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『親友の結婚式』〈5〉

「やぁ、空井くん。久しぶりだね」 「さ、さ、斎木先輩……!! お……おお、お久しぶりっす!!」 「君、僕の珠生に一体何をしているんだい? しかもこんな、公衆の面前で」 「えっ!? い、いえあの、あの……これは別に……って、え? 僕の珠生?」 「こっちにおいで、珠生。全く……一体何をしてるんだ君たちは」  深い光沢のあるネイビーのスーツに身を包んだ彰が、にこにこしながら珠生の肩を抱く。彰は織り柄の入ったグレーのネクタイを締め、胸元のポケットには白いチーフを飾っており、いつにも増しておしゃれである。 「あの、先輩……昔から気になってたんですけど、珠生と先輩って……その……どういう……」 「ん? 僕らの関係が気になるのかい?」  おずおずと彰にそんなことを尋ね始める斗真に、珠生はいよいよ戸惑い始めていた。だが、彰は涼しい笑顔で珠生の肩を抱きながら、あっさりとこんなことを言う。 「そうだなぁ……まぁ、深ぁぁぁい関係とだけ言っておこうか」 「深い!? 深いって……まさか」 「ほら、東山についた。さぁ行こうか」 「ちょ……佐為……」  彰は、これから結婚式に参列する人間とは思えないほどに重苦しい雰囲気を漂わせた斗真を従え、珠生の肩を抱き、すたすたと電車を降りてゆく。困惑しつつ涼しい横顔を見上げていると、彰はちらりと珠生を見下ろし、「あれくらい言っておかないと、空井はしつこいよ。純粋だからね」と囁いた。 「……まぁ、確かにそうか」 「それに、前世から現世まで、こんなにも長〜〜い付き合いなんだ。深い関係と言って間違いないだろう?」 「それも確かに……」 「まぁ、細かいことは気にしない気にしない。今日は湊の晴れ舞台なんだからね」 「それもそうだね」  珠生は軽く頷きつつ地上へ出て、会場である京瑠璃庵の方へと歩き出した。  そこは地下鉄東西線東山駅から、徒歩十分程度の道のりである。今日は秋風の気持ち良い午後で、そばを歩く観光客たちの表情もまた軽やかだ。  青々と澄み渡った空を見上げると、樹々の葉が美しく色づいていることに気づく。こうもすっきり晴れていると、きっと夜はぐっと冷え込むんだろうな……と、上着を持ってこなかったことを、珠生はふと後悔した。  ほどなく、見覚えのある和風邸宅が見えてきた。  数年前、ここで舜平とともに写真に収まったことを思い出し、珠生はふっと微笑んだ。  あの頃は、悠一郎もまだまだ駆け出しで、なんとしてでも引き受けた仕事を成功させなければという必死さが伝わってきたものだ。その勢いに負けて女装などしてしまったわけだが、今となってはいい思い出である。  三人は、開け放たれた大きな扉の中へ進んだ。中は落ち着いた薄暗さで、レトロな雰囲気の漂うしっとりとした空間である。  廊下のそこここに活けられているのは、真っ白なカサブランカ。甘い香りがほんのりと漂う絨毯敷の廊下を進むと、突き当たりに受付スペースが見えてきた。  そこで招待客を待っていたのは、湊の弟の隼人と見知らぬ若い女性である。隼人はすぐに珠生に気づいて、ぱぁっと表情を輝かせた。 「あ! 珠生くんでしょ!? うわぁ、お久しぶりっす!!」 「わぁ、隼人くん久しぶり。大きくなったね〜」 「いややなぁ、親戚のオッサンみたいなこと言わんといてくださいよ」 「オッサン……」  珠生は地味に傷つきつつ、隼人に一礼して祝儀袋を渡し、名簿にサインをした。彰や斗真が隣の女性に受付をしてもらっている声を聞きながら、珠生はすっかり背が伸びて大人になった隼人を見つめた。  確か隼人は湊の三つ年下で、今年十九歳のはずだ。珠生の身長などとうに追い越していて、痩身ながら上背がある。若干スーツに着られている感があるが、そこが若者らしい。  顔立ちは湊のそれによく似ているが、隼人は眼鏡をかけていない。その上さっぱりとしたスポーツ刈りであるから、湊の雰囲気とは随分違う。 「背、伸びたね。湊と同じくらいかなぁ」 「ふふふ、俺、兄貴追い越したんですよ! 一センチだけやけど」 「へぇ、すごいじゃん。