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十五、朝のひととき

   舜平が目を覚ますと、ベッドの上に珠生の姿はなかった。  先に起きてシャワーでも浴びているのかと視線を巡らせると、細く開いた寝室のドアから、珠生の声が聞こえてくる。そして、やたら低い男の声も一緒に。 「ん……?」  怪訝に思った舜平はベッドから抜け出して、さっとドアを開いてみた。  するとリビングに、大きな白い虎が二頭、珠生にまとわりつくようにして座っている。そして珠生と話をしているサラリーマン風の男は、気配からして蜜雲らしい。 「あ、舜平さん、おはよ」 「おう、おはよ……朝から賑やかやな」 「ご無沙汰しております、舜海殿。蜜雲にございます」 「やっぱそうか。……っていうか、虎どもはもっとコンパクトになれへんのか?」  これまでは奥外でしかその姿を見たことがなかったので、右水と左炎の大きさについて頓着したことはなかったのだが、広めとは言えマンションの一室内に大きな虎が二頭いるというのは、さすがに圧迫感がある。しかも二頭とも毛並みがいいので、まるでソファだ。部屋着の白いTシャツ姿の珠生は、その二頭に包み込まれるように座っているので、まるでソファから人間が生えているようにも見える。 「そんなことより、大変だ」 「何が?」  モフモフしたものに囲まれながら、珠生がキリッとした顔をしているというのも珍妙な絵面である。舜平は緊張感なく湯を沸かしながら、大欠伸をしつつ返事をした。 「駒形司に動きがあったらしい。今、この二人から知らせを受けたところだ」 「っ……な、何やって!?」  舜平が突然大声を出したものだから、珠生にまとわりついてモフモフしていた二頭が、むくりと同時に顔を上げた。そして、モッファ〜と毛を膨らませつつ、青い瞳でジロリと舜平を睨めつけている。 『いきなり大きな声を出すな』 『驚くではないか』 「あー……いや、それはすまんかった。けど、え!? なんでそんなおおごとを、こんなのんびり……!!」 「ちょっと、落ち着いてよ。まだ、居場所を特定できているわけじゃない」 と、真剣な口調とは裏腹に、珠生は二頭の毛並みを気持ちよさそうに撫でながらそう言った。 「右水と左炎が、駒形の匂いを嗅ぎ取ったのです。天之尾羽張のせいで、妖が騒いでいるでしょう。その混乱に乗じて、何かしでかすつもりなのかもしれませぬな」 「……あいつの匂いを? ていうか、匂いが分かるなら、アジトっちゅうか居場所っちゅうか、そういうのも分かるんちゃうんか」 『フン、物事はそう単純なものではない』 『陰陽師のくせに、そんなことも分からぬのか』 と、二頭がツンとした口調でそんなことを言う。自分にだけ虎たちが塩対応であることにはとっくに気づいているのだが、舜平はぴくぴくと眉をひきつらせた。 『ツカサは自分の居所に、強固な結界を張っているに違いない』 『陰陽師衆に気取られぬよう、細心の注意を払っているはず』 「そらそうやろうけど、お前ら神獣やろ。もっと鼻が利くんかと思ってたけどな」 『ぐぬぬ……我らを愚弄するか、人間め……』 『珠生の番でなければ、はっ倒してやったものを……』 と、二頭がそろってグルルと喉を鳴らし始めてしまった。珠生は両手で二頭の頭を撫でながら、「まぁまぁみんな落ち着いてよ」と優しく宥めている。 「舜平さんも言い過ぎ」 と、珠生に怒られてしまった。舜平は肩をすくめ、コーヒーを淹れ始めた。 「すまんすまん。まぁ、感知システムのどこにも引っかからへんあいつの気配を嗅ぎ取ったっていうんなら、じゅうぶん凄いことやな」 「そういうこと。……天之尾羽張を魔境へ送り返す算段もまだついていないのに、駒形が動き出すなんて面倒だな……。何か目的があるんだろうけど」 「駒形が、天之尾羽張を狙ってる、とか?」  舜平はマグカップを三つ用意し、二つにコーヒーを入れ、一つにはミルクだけを入れた。蜜雲にミルクを出し、珠生と舜平はコーヒーだ。  ついでに浅い皿にミルクを注いで二頭の前に出してみると、二頭は顔を見合わせて無言の会話をした後、ぺろぺろと舌を出してそれを飲み始めた。思いのほか愛嬌のある二頭の姿に、なんとなく和む。 「人間に扱える代物ではないと思うけど、それも考えられることだな」 と、珠生は静かな口調でそう言った。隣で蜜雲も頷き、「あれが駒形の手に渡ったらと思うと……ぞっとしない事態ですな」と言った。 「やれやれ、これから薫に色々仕込んで行こうと思っていた矢先なのに。これじゃ速攻実戦に入らせることになってまうかもな」  舜平がコーヒーを飲みながらそう言うと、珠生は腕組みをして「そうだな……」呟いた。 「藤原様にも、何かお考えがあるでしょう。……私はこれから佐為様のもとへゆき、この旨をお伝えしてきますゆえ」 「え? 彰より先に、ここへ来たんか?」 と、舜平が驚いている。蜜雲は彰の式神だ。まずは彰に話をしてきたものと思っていた。 「わたくしは今、右水と左炎の教育役を承っております。この情報を得たのはこの二人。