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『親友の結婚式』〈4〉

   そして、ついに湊の結婚式当日。  珠生は緊張の面持ちで、自室の姿見の前に立っていた。 「うわぁ〜珠生、そのスーツもかっこいいじゃないか」  ドアを開け放していたため、ひょいと健介が顔を覗かせた。朝からそわそわしている珠生のことを気にしていたらしい。  スーツの色は仕事着と同じ黒であるが、新調したスーツの生地にはやや光沢があり、シルエットも細身である。ごくごくシンプルなデザインであるが、それは珠生のほっそりとした身体にしっくりと似合っていた。  結局、舜平とともにスーツを買いに出かけたのだが、珠生の目からはブラックスーツなどどれも同じに見えてしまい、訳が分からなくなってしまった。だが、舜平は珠生に似合いそうな雰囲気の服を置いているモードブランドをしっかりとチェックしていて、てきぱきとスーツを選んでくれたのだった。 「あ、ありがと。あぁ、なんで俺がこんなに緊張してるんだろう」 「湊くん、だったかな? あの落ち着いた眼鏡の子だろ?」 「うん……」 「スピーチでも頼まれてるのか?」 「ううん……」 「余興とか?」 「ううん……。そうだよ、緊張する理由なんてないはずなのに」 「ははっ。まぁ、結婚式といえば人生で一番の晴れ舞台だしね。親友のために緊張してるなんて、珠生は本当に優しい子だなぁ」 「……そうかな」  珠生は緩く結わえていた淡いグレーのネクタイをぎゅっと締め、ふうとため息をついた。そして、いつもよりきちんと撫でつけてみた胡桃色の髪を軽く押さえつつ、珠生は健介の方を向く。 「変じゃない?」 「全然変じゃない! すごくかっこいいぞ! はぁ……珠生もとうとうお友達の結婚式に呼ばれるような年になったんだなぁ……」 と、急にしみじみしはじめた健介をよそに、珠生は机の上に準備していた祝儀袋などを内ポケットにしまい込んだ。 「じゃあ行ってくるね。多分最後まで付き合うから、帰りは遅くなると思う」 「うんうん、分かったよ。あんなに人付き合いを嫌がってたのになぁ……お友達がたくさんできてよかった……」 と、さらに目を潤ませている健介に苦笑しつつ、珠生は真新しい革靴を履き、早足に家を出た。  +  湊の結婚パーティが開催されるのは、舜平が勧めていた京瑠璃堂である。  舜平から話を聞いた後、湊は百合子と共に見学へ行き、すぐにそこを気に入ったらしい。トントン拍子に話が進み、十一月の吉日の夕刻より、レストランウエディングが行われることになったのである。  地下鉄で会場へ向かいつつ、珠生は腕時計に目を落とした。大学合格祝いに健介から送られた、あの銀色の時計である。  時刻は十五時。確か、パーティの前に親類のみの挙式を行うと言っていたことを思い出す。ちょうど今この時間に、湊は百合子と将来を誓い合っているのかと思うと、なんだか妙に感慨深い気分になった。  ――柊の結婚式と、湊の結婚式と、どっちも出席することになるなんてなぁ。  と、地下鉄の窓を眺め、過去を懐かしみつつふっと一人で微笑んでいると、不意に誰かに肩を叩かれた。 「え? あっ、斗真……!?」 「うわ〜久しぶり!! やっぱ珠生や!!」  珠生の背後に立っていたのは、空井斗真である。斗真は高校時代と全く変わらない明るい笑顔で、珠生の両肩をばしばしと叩いた。 「も〜全然連絡くれへんねんもん。どうしてたん? 京都におるんやろ?」 「あー、ごめん。ちょっと仕事が忙しくてさ」 「あっ、宮内庁に入ったんやんな? かっこええなぁ〜国家公務員とかほんまかっこええわぁ」 「そんなことないよ。まだ大した仕事してないし。あれ、斗真は今何してるんだっけ」 「俺は運良く実業団チームに入れたし、今もバスケやってんで」  斗真はそう言って、CMなどでよく耳にする企業名を口にした。化学繊維開発に力を入れている大企業である。 