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『傷口をなぞる指』〈一〉

こんばんは、餡玉です。 ずいぶん前にリクエストいただいていた、琥珀の大正パロ話です( ´ ▽ ` )ノ 大正な雰囲気が出ているかどうかはそこはかとなく謎ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。 ˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚ 「俺の家で人を預かれ?」  時は大正十年。  ある、春先の朝のこと。  相田舜平は、宮内省大臣官房付護衛官・斎木彰に呼び止められた。  舜平は憲兵である。  皇宮憲兵隊第一師団に所属する優秀な憲兵隊員の一人であり、勤勉かつ有能な人物だ。毎朝の鍛錬を怠らず、職務に対する態度は真摯。松葉色の軍服に包まれた肉体は逞ましく秀で、顔立ちも精悍に整っている。街へ出れば女の目を惹きつけてやまないような男ぶりのいい青年であるが、舜平は日々の職務に忙しく、色事に首を突っ込んでいる余裕はなかった。  おまけに、舜平はそういった色恋沙汰にはめっぽう鈍い男である。二十二になっても心に決めた女はおらず、休日があったとしても、もっぱら剣道場か柔道場に赴いては肉体を鍛えるという男臭い有様だ。 「……お前、また俺に面倒ごとを」 「まぁまぁ、いいじゃないか。君は今、広い家に一人住まいだろう?」  そう言って馴れ馴れしく舜平の肩を抱くのは、舜平とは趣の異なる美青年である。白い肌、鳶色のさらりとした髪の毛、そしてどことなく狐を彷彿とさせる切れ長の双眸。逞しい肉体を持った舜平よりもいくばくか華奢な体格をしているものの、背丈は舜平とほとんど変わらない。  政府の御偉方を警備する護衛官は、黒の軍服を身に纏う。均整の取れた身体つきをした彰には、清潔感のある軍服がよく似合った。目深に被った制帽や、しなやかで長い脚には黒革の長靴(ブーツ)が映える。  なよやかな空気を漂わせる薄い唇に意味ありげな笑みを乗せ、彰は舜平にこんなことを囁いた。 「特警の案件なんだ、ぜひ頼むよ」 「特警? 妖がらみの事件か?」 「そういうこと」  彰はそう言って肩を竦めると、舜平を誘って建物の外へ出た。うららかな春の陽が、野花の咲く狭い庭をほのぼのと照らしている。憲兵隊屯所の裏庭は猫の額ほどしかないが、日常業務の一環として草むしりが義務づけられているため、さほど見苦しいものではない。ふたりは据え置かれたベンチに腰を下ろして、腰に帯びた日本刀を傍に置いた。  ふたりの言う『特警』とは、『特別警護職』にかかわる案件ということである。  明治二年の官制改正で、平安時代から続いた『陰陽寮』という名称は表舞台から消えることとなった。その代わり『特別警護職』という部署が宮内省の下位組織として、密かに設置されたのである。  『特別警護職』の任務は、この国を脅かす霊的なものから、天皇及び国民を守護すること。その戦力として、全国各地から霊力を持つ人間が集められている。普段は表向きの仕事に就いているが、有事の際には直ちに召集され、人に害をなす妖を殲滅する。  平安時代から続く陰陽師の血を受け継ぐものは、漏れなく『特別警護職』の職員として招集され、この国のために力を奮う。そしてその子息たちもまた、同じ道を歩むものが多い。  しかし、その血筋ものもではなくとも、強い霊力を帯びて生まれてくる子どもはいる。『特警』では、そういった若い異能者を放置せず、すぐに宮内省の名の下に保護することになっている。放置された異能者は総じて人間関係に亀裂を生み、苦労を背負って生きることとなる。そのため、『特警』の中には常に国中の霊力の動きを感知する術者が存在し、新たに生まれ落ちる異能者を見つけ出す。  舜平も彰も配置された部署はそれぞれだが、おのおの異能を持って生まれた子どもだった。舜平は、彰がいつから特警に関わっているのかは知らないが、年齢が近いため、しばしば共に鍛錬を積む仲間なのである。 「これは内密にしてほしいんだけど、今、省内では、次期特別警護職 (かしら)の椅子を狙って佐々木派の連中が躍起になっている」 「……ほう、猿之助がその椅子狙うてるってことか」 「そ。しかし、おそらくは業平様がその地位につくだろうがね。佐々木派はその決定をひっくり返したくて、頑張っているというところさ」 「で。それとこれとなんの関係が?」 「佐々木派の連中が、若い異能者を捕縛したんだ。人里を離れた場所で妖に混じって暮らしている、危険人物だと」 「人里を離れて……?」 「付近の村人からの聴取によると、その少年は数年前から山の奥に棲み着いていたらしい。どこから来たのかも分からないが、別に害があるわけでもない。だから放置しつつ、見守ってはいた……という感じらしいんだけど」 「そうなんや。……異能者の子、か。おおかたその力のせいで、故郷で何かあったんやろうな」 「おそらくね」 「それで今、ここに囚われているってことか? でも、異能者はきちんと保護するきまりやろ」 「それがね」  彰はやや身を屈め、舜平の耳元に口を寄せた。舜平は薄気味悪そうな顔をしつつも、一応そのまま彰の言葉を聞くことにした。 「その少年は、半妖なんだ。妖気を強く帯びた少年らしい」 「……珍しいな。その子の親は?」 「まだ調査中だ。彼の出生地を探しているところ」 「ほう」 「あまりにも力が強くてね、今も人を寄せ付けない。しかし、このまま佐々木派の連中に処理を任せるわけにはいかないから、僕も色々と動こうと思っている」 「そのための時間稼ぎをしろってことか?」 「そういうこと。本来なら、異能者には本人の意向を聞くための審理を受ける権利がある。でも、彼はまるでこっちのいうことを聞かず、口を開こうともしない。佐々木派の連中は、そんな彼を妖ものだと判断し、すぐさま処刑すべきだと訴えている」 「あいつらは……いつもそうやな」 「そういうわけで、調査結果が出るまでの間、ちょっと君のとこで面倒見てほしいってわけさ」 「……そういうことなら、断れへんな。俺にも覚えがあることやし」 「業平様も僕も、君のことならば信頼できる。一つ頼んだよ。ちょこちょこ様子を見に行くから」 「分かった」 「彼の面倒を見る間は、自宅勤務という形で処理しておくよ」 「はぁ? もうそんなことまでしてあんのか?」  彰はそう言って微笑むと、制帽をかぶり直して立ち上がった。優美な動きで日本刀をベルトに装備すると、きりりとした動作で舜平に敬礼をする。 「よろしく頼むよ。皇宮憲兵隊第一師団副隊長、相田舜平君」 「了解」 「さぁ、囚われの少年に会いに行こう」 「おう」  彰はきりりとした動作で敬礼すると、ブーツの踵を鳴らして歩き去っていった。

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