まずは彼らの主人である珠生様にお伝えすべきかと」 「なるほど」 「舜海様、もっと”こんぱくと”になれ、とのご要望でしたな。そのあたりもまた訓練いたしまして、ご披露できればと思います」 「……お、おう。サンキュな」  けもの達は綺麗にミルクを平らげた後、煙のようにその場から消えた。  珠生はすっと立ち上がり、キッチンへ入った。 「お腹すいた。何食べる?」 「お、おお……ええんか、のんびりしてて」 「まずは食べないと。焦ってもしょうがないさ」 「せやな」  舜平はけもの達が使っていたマグカップや皿を手にキッチンに入り、ぎゅっと珠生を後ろから抱きしめた。そして柔らかな胡桃色の髪にキスをする。 「右水達が不機嫌だったのは、俺の身体から舜平さんの匂いしかしないから、だそうだ」 「……え? そうなんか?」 「うん。……ま、昨日あれだけ舐めまわされた挙句、散々中出しされたんだ。しょうがないよな」 「……おう……そうやな」  通常、男性同士のセックスでの中出しは避けるべきプレイだが、どういうわけか珠生の肉体は舜平の体液を異物とはみなさず、腹を壊すこともない。  その不思議な体質に甘えて、舜平は珠生の中にいくらでも吐精するし、珠生もまたそれを熱く望んでいる。体内を満たす舜平の体液を浴びることに、幸せを感じると言うのだ。  琥珀色の目をした珠生は、普段よりもぐっと積極的でそそられた。舜平を組み敷き、自ら腰を振って快楽を貪るのだ。  珠生の引き締まった太ももに手を添えながらしたいようにさせていると、珠生は焦れたように舜平を見下ろして、気恥ずかしげに目を逸らす。それでも、ゆらゆらと淫らに揺らめく腰の動きは止まらない。  そういう珠生の表情を下から見上げつつ、時折ずん、ずんと下から荒っぽく突き上げてやると、珠生は「ぁんっ」と可愛い声で鳴き、ちょっと悔しげに舜平を見つめる。そういう顔も可愛いのだが、もっともっと甘く蕩けていく様がどうしても見たくなり、舜平は身体を起こして珠生を組み伏せ、珠生の好きなところを存分に攻めてやった。  最後はすっかり快楽の虜となり、珠生は我を失って舜平に揺さぶられるばかり。堪えていた声は高くなり、もっともっととねだる声音の淫らさは、舜平の雄をより一層滾らせる。  汗ばむ肌を重ねて、キスを交わして、細い腰を掴んで深く深く打ち込んで、絶頂し震える珠生の最奥にたっぷりと体液を放った。何度も何度も……。  そういう痕跡までけもの達に嗅ぎ取られてしまうのはいささか気恥ずかしいものがあるが、珠生は舜平のものであると、虎達にはしっかりと教えておかねばならないし……と、舜平がひとりでうんうん頷いていると、珠生はいつもと変わらぬ様子でハムエッグとトーストを焼きながら、となりで食器を洗う舜平を見上げていた。 「どうしたんだ?」 「えっ!? ……あ、いや別に」 「今日は俺も朝から出るよ。土曜だし、深春と薫にも来てもらおう」 「お、おう、せやな。昨日の今日で、薫は大丈夫かいな」 「逆に、あまり日が開かない方がいいかもしれない。昨日はちゃんと話せなかったし」 「そうか」 「そういうわけだから、もうちょっと顔を引き締めといて欲しいもんだな」 「……え、緩んでる?」 「ゆるゆる」  珠生はそう言ってふっと吹き出すと、舜平の頬を両手で挟んで背伸びをし、チュッとキスをしてくれた。  舜平が素直にドキドキしていると、珠生は勝気な笑みを浮かべて舜平を見上げつつ、「ほら、もっと緩んだ」と言ってからかった。 「……お前なぁ、またそういうことして煽るやろ」 「煽られた? ちょろいね、舜平さん」 「くっ……生意気な。千珠みたいなこと言いよって」 「千珠(あれ)だって俺だもん。……どっちが好み?」  珠生はそう言って舜平の首に両腕を引っ掛け、小首を傾げて婀娜っぽく微笑んだ。身体が密着してしまえば、舜平のそれがすでに半ば硬くなっていることもばれてしまう。  珠生は猫のような目でじっと舜平を見上げながら、「教えてよ」と言葉を付け加える。 「どっちもこっちもないやろ。全部好きや、お前のことは丸ごとな」 「……」  舜平がストレートにそう言うと、珠生はやや目を見開いて大人しくなった。見る間に頬がうっすらと赤く染まり始めるのを見て、舜平は思わず吹き出した。 「な、なに笑ってんだよ」 「いや……ほんま、かわいいなと思って」 「っ……可愛いとか言われても嬉しくないって、何回も言って、」 「はいはい、分かってるて。好きやで、珠生」 「うう……」  顔を真っ赤にして、悔しげに顔を背ける珠生の首筋にキスをしていると、昨夜の余韻が蘇ってくる。このままキッチンで抱いてやろうかと思ったそのとき、フライパンからかすかに焦げ臭い匂いが立ち上ってきて……。 「あっ! 焦げる!」 「あ、パンもトースターに入れっぱなしやった」 「もう……しょうがないなぁ」  二人で顔を見合わせて肩をすくめていると、なんとなく笑えてきた。それだけで、何があっても大丈夫なような気がしてくるから不思議である。  『駒形』という名が誘う不吉な気配のことも、今だけは忘れていられた。

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