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『親友の結婚式』〈6〉

   皆がそれぞれの席に着席した頃、舜平はやや息を弾ませながら会場へ到着した。  実家に寄って礼装に着替えたため、やれ「誰の結婚式?」「舜兄、彼女いーひんの?」「舜兄はいつ結婚すんの」などと、珍しく在宅であった妹に散々問い詰められたのである。  適度な空間を持って置かれた円卓の隙間を縫って、舜平は自分の席に着席した。すると、隣の席に座っていた珠生が、「遅かったね」と声をかけてくる。 「おう、すまんすまん。妹につかまってな」 「やっぱね。そんなことじゃないかと思った」  そう言って微笑む珠生のスーツ姿に、舜平はしばしの間見ほれてしまった。  細身の珠生に似合うだろうと見繕ったのは、着丈が短めでシャープなシルエットが印象的なデザインスーツである。多少値は張るが、珠生は試着室の鏡に映った自分を眺めながら、「これから着る機会増えるだろうから」と言って、あっさり購入していた。  きちんと髪を整えて、ネクタイなども全て身につけている完成形を見るのは初めてだ。仕事着に使っているシンプルな黒スーツもそそるものがあるが、今日の衣装はまた一段と珠生の魅力を引き立てている。  しかも、今日は結婚パーティというめでたい場だ。重なり合うオフホワイトとクリームイエローのテーブルクロスの上には、華やかな装花。整えられたテーブルセットやワイングラスが並ぶきらびやかな背景の中にいる珠生は、いつも以上に華やいで見える。 「舜平、珠生のこと見つめ過ぎ」 「えっ」  舜平の反対隣に座るのは彰である。彰の間延びした声にはっとして、舜平は慌てて正面を向き、背筋を伸ばした。 「別に見てへんし」 「今日の主役は湊なんだから、珠生ばかり見つめていたら失礼だろ」 「分かってるって。ていうか見てへんて言うてるやん」  珠生と彰の間に舜平を配置したのは、湊の計らいであろう。彰は酔うとすぐに珠生にちょっかいを出すため、その場が何かと面倒なことになるからだ。珠生の隣には深春がいて、就職先がどうのこうのという話が聞こえて来る。テーブルは五人掛けで、珠生・彰・深春・亜樹、そして舜平が着席していて、親族の座るテーブルの隣だ。新郎新婦の席と一番近いのは、高校大学時代の同級生らが座るテーブルである。仕事関係者は招待していないらしく、ゲストの人数は親族と友人のみの四十人ほどだ。そのため、会場はほとんど同窓会のような雰囲気である。  見覚えのある顔もある。  明桜高校で起きた妖襲撃事件の折、現場にいたあの二人の青年だ。舜平も、一二度顔を合わせたことがある。ふたりとも見た目の割に口が堅いらしく、しっかりと裏日本の秘密を守り続けているようだ。  この二人はいまだに記憶を消されていないため、監視と保護いう意味合いを込めて、時折宮内庁の職員が接触することがあるらしい。それはもっぱら佐久間か敦の仕事であると聞いているが、今後は舜平にもそういった仕事が振られることがあるかもしれない。……そんなことを考えながら本郷優征と空井斗真の顔を見つめていると、ふと、優征が舜平の方を見た。  こういう場で久々に姿を見たせいか、本郷優征は高校生の頃よりぐっと男ぶりが上がっているように見えた。舜平が軽く会釈をすると、優征はぴくりと眉毛を動かし、表情を緩めることなく会釈を返す。そして、すぐに同級生たちとの会話に戻っていった。  その目つきに、やや棘のようなものを感じた気がした。  舜平がやや面食らっていると、パッと会場が薄暗くなる。その直後、司会女性の開式アナウンスが始まった。 『大変長らくお待たせいたしました! それでは、新郎新婦にご入場いただきましょう。盛大な拍手でお迎えください!』  