今は……大学生?」 「ううん、俺、電子専門学校行ってて、来年はもう就職。今就活頑張ってるんです」 「そうなんだ。忙しいんだね」 「まー、俺、兄貴みたいに頭ようないし。さっさと働いて稼いだ方がええなぁと思ってたんですよね〜」 「そっかぁ」  そう言ってからっと笑う隼人の隣にいる女性は、戸部百合子のいとこの女性だという。隼人より年上らしく、おっとりと落ち着いた雰囲気の女性だ。隼人は女性を紹介しつつもどこかそわそわと落ち着かない表情をしていて、明らかに彼女を異性として意識しているさまが見て取れた。  席次表を手に待合室へ入ると、そこにはすでに見知った顔があった。  広々とした開放的な空間に置かれたアンティーク調のソファに腰掛けて談笑しているグループの中に、綺麗に着飾った亜樹がいる。  その輪の中にいるのは、滝田みすず、梅田直弥、小島英司、吉良佳史、そして(ゆずりは)正武だ。おなじみのメンバーの顔を見て、懐かしさのあまり珠生の表情も明るくなる。 「わーーー!! 沖野くんひさしぶり!! 相変わらずめっちゃかっこええなぁ!!」 「あ……滝田さん、ひさしぶり……」  真っ先に珠生に気づいた滝田みすずが、大声でそう叫んだ。すぐさま亜樹がみすずを「声でかいやろ!」とたしなめているのを見て、珠生は思わず苦笑した。  亜樹はシックなワインレッドの半袖ワンピースに身を包み、ショートボブの髪を耳に引っ掛けている。その耳の上あたりには、ワンピースと同色のレースのコサージュを飾っていて、いつになく女性らしい雰囲気であった。  そんな格好をしている亜樹のことが珍しくてたまらず、珠生はついつい無遠慮な視線を亜樹に投げかけていたらしい。亜樹の表情がさっと剣呑なものになり、ジロリと珠生を睨みつける。 「なにジロジロ見てんねんスケベ」 「……べ、別にジロジロ見てなんかないし」  中身はいたっていつも通りの亜樹である。珠生はややがっかりしつつもホッとして、懐かしいメンバーたちとそれぞれ軽い挨拶を交わした。 「あれ? 深春は?」 「あっちで飲み物もらってるわ。深春は知り合いあんまりいーひんから、あんたや先輩来てホッとしてるんちゃう?」 と、壁際に据えられた小さなバーカウンターのあたりで、深春がオレンジジュースを傾けているのが見えた。どことなく緊張の面持ちをした深春であったが、彰と珠生に気づくと、わかりやすく表情を明るくしてブンブンと大きく手を振っている。  学年の違う彰は珠生らに気を遣ったのか、軽い微笑みを残して深春のほうへと歩いて行った。 「沖野くん、スーツむっちゃ似合うやん♡ あぁ、ほんま癒されるわぁ〜」 と、みすずが珠生を見てうっとりしている。珠生はなんとなく苦笑しながら、亜樹とみすずにこう声をかけた。 「い、いや、そうでもないって。それより二人とも、今日はすごく綺麗だね」 「いや〜〜〜ん!! 綺麗やなんて照れるやんかぁ!! もう、沖野くんてば!!」  すっかりテンションの上がってしまったみすずにバシバシと肩を叩かれ、珠生は顔を引きつらせた。亜樹はあいも変わらず仏頂面だが、ほんのりと頬が赤くなっている。  すると不意に、ずしりと重たい腕が珠生の肩に乗せられた。ちょっとびっくりして顔を上げると、背後に本郷優征が立っている。 「わ、優征」 「よぉ、珠生。久しぶりやな」 「久しぶり。……ってか、重たいんだけど」 「相変わらず小っさいなぁお前。ちゃんと食うてんのか?」 「うるさいなぁもう、ほっといてよ」  優征は珠生からひょいと腕を外し、軽く手を上げて皆に挨拶をしている。  優征はあいも変わらず体格が良く、まるで高級ブランドの外国人モデルのような、堂々たる佇まいだ。パリッとした三つ揃いのスーツは皆と同じ黒だが、生地の高級感がまるで違う。ネクタイも淡いブルーの小洒落たものを絞めていて、タイピンやカフスなど、キラリと光るものがとても様になっていた。  派手な出で立ちだが、優征はそれを嫌味なく着こなしている。珠生は感心しながら、優征の全身を観察していた。 「どないしてん、斗真。暗い顔してんな」 と、優征が斗真に声をかける。斗真ははっとしたように目を瞬き、「べ、べつになんもないし!」