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二十、誰がための刃か

   その日、日をまたぐ直前に、舜平は帰宅した。  珠生はというと、呼び出しが在るまでは待機と命ぜられていたため、家で夕飯を作りテレビを見るともなく眺めつつ、舜平の帰りを待っているところだった。 「……ただいま〜」 「おかえり。随分遅かったね」  間延びした声で帰宅を告げる舜平が、寛いだ部屋着姿の珠生を見て微笑んだ。少し疲れた顔をしている。 「ああ、術式のことでな。けっこうややこしい術やから、細かい打ち合わせせなあかんくて」 「そっか……大変だね」 「大丈夫。なんか……ええ匂いすんな」 「なんか凝ったもの作りたくてさ、ビーフシチュー作った。こんな時間だけど、食べる?」 「ああ、ありがとう」  舜平は疲れた顔で微笑みつつ、するりと黒いスーツを脱ぎ始めた。白いワイシャツの広い背中に、珠生はついつい惚れ惚れとしてしまう。  クロゼットは寝室にあるのだが、そこへいくには必ずリビングを通らねばならない。ネクタイを緩めながらリビングを横切る舜平の後ろ姿を見送りながら、珠生はキッチンでシチューをあたため始めた。 「術式の日に合わせて、駒形がちょっかい出しに来るかもしれへん……って話も出たわ」 「……そっか。まぁ、そうだろうね」 「お前の毛玉が気配を感じ取った後から捜索はしてるらしいねんけど、まだ動きはつかめてへん。ただ、天之尾羽張は強力な妖刀や。駒形が力を求めるなら、そこに食いついてくる可能性はあるかもなって」 「……うん」  駒形司が、ああして強引に生を引き伸ばしてまで、一体何をしようとしているのか、その目的はまだ掴みかねているところだ。  前回の戦闘は、神獣を式にしようとして失敗したことを理由に、珠生に対して鬱憤ばらしを吹っ掛けてきた、という感じではあった。が、その実、もっと別の意図があった可能性もある。二十年という年月をかけてまで肉体を再生し、人ならざるものとなりながらも力を求めているからには、なにか余程の理由があるのではないかと考えざるを得ない。  だが、あれから駒形は動きを見せず、気配さえ察知させずに隠れおおせてきた。だが天之尾羽張が現世に解き放たれたタイミングで、駒形が再び動きはじめた……。  嫌な予感しかしない。だが同時に、もう一度あの男と対峙してみたいという逸る想いもある。  好戦的になっている今だからこその感情だろう。  あのわけの分からない術をどう打ち破るか、あの男をどう斬り伏せるか、あの男が屈服するときの顔がどういうものか……それらを無意識的に想像してしまい、ぞくぞくと全身が昂ぶるのだ。気を抜けば、笑みを浮かべてしまいそうになる。  ――あいつの目的なんてどうでもいい。強い相手と()りたい。もっともっと、力を使って…… 「……生、おい、珠生」 「……あっ……」 「おい、どうした。もう眠いんか?」 「……違う。なんでもない」  そんなことを考えているなんて、舜平には知られたくない。珠生はビーフシチューの鍋をかき回しながら、普通の表情を心がけつつ小さく息を吐いた。  すると背後から、舜平がするりと珠生を抱きしめる。 「ちょ……食べるんだろ?」 「うん。……でもちょっと、充電」 「充電って……」  すり……髪に頬ずりをする舜平に身を任せ、珠生はそっと火を消した。そっと後ろを振り返ってみると、すぐに唇をキスでふさがれる。素直に目を閉じ、ゆったりとした動きで唇を啄む舜平のされるがままになっていると、半袖Tシャツになった舜平の腕が、腰に回った。 「……ん……あ、そうだ……っ……あのさ」 「うん……? 何?」 「父さんが、……一緒にご飯食べたいって……っ……ンっ」 「そっか。……せやな、最近先生と会うてへんもんな」  キスをしながら会話をしていると、駒形のことを想うこと静かに昂り始めていた気が、すうっと凪いでゆくのを感じる。シャツの中に忍び込んでくる熱い手のひらを心地よく感じながら、舜平の舌を求めて口を開いた。 「ふぅ……ッ……ん……」 「ここで? それとも、お前の実家か?」 「ぁっ……んっ……向こう、で……」 「そうか、俺はいつでもええよ」 「んっ……ぁっ、あ、……」  いつしか舜平の手は珠生のズボンの中へと入り込み、大きな手で尻を揉みしだかれる。