軽やかな音楽とともにさっと扉が開き、純白のウェディングドレスに身をまとった美しい花嫁と、真っ白なタキシード姿の湊が姿を現した。  割れるような拍手とともに、わぁ……! という女性陣たちの歓声が聞こえて来る。  湊と花嫁はその場でひとつお辞儀をすると、ゆったりとした足取りで会場の中へ入場してきた。  今日はタキシードに合わせてか、トレードマークのような黒縁眼鏡をかけていない。そうして素顔をあらわにする湊を見るのは久しぶりだが、湊の表情は晴れやかで、そしてとても堂々としていた。  ふと、柊の婚礼の日のことが記憶の中に蘇り、舜平はふっと微笑む。  普段はいつも黒い忍装束で過ごしていた柊が、その日だけは真っ白な紋付袴を身につけていた。今日の湊の晴れ姿を見つめていると、自然とあの涼やかな姿を思い出す。  新郎新婦は各テーブルを回りながら、卓上に置かれた大きなキャンドルに明かりを灯していく。そのすぐあとを、北崎悠一郎が付いて回っていることに舜平は気がついた。悠一郎はサイズの違う二つのカメラを肩にかけ、二人の行動を邪魔せぬよう、それでいてベストな位置で写真が撮れるようにと、暗がりに紛れて俊敏に動き回っている。  舜平は、悠一郎を見つけたことを珠生に伝えようとした。だが、珠生は熱心に拍手をしながら目をうるうる潤ませて、湊と花嫁をまっすぐに目で追っているではないか。  新郎新婦が舜平たちのテーブルに近づいてきた。  湊はまず珠生を見てふわりと微笑んだあと、花嫁と揃って一礼した。そしてキャンドルに火を灯す間、珠生はさらに目をキラキラさせながら、「二人ともおめでとう!」と感極まった表情で祝辞を送っているのだ。 「百合!! めっちゃきれい!! めっちゃきれいやで!!」 「百合ちゃんすげぇ!! 美しい!! 輝いてる!!」  ふと亜樹を見てみると、亜樹はすでに泣いている。その隣にいる深春も大きな身振りで拍手を送りつつ、ひたすらに花嫁の百合子を褒め称えていた。すっかり盛り上がっている亜樹と深春とは対照的に、百合子は落ち着いたものである。にっこり微笑み、「ありがとう。あとでゆっくり写真撮ろうなぁ」と言いながら、珠生にもウインクをする余裕っぷりだ。湊は穏やかな笑みを浮かべて面々のやり取りを眺めつつ、「今日は、きてくれてありがとうな」と言った。  そして二人は、庭に面した大きな窓の手前に置かれたテーブルにつくと、その場でまた一礼した。ひときわ華やかに鳴り響いた音楽がふんわりとフェードアウトしていく。  すると今度は湊がマイクを持ち、そのまま挨拶が始まった。 『本日は、結婚パーティーにお集まりいただきまして、ありがとうございます。ついさきほど、結婚式を無事執り行い、私たちは正式な夫婦となりました。高校時代から今日のこの日まで、私たち二人のことを、あたたかく見守ってくださった皆様には、とても感謝しています。本当に、ありがとう』  湊はよく通る声で穏やかにそう語り、百合子と目を合わせて微笑みあった。そしてもういちどゲストの方へと向き直り、ちょっと砕けた笑い方をした。 『まぁ……堅苦しいのはなしにしよか。今日は見ての通り、見知った仲間ばっかりの同窓会みたいな気楽な会や。みんなで美味い食事を食べながら、楽しい時間が過ごせたらいいなと思ってる。せやし今日は、皆のんびり寛いでいってな』  そう言って、いつになく照れ臭そうに笑う湊の隣で、百合子が幸せそうに微笑んだ。会場が再びあたたかな拍手に包まれる中、新郎新婦はもう一度一礼する。  ふとテーブルを見回すと、珠生・亜樹・深春の三人は、さっきよりも一層目をキラキラさせながら一生懸命拍手をしている。そんな三人の純粋な反応を微笑ましく見守りながら、舜平もまた、新郎新婦に力強い拍手を贈った。

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