「へぇ〜すごいじゃん!」 「いやいや〜俺、全然仕事できひんねん! 営業と接待だけは上手いからそこそこやれてるって感じやな」 「なるほど……」 「就活ん時は色々と迷ったんやけど、やっぱり俺にはバスケしかないと思ってな。優征みたく頭も良うないし」 「あぁ、優征……、優征はどうしてるんだっけ」 「あいつはゆくゆく実家の呉服屋継ぐんやで。今は普通に新入社員しとるみたいやけど」 「へぇ〜」  世間話をしながら地下鉄東西線へ乗り換え、二人はのんびりと地下鉄構内を歩いた。ただでさえ斗真は長身で目立つのに、今日は黒のスーツでビシッとかっこよくキメているため、周囲を歩く男女の視線を集めまくっている。  ツーブロックにした頭の髪色は、明るいアッシュブラウン。耳にはシルバーの小さなピアスがきらめいていて、まるでモデルのように華やかだ。あまりにも通行人から見られるので、珠生はだんだん居心地が悪くなってきた。  地下鉄に乗り込み車両の隅っこに立つと、ようやく少し落ち着いた。珠生はにこにこしながら近況を話す斗真を見上げ、背が高いとスーツがより一層格好良く見えるものだなぁと思いつつ、こう言った。 「今日、かっこいいね」  珠生の台詞に、斗真は目をぱちぱちと瞬く。その次の瞬間には、ぱっちりした二重の目をキラキラさせながら珠生を見つめ、ずい、と隣に立つ珠生に迫ってきた。 「ほ……ほんま!?」 「うん。モデルみたいで」 「えっ……ほ、ほんまか!? 俺のスーツ姿、好きか……!? そんなに好きか!?」 「好き……かと言われるとよく分かんないけど……」 「珠生……!」  斗真はつり革を握っていた手をパッと離し、車両の隅に佇む珠生を両手で囲い込む。珠生がやや引いていると、斗真はぐっと精悍になった顔をうっすらと赤く染めつつ、じっと珠生を見つめた。 「……た、珠生も……相変わらず、むっちゃ可愛いで」 「え? いや、可愛いとか言われても嬉しくないんだけど」 「なんやろな……学生んときより、ぐっと色気が増したっていうか……とにかく、今もほんま、ほんまにかわいい」 「……う、うん……」  斗真はごくりと喉を鳴らし、やたらと生真面目な表情で珠生を見つめた。あいにく、地下鉄東西線は紅葉シーズンの観光客で混み合っている上、常に走行音でごうごうと車内がうるさいため、周りの乗客に二人の会話は聞こえはしないだろうが……。 「ちょ……斗真、近いよ」 と、珠生は斗真の胸を押した。しかし斗真はビクともせず、熱っぽい目つきで珠生を見つめたままである。 「俺な、入社してすぐの飲み会で、女の先輩に告られてその場で付き合って、ほんでその日のうちに初めてエッチしたんやけど……結局一週間でふられてもーてさ。……なんやその後もそういうことが何回か続いててめっちゃへこんでてん。けど、今日珠生に会えて……めっちゃ、癒されたっていうか」 「う、うん……。よかったね……その……エッチできて」 「う、うん……童貞じゃなくなったんはいいねんけど。……あのさ、珠生は今、こ、こ、恋人とか、いんの?」 「ん?」 「ガツガツした女の人らより、珠生の方がかわいいんやもん。優しいし、それに……」  斗真はぎゅっと珠生の手を握りしめ、さらにぐっと身を乗り出してきた。さすがに周囲の視線が気になり始めているが、大柄な斗真に囲い込まれているため、周りの状況がまるで見えない。 「俺……高校のとき……。あの、高校んときから……」 「えっ……?」 「お前のこと、ずっとかわいいなぁて思ってて……その……あの、なんていうか、友達以上になれたら、」  斗真がいよいよ愛の告白をし始めたその瞬間、突然斗真の肩を引く者が現れた。  仰天した斗真が「うわっ、誰や!」と喚いて後ろを振り返ると、そこには、にこやかに微笑む彰の姿がある。  斗真がさぁっと青くなった。

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