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三十一、意味深な言葉
斬られた腕を庇い、駒形は忌々しげな目つきで舜平を見ている。舜平は片手に太刀を握って自然に構え、珠生に背を向け駒形に向き直った。
「相田舜平くん、ですね。舜海の生まれ変わりだ」
「ああ、それがどうした。それよりお前、ずいぶんとセコい技 使 てくれるやんか。危うく佐久間さん半殺しにするところやったわ」
「ふふ……君たちは、幻術に対しての耐性が低すぎるんですよ。いい勉強になったでしょ?」
見れば、舜平の左腕の袖は破れ、腕から夥しい血が流れている。珠生は目を見張った。
「その傷……!」
「幻術破るのに自分でやった。傷は大したことない」
舜平はそれだけ言うと、ざっと地を蹴って駒形に斬りかかった。迂闊に近づいていい相手ではないと分かっているであろうに、攻撃の隙を与えぬかのように次々と剣を翻し、鋭い突きを繰り出してゆく。そして、攻撃の手を休めることなく、珠生に向かってこう叫んだ。
「珠生!! お前が天之尾羽張を砕け!!」
「えっ……」
「お前ならできる!! チャンスは今しかないねん!! お前がやるんや!!」
「っ……分かった!」
――そうだ、駒形の目的は天之尾羽張を手に入れることだ。
珠生はすぐさま踵を返し、結界班が守る天之尾羽張の元へと駆けつけた。
身の危険を察し、暴れ狂うように瘴気を放つ魔剣を抑え込んでいた紺野が、珠生を見て目を瞠る。同じくフルパワーで結界を張り続けていた赤松や、結界班の若者二人の顔色は、限界に近そうである。
半円状の結界の中、そこにだけ雷雲が滞っているようだ。時折ばちばちと稲妻のような火花を散らし、強固な結界を突き破らんと暴れている。
「た、珠生くん……!」
「離れて!! これは俺が破壊します!!」
「っ……でも、今、結界を手放すと……!」
「一太刀で終わらせる。あなた方は、すぐに自分の身を守ってください」
決意を込めた珠生の眼差しに心が決まったのか、赤松と紺野は目を見合わせて頷いた。
結界班の五人が、一斉に力の流入を断つ。バチバチッ!! と高圧電流がショートするかのような音が響き、どす黒い色をした瘴気が爆発的に解放される。
溢れかえるほどの魔境の臭いに、ドクン、ドクン、と心臓が高鳴っている。鬼の本能を煽り、あの日陀羅尼が千珠を誘ったように、天之尾羽張は珠生の『鬼』を揺さぶった。だが。
――俺が斬るんだ……!! 斬って、すぐに、舜平さんの助太刀を……!!
駒形の危険な術を幾度も目の当たりにしてきたのだ。舜平ひとりに駒形の相手をさせたくはなかった。あの日のように、もし舜平の霊力を奪われてしまったら。いや、霊力だけではなく、舜平の命もろとも駒形に奪われてしまったら……と思うと、不安に急かされて気が逸る。
「おおおおおおお!!!」
陰陽師衆の霊力に灼かれ、灼熱を湛えた鋼のように光を放つ天之尾羽張。その刀身に向かって、珠生は渾身の力を込め、宝刀を叩きつけた。
二振りの刃がぶつかり合った瞬間、ごぉお……!! と炎が燃え上がった。青白い炎と、赤黒い炎が絡み合い、呑み込み合いながら、刃同士が共振する。
強大な力と力のぶつかり合いだ。天之尾羽張は、死に物狂いで消失を免れようとしている。柄を握る珠生の手のひらが、ビリビリと痺れてくるほどの圧だった。
――折れろ……砕けろ……!! お前は、ここに在るべきものじゃない……!!
「散れぇぇぇぇ!!!」
ふとその時、共振が止んだ。
これまでびりびりと珠生の肌を焦がしていた圧力が唐突に消えてゆく。
ガ、キィ……ンッ……!!
重なっていた部分にひびが入ったかと思うと、それは一瞬にして天之尾羽張の全身に細かな亀裂を誘った。
そしてその一瞬後には、ぼろぼろと土塊が砕けゆくが如く、天之尾羽張が崩壊してゆく。
あたりを焦がしていた濃密な瘴気が消え、対する相手を失った宝刀が地面に突き立つ。知らず識らずのうちに呼吸を止めていたらしい、珠生はようやく、その場に膝をついて息を吐いた。
「はァっ……ハァっ……ハァっ……!!」
思った以上に力を削がれた。だが、のんびり座り込んでいる場合ではない。珠生は膝に力を込めて立ち上がると、ふらつきながらも舜平のもとへ急いだ。が、魔境の瘴気に灼かれた肉体は、想像以上に傷ついているらしい。何度かめまいに襲われながら、珠生は闇の中を走った。
だが、次に珠生が目にしたのは、駒形の蔓草に肩を貫かれ、苦しげにもがく舜平の姿だった。
傷ついた左肩を禍々しい蔓草で刺し貫かれた舜平の身体は、駒形の目線の高さまで浮き上がっている。
「……舜平、さん……?」
平安装束の白い足袋は血に染まり、つま先からはぼたぼたと赤い血液が滴っている。儚げな相貌に邪悪な笑みを浮かべ、舜平を蹂躙する駒形の姿に、珠生は心底憎しみを覚えた。フーッ……フーッ……と呼吸が乱れ、瞳孔が縦に裂けてゆく。
「やめろぉぉぉお!!」
自分でもどう動いたのか、分からなかった。
気づけば珠生の眼前には、駒形の笑みがあった。舜平を捕らえている駒形の腕を斬り上げてみれば、冷たい血液が顔面に飛び散った。振り抜いた刃の勢いもそのままに、珠生は躊躇うことなく駒形の首さえ飛ばそうとした。
「珠生!! 殺すな!!」
血を吐くような舜平の声に、珠生はピタリと動きを止める。宝刀は、今まさに駒形の首に触れようとしていた瞬間だった。
「殺したらあかん!!」
「うっ……うう……!!」
どん、と駒形の胸を蹴って距離を取る。駒形は、両腕を失っていた。
よろ、よろ……とよろめきながらも、駒形は倒れない。それどころか、挑発的な光を瞳に湛え、にぃと唇を歪めて笑ったのだ。
「……君、あれを砕いたのか。なかなかやりますね」
「次は、お前を捕縛する。その身体じゃ、どうせ遠くへは逃げられないだろ」
「さぁ? どうでしょうね。もうご存知でしょうが、僕は半分以上死人です。腕の一本や二本無くしたところで、どうということもありません」
「……何だと?」
「それに僕は、妖を憑依させ力を増幅させることができると、言いましたよね?」
駒形はそう言うと、肘から先の失くなった両腕をバッと広げて、天