割れ目をいやらしくなぞる指の動きに、珠生はたまらず声を漏らした。  すると舜平のキスにもさらなる熱がこもりはじめ、ふたりはしばらく、会話を忘れてキスに夢中になっていた。 「……最近やたら積極的やな、お前。……キスがエロい」 「そう……かな」 「……ここでする? 早う挿れたい」 「あっ……だ、だめに決まってるじゃん、こんなとこで……っ」  と言いつつも、上から喰らいつくようなキスを浴びせてくる舜平の強引さに、抵抗の意思が溶かされてゆく。  珠生を積極的と言いつつも、ここのところの舜平もまた、いつもよりも少し手つきが強引だ。まるで舜海を相手にしているような気分になり、懐かしさとともに、妙な興奮が珠生の全身を滾らせるのだ。  ひょいと縦抱きにされて寝室へと運ばれ、ベッドの上に押し倒される。そうして見上げる舜平の表情にも、舜海の面影がはっきりと見て取れるような気がした。 「っ……ん、っあ、っ……」  荒っぽくシャツを捲られて、つんと尖った胸のそれをしゃぶられる。身をくねらせながら珠生は自ら腰を浮かせて、部屋着のハーフパンツを脱がせようとする舜平の動きに従った。  あっという間にシャツ一枚という格好にされてしまい、短時間の愛撫だけではしたなく勃ち上がった屹立や、数日と空けずに舜平を受け入れている後孔が露わになる。 「んッ……っ、舜平さん……どうしたんだよ……」 「何が……?」 「なんかっ……ぅっ……ンっ……はげし……っ」 「嫌か?」  腰に響く低い声で囁かれながら、後孔に伸ばされる指。そこをくるりと撫で回されるだけで、珠生は思わず「あ、ア……っ」と腰をよじった。  舜平は珠生の耳や首筋に舌を這わせながら、劣情を煽る色っぽい声でこう言った。 「今のお前の目、見てると……千珠を抱いてた時のことを思い出す」 「え……?」 「ちょっとでもお前に俺の痕跡を残したくて、必死でお前に縋り付いて……どうにもならへん気持ちに苦しみながら、千珠(おまえ)を抱いてた時のこと」 「……舜」  舜平は珠生にもう一度キスを落として、首筋の匂いを嗅ぐように鼻先をすり寄せる。くすぐったさに吐息を漏らすと、舜平はTシャツをするりと脱ぎ捨て、無駄なく引き締まった肉体を珠生の前に晒した。  特別警護担当官となり、肉体的にも鍛える機会が増えたせいか、舜平の肉体は以前にも増して逞しくなった。そういう肉体的な変化もまた、坊主のくせに根っからの肉体派だった舜海を彷彿とさせ、不思議な気持ちにさせられるのだ。 「今は、お前は手を伸ばせばすぐ届くところにいてんのに、なんか……な。どっちが夢なんか、分からへんくなるときがあんねん」 「そんな……何言ってんだよ。俺はここにいる」 「ははっ……分かってんねけどな。ごめん、変なことばっか言うて」 「んっ……」  後孔を濡らすねっとりとしたジェルの感触に、珠生はふるりと身体を震わせた。まつ毛を震わせながら見上げると、ぐっとアナルに押し付けられる舜平の昂りを感じた。  そしてそれが、ゆっくりと、中へ押し入ってくる。 「あ、あッ……っ……!」 「はぁ……っ……珠生……」 「まって、苦しっ……んっ……はぁっ……あ、」 「ごめん、待てへん」  珠生の腰を両手で掴み、ぐ、ぐっ……と緩やかに貫かれる。受け入れ慣れた舜平の怒張だが、慣らしもせずに挿入されると、さすがに圧迫感で息が詰まりそうになった。  だが、ひりついた表情で珠生を見つめられ、熱く熱く求められることに、悦びを感じずにはいられない。  根元まで受け入れた状態で何度もキスを交わし、耳元で愛の言葉を囁かれているうち、珠生もまた内から生まれる熱を感じ始めるようになっていた。ともすれば、ちょっと舜平が身じろぎするだけで痺れる快楽を拾ってしまうほどに……。 「あ、っ……ハァっ……なんだよ、いきなり挿れて……っ……」 「すまん。……けど、文句言う割には……」 「あ! ぁっ……ばかっ……!! いきなり動くなよっ……」  ゆっくりと引き抜かれ、ゆったりとまた貫かれる。深く深く珠生を感じようと腰を使う舜平の愛撫で、腹の奥底から快楽が溢れてくる。  珠生はとろりと緩んでいく表情を見られないように、腕で顔を隠そうとした。