諦めた俺は、せめて枕は返してもらおうと珠生の頭の下から枕を引っ張り抜いた。
「んー」
「……お前、俺を舜平と間違えるなよ」
「まちがえるわけないじゃん……」
「そんならええけど。ちゅうか俺は男と寝る趣味は……」
ブツブツ文句を言われることもお構いなしで、珠生はもぞもぞと俺の肩に額をすり寄せ、眠たそうにあくびをした後、心地好さそうに喉の奥を鳴らした。まるで猫だ。
「湊……」
「……なんやねん。寝るなら早う寝ろや」
「おれ、湊のこと……変な意味じゃなくて、すごい、すき……」
「……は?」
「いつも俺のこと……守ってくれるから……一緒にいると、ほっとする……」
「……」
――守る……? 俺が珠生を守っているとは、どういう意味やろう。そりゃ、前世から自分がおかん的立場に立たされていることは重々承知しているが、皆に守られてばかりの俺が……珠生を守ってるって……?
「……そんなことないやろ、俺は、守られてばっかや」
「……え?」
「俺には霊力がないし、昔みたいに率いているもんもない。昔は、お前よりもずっと年上やったから、いろんな意味で千珠さまをお守りすることができとったかもしれん。……でも今は、俺はただの、お前の同級生や」
「……同級生だから、いいんじゃん……」
「え?」
珠生はもぞもぞと目をこすり、とろんとした目つきで俺を見上げた。
「湊がそばにいてくれるだけで、俺……ちゃんと自分でいられるっていうか……」
「……?」
「昔のことも、今のことも、湊はちゃんと知っててくれる。……そんな湊が学校にいてくれるから、安心するんだよ……?」
「でも俺は、肝心の戦力になられへんし」
「そんなことないじゃん……湊は、いつもちゃんと俺のことを見ててくれて、欲しい時に欲しいものをくれるよ……? いつだって、一緒に戦ってるじゃん、なにいってんだよ……ふふっ」
「……そうなんやろうか」
「そうじゃん。……どうしたの、湊、そんなこと言うなんて、めずらしいね……」
「……珍しい、か」
思えば、祓い人の事件が起こり始めた頃から、俺はいつになく無力感に苛まれている。”何もできない自分”という部分にばかり目がいって、普段のように、冷静に自己分析ができていないような気がする。
――そうや、俺は、やつらの不気味なやり口や雰囲気に、呑まれてるだけ。
あかんな……これじゃ祓い人の思う壺や。……しっかりしなあかん。俺には俺のやり方があったはずやのに。
「……そうやんな」
「……んー……? なに……?」
「ううん、なんでもない。……ありがとう、珠生」
「え……? えへへっ……なにいってんだよぉ……へんな湊」
「俺も、変な意味じゃなく、お前のことまぁまぁ好きやで」
「まぁまぁって……なにそれ、まぁまぁとかいらなくない? ねぇ、いらないよね?」
「うん……せやな、いらんいらん。ていうか、眠いならもう寝たらええよ。眠たいとこ、色々喋ってすまんかったな」
「ううん……どういたしまして……」
珠生は最後にもう一度大あくびをすると、長いまつ毛を伏せて静かになった。今度こそ、深い眠りに沈んだらしい。規則正しい寝息と、慣れない珠生の体温をそばに感じながら、俺は天井を見上げて波の音を聴いた。
波の音と珠生の寝息に耳を傾けていると、穏やかな気持ちが戻ってくる。
「……力だけが、すべてじゃない」
俺はひとこと、自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
おしまい
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