と強がった。 「どうせまたフラれたんやろ」 と、吉良佳史が斗真をからかうようにそう言うと、斗真はむうっと頬を膨らませて、ビシッと佳史にデコピンをかました。  くぐもった悲鳴を漏らしてうずくまる佳史に、「大丈夫!?」と声を上げて寄り添うのは滝田みすずだ。大学時代に交際し、一年あまりで破局したような記憶があるのだが、今この二人はどうなっているのだろう……と、珠生はちょっと首をひねる。 「珠生、なんか飲む? 俺喉乾いたし、なんか飲みに行かへん?」 「あ……うん、そうだね」  そう誘われ、珠生はぎゃいぎゃいと騒いでいる元クラスメイトたちから離れ、優征とともにバーカウンターの方へと歩を進めた。深春と彰はすでに窓際のソファで談笑していて、なんだかとても楽しげである。  舜平はまだ到着していないようだ。実家に寄ってからここへ来ると言っていたため、きっと家族に何かと構われているのだろうな……と珠生は思った。 「お前も、あの黒服の人らの仲間に入ったんか?」 「え?」  優征は珠生にアイスティを渡しながら、そんなことを尋ねてきた。珠生は小さくうなずいて、「そうだよ」と言った、 「入ってみると、意外と普通だよ。今は割と平和だから、お役所仕事の方が多くてさ。そっちの方が慣れるの大変」 「そうなんや」  珠生が苦笑するのを見て、優征は小さく微笑んだ。どことなく安堵したような表情にも見え、珠生はじっと優征の横顔を見上げる。 「心配してくれてるの?」 「ま……まぁ、そらな。昔は、なんや色々大変そうやったし、今はどうしてんねやろって思っててん」 「そうなんだ……。優征ってさ、ほんと見た目によらず優しいところあるよね」 「見た目によらずってなんやねん。失礼なやっちゃな」 と、優征は珠生をじろりと睨むものの、目が合うとすぐにふいっと目を逸らす。珠生は小首を傾げつつ、今度は優征に話しかけた。 「実家の事業を継ぐんだってね。斗真に聞いた」 「あぁ……まぁな。自由に色んなことやらせてもらえてるからな、結構楽しく働いてるわ」 「へぇ、優征が何か仕切ってるってこと?」 「まぁ、多少な。ちょっと前から、着物着て観光したいていう外国人観光客が増えてるやろ。街中にある着物レンタル屋にな、うちのちょっとええ着物を貸し出したりしてんねん。結構高価なやつを安くで貸したりしてんねんけど、それがなかなか好評でな。今は着物の販売とは別にレンタル業のほうで一つ部署作って、俺がそこを回してる感じやねん」 「うわぁ、すごいじゃん! さすが優征」 と、珠生が素直にそう褒めると、優征のシャープな頬がほんのりと紅色に染まった。優征はアイスコーヒーをぐびぐびと飲み干して、そっけない口調でこう返事をした。 「まぁ、実家っていう気安さもあるから、好き勝手やってるだけや。そんなすごないて」 「でも、利益が出てるってすごいじゃん。呉服業界も色々大変だって、前テレビで言ってたし」 「テレビて。……おう、まぁ、せやな。ありがとう」  体格に似合わぬ声で小さくそう言った後、優征はちらりと珠生の方を見て、何か言いたげにしている。珠生が小首を傾げると、優征は小さな声で「あのさ」と言った。 「ん?」 「お前……まだあいつと、続いてんの」 「あいつって……あぁ、うん……」 「宮内庁じゃないとこに就職したんちゃうかった? それでもまだ続いてんねや」 「あ……実は、今はあの人も宮内庁にいるんだ」 「え? 転職したってこと?」 「う、うん。うち、万年人手不足だからね。やっぱりああいう力を持ってる人間は、戦力として求められるっていうか」  自分のために転職してくれたのだということはなんとなく言いづらく、珠生は早口にそう言った。優征はそんな珠生の表情をじっと見つめていたが、「そーなんや」と素っ気なく呟いた後、ふいとまた目線をそらす。 「? 優征? どうしたの」 「え? いや、別に……」  何となく気まずい沈黙が流れ始めたその時、係員の女性から「では、これよりレストランのほうへご案内いたします」という声がかかった。

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