だが、すぐにその動きは舜平に戒められ、片手で両手首を捉えられてしまった。 「俺を見ろ、珠生」 「ふぅっ……ンっ、なんだよ、っ……」 「俺を、見ろ」  命ぜられるがままに舜平の黒い瞳を見上げていると、途端に抽送が速くなった。猛々しい動きで腰を振る舜平にがくがくと揺さぶられながら、珠生はただただ突き上げられるたびに、声を漏らすことしかできなかった。 「あ、あ、あん、あ、ああ、っ」 「はぁっ、……はっ……珠生、珠生……」 「アっ、やだ、そんな……、されたら……あ、イっちゃうよ、イく……ンっ……あ、あっ!」  みるみる理性をぶち壊し、快楽のるつぼに叩き落としてゆく舜平の動きに、珠生は抗うことができなかった。ちょっと強がってみたところで、こうして雄々しく舜平に抱き伏せられてしまえば、いつものように甘い声で啼くことしかできなくなる。  珠生の涙声に聞く耳持たず、舜平はなおも珠生を責め続けた。膝裏を掴まれ、荒っぽい手つきで腰を固定されながら、ずんずんずんずんと深く激しいピストンを繰り返され、珠生は立て続けに二度三度と追い詰められてしまった。  自らの白濁に濡れた腹。その奥深くにまで、舜平の肉体が挿入っている。  これまでに何度となく繰り返してきた行為なのに、飽きることもなく、こうして身体を繋げている。だんだん霞みがかってくる頭で、珠生は無意識のうち、舜平の頬に手を伸ばしていた。 「舜平、さ……っ、ハァっ……舜……ぁ、あっ、」 「ん……?」 「すき、すき……舜平、さん……っ、ンっ、あ、またイく、あ、ひ、あっ…………!!」 「っ…………!!」  いつもなら、散々珠生をいじめ倒してから吐精する舜平だが、今日の絶頂は唐突だった。珠生の上に覆いかぶさりながら腰を振っていた舜平は、ぎゅっときつく眉根を寄せ、腰を震わせて珠生の最奥へ体液を迸らせている。  固く目を閉じて唇を噛み、声を殺しながら絶頂する舜平の表情を思いがけず目の当たりにした珠生は、はぁ、はぁと息を乱しながらも、舜平の首に手を回してこう言った。 「……はぁっ……はぁ……舜平さんの、いくとこ……見れた……」 「え……?」 「……かわいい」 「えっ」  ついつい口をついて出てきた言葉に、舜平の顔が引きつった。素直な感想なのだが、『かわいい』など言われ慣れているわけもない舜平にとっては、なかなかに衝撃的なセリフだったようだ。 「な、な、何やそれ。……そ、それに見たことないこともないやろ……」 「ううん、あんまないよ。それにさ……いつもは俺ばっかイキまくりで……そんな、ちゃんと見る余裕ないって言うか……」 「いや……見んでいいねんそんなもん。今日はうっかり……そのー……」 「え? 何?」  舜平は気まずげに頬を染め、ゆっくりと珠生の中から身を引いた。へなっと全身から力が抜けて、珠生はベッドに沈み込んだ。舜平は部屋着のジャージを引き上げて珠生の横に寝そべりながら、珠生の髪の毛を撫でている。 「……その目で、好き好き言われると……なんやろ、なんやよう分からんけど興奮する」 「はぁ? なんだそれ」 「千珠は、そういうことあんま言わへんかったし、余計にやな……いやまぁ、珠生もあんま言わへんから貴重やねんけど」 「そうかなぁ。……ていうか、なんか複雑な気分なんですけど」 「あ、すまんすまん。別に変な意味じゃないねんて!」 「複雑だなぁ」 「ごめん、ごめんて」  ちょっと寂しげだった舜平の表情が元に戻っているのを見て、珠生はちょっと表情を緩めた。「て言うか、お前にかわいいとか言われる日が来るとは思わへんかったわ……」と、複雑な表情を浮かべている舜平の顔を下から見上げつつ、珠生はそっと、その胸に頬を寄せた。  ――俺が駒形のことで不穏な事考えてるって、舜平さんは感じ取ってたんだろうな……。それで不安にさせたから、舜平さんは昔のことを思い出してたのかもしれない……。  舜平の強引なセックスで、正気に戻ったこともまた事実だ。大きな手で頭を撫でられる愛おしい感触に、珠生はそっと目を閉じる。  ――しっかりしなきゃ。俺は、術式を行う陰陽師衆を守るために、駒形と戦うんだ。自分のためじゃない……。

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