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十四、ほどける時間
「おかえり、珠生」
「……ただいま。……まだ起きてたのか」
なんだかすっかり疲れてしまった。
珠生が上着を脱ぎながら家に上がると、くつろいだ部屋着姿の舜平が、廊下で珠生を出迎えた。
なんとなく久しぶりに舜平の顔を見たような気がして、珠生がぼんやりとその顔を見上げていると、ふっと舜平が優しく微笑む。
「疲れた顔してる。……どうやった」
「……うん。薫の力を、この目で見た」
「そうか」
「あの子は強い。……多分、やろうと思えば、水無瀬楓と同じことができるくらいに」
「そんなに、か」
「恐らくは」
表情を翳らせる珠生の頬に、そっと舜平が手を触れた。あたたかく大きな手のひらに抱き寄せられ、リビングの方へと導かれる。舜平は珠生をクッションの上に座らせると、キッチンに立ち、電子ケトルで湯を沸かし始めた。
「それで、今後のことも話し合ったんか」
「ああ。先輩と、藍沢さんと……一応な」
珠生は、御所での戦闘の後の出来事について、思いを馳せた。
妖を退けた後、薫は治療班の職員によって気を鎮められ、その日はすぐに帰って休むようにと彰に命ぜられた。珠生としては、もう少し話を聞いてやったほうがいいのではないかと感じていたのだが、疲弊して青い顔をした薫の顔を見てしまえば、早く休ませようという判断が正しいとも思えた。
そうして珠生が葛藤している間に、薫は紺野によって宮尾邸へと送られていったのである。
「なかなか、使えそうな青年ですね」
「藍沢さん……どこにいたんです。この非常時に」
不在かと思われていた藍沢要が、ふらりと暗闇から姿を現した。驚いた珠生の口調は、ついつい棘のあるものになってしまう。
しかし藍沢は涼しい顔で、珠生の前に立ち腕組みをする。
「佐為様の指示ですよ。私はずっと、ここで全てを見させていただきました」
「……佐為の?」
「あなただって、佐為様の指示であの青年をここへ連れ出したのでしょう? そんな目で見ないでくださいよ」
「……」
「そろそろ、ひとりだけ純情ぶるのはやめたほうがいいですよ。君だってもう、こっち側の人間でしょう? 善意で協力していた民間人だった時とは違うんだ。もっと自覚を持って欲しいものですね」
「……っ」
藍沢の言うとおりだ。珠生もまた、薫をここへおびき出すために一役買った。祓い人としての力を薫がどう使うかというところを、しかと見ておかねばならない……それは、宮内庁内で統一された意見である。
「まぁそう珠生をいじめるな、藍沢」
そこへ、諸々の指示を出し終えた彰が、珠生のそばへとやってきた。自然な動きで肩を抱く彰の顔を、珠生は見上げた。
「遅かれ早かれ、彼の力量は見定めるつもりだった。ただ、ちょうどいい具合の妖がたまたま現れたものだから、口裏を合わせるような形になってしまっただけだよ」
「……別に、俺は何も言ってないだろ」
「ふふ、珠生は感情が顔に出やすいからね。罪悪感を感じているの? あの子に」
「そんなわけない」
すいすいと感情を読まれ、居心地が悪いことこの上ない。珠生は眉根を寄せて、すっと彰の腕から逃れた。
「で、どうするんだよ。薫のあの能力をどう使う気だ」
「そうだね……。まさかあんな特殊能力を持っているとは思わなかったよ。身体能力もなかなかのものだし、すぐにでも前線に出て欲しいくらいだね」
「そうですね。すぐにでも、きちんとした修行を受けさせるべきだと思います。あの力は、暴走させてしまうとたちが悪い」
「……」
彰と藍沢は、あくまでも冷静に、淡々と薫の能力と今後について話を進めて行っている。珠生も当然、そのあたりついては納得だ。だが、もっと薫の感情について配慮しなくてもいいものかと珠生は思った。すると……。
「あの子はまだ、精神的にも未熟な若者だ。当然、メンタルケアも考慮するつもりだよ、珠生」
「う……だから、俺は何も言ってないだろ!」
「あはは。君とは長い付き合いだ、眉間のしわの深さを見れば、何を考えてるかくらい分かるものだよ」
「……不気味なやつ」
「千珠にもよくそんなこと言われたっけね」
と、彰は飄々と笑いながら、ぽんと珠生の背を叩いた。
「薫には深春がついてる。同じ能登の生まれだ、きっと、深春は薫を放ってはおかないさ」
「そりゃ、そうだろうけど」
「何かあったら、深春は君か舜平に相談を持ちかけるだろう。その時は、頼んだよ」
「……分かってるよ」
彰はどこまでもお見通しのようで、珠生は諦めて肩をすくめた。すると、話は済んだとばかりに藍沢は息をつき、「藤原さんには、私から報告させていただきます」と言った。
そして珠生は藍沢とともに妖の検分に移り、この時間になってしまったのだ。いつもなら、彰は最後まで付き合いそうなものであるが、今日は珍しく、用事が済むとすぐに帰ってしまった。
ちなみに、負傷したと思っていた敦であるが、それもただの演技だったと知らされた。
無傷の敦が『庇ってくれてありがとな〜珠生くん』とへらへらしながら近づいてきたものだから、珠生はストレス発散とばかりに、その足を踏んづけてやった。
+
舜平の淹れた薄い茶を飲みながら、珠生は出来事を振り返りつつゆっくりと話をした。舜平は向かいであぐらをかき、じっと珠生の目を見つめている。
「……なるほどな」
「はぁ……なんか疲れた」
珠生はそう言って脚を投げ出し、後ろ手に手をついて天井を仰いだ。シーリングファンがのんびり回っているさまを眺めつつ、琥珀色に染まったままの瞳をゆっくりと上下する。
すると、向かいにいたはずの舜平が立ち上がり、珠生の背後へやってきた。そして、床に座る珠生を後ろから抱え込むようにして腰を下ろす。
あたたかな体温が背中越しに伝わってくると、どことなく緊迫していた気分がするするとほどけていく。珠生は舜平にもたれかかり、体重を預けた。
「……はぁ……」
「ピリピリしてんな。……これじゃ眠れへんやろ」
「……え? あ、こ、こら……っ、なんだよいきなり……」
後ろから耳を甘く食まれ、珠生はぴくんっと身体を震わせた。舜平はゆったりとした動きで、耳の後ろや首筋にもキスをして、珠生のシャツの中へするりと手を忍び込ませてくる。
「ちょっ……ぁ」
「こうすれば、ちょっとはリラックスできるんちゃう? ……どうや」
「ぁっ……や、やめろよ、俺はしんけんに、はなしをっ……ンっ……」
侵入して来た舜平の指が、珠生の敏感な尖りを捉えた。舜平はそれを指先で転がしたりつまんだりしながらも、首筋にキスを繰り返す。淫ら極まりない舌使いでうなじを舐め上げられ、珠生は思わず「んぁっ……」と甘い声を漏らしてしまった。
「はぁ……っ……舜…………」
「こっち向け、珠生」
「ん…………ンっ……ぅ」
こてんと仰のき舜平の肩に頭をもたせかけた珠生の唇に、舜平のそれが深く重なる。ゆっくり、深く挿入される舜平の舌に甘えれば、キスはいよいよ濃密なものになる。呼吸をも奪い合うようなキスに耽るうち、互いの唇から漏れる水音が高くなりはじめた。
たまらなくなった珠生は身体の向きを変え、舜平の腰の上に跨った。そして舜平の首に両腕をしっかり絡みつかせながら、舜平の吐息と唾液を味わった。
「ん、っ……ン……はぁっ……」
「えらい積極的やな……珠生」
「仕掛けて来たのは、そっちだろ……」
「ああ……そうやな。お前のキス、めっちゃエロい。……気持ちええよ」
「っ……」
雄々しい光を湛えながら珠生を見上げ、優しく微笑む舜平の瞳に、どきどきと胸が高鳴る。なんと愛おしげな眼差しだろう。珠生は泣きたいような想いを抱きつつ、もう一度舜平にキスをした。
そして、舜平の目の前で身をくねらせ、シャツをゆっくりと脱ぎ捨てる。
「……きれいやな、お前は」
珠生のしなやかな裸体を間近に捉え、舜平の瞳に火が灯る。互いの興奮が伝わって、珠生の内側もまた、切なく熱く、疼き出す。
「舐めて、ここ……」
触れられるうちに、すっかり硬さを持ってしまった薄紅色の尖に指を添え、珠生は舜平を誘惑した。珠生が自ら舜平を誘うのは珍しい。舜平は妖艶な唇に笑みを浮かべて、ぐっと珠生の腰を引き寄せた。
「照れ屋なお前も可愛いけど……こういうのも、ええな。めっちゃそそる」
「っ……あっ……!」
ゆっくりと伸ばされる舌先で、ねっとりとかたちを辿られる。舜平は挑発的な目つきで珠生を見上げつつ、敏感に快楽を拾う珠生の乳首を愛撫した。
羞恥心と快楽に揺れ、珠生は肌を震わせながらも目をそらした。すると、かり……っと、舜平が軽く歯を立てる。
「ぁっ……!!」
「目、そらしたらあかん。そのエロい顔、もっと俺によく見せろ」
「っ……な、なんだよその、いいかたっ……ぁ、あん……」
「こうして欲しかったんやろ? ……なぁ?」
「あっ! やあァっ……ンっ……ふっぅ……!」
じゅっと吸い上げられつつ、舌で転がされ、同時に尻を揉みしだかれる。いつになく荒っぽい動きで珠生を責める舜平の猛々しさにも、言い知れぬ興奮を覚えてしまう。
「あぁ、……はぁっ……ぁ、っ……舜、ンっ……ぁあっ……」
「ほら……腰、めっちゃ揺れてるやん。こっちも咥えてほしいん?」
「だっ……だめだ、だめ……まだ、シャワーとかっ……」
「だめと言われると、したなんねんな」
舜平は唾液に濡れた唇に勝気な笑みを乗せると、珠生を床に押し倒した。
真上から珠生を見下ろす舜平の強い眼に射抜かれれば、思わず熱いため息が漏れてしまう。
――だめだ、欲しい……欲しくて欲しくて、たまらない……。
珠生は蕩けそうになる顔を必死で引き締め、敢えて怒ったような顔をして、ぷいっとそっぽを向いた。
「す……好きにしろ、変態」
「ははっ、変態呼ばわりも久しぶりやな。……ほな、遠慮なく」
「んっ……! ァっ……んぅ……」
ジーパンの上から股間を揉まれ、全身を駆け巡る快楽に、脳が痺れる。いつしか珠生は、とろとろに蕩けたはしたない肉体を、すべて舜平に委ねていた。
そしていつものように、丁寧に丁寧に、愛し尽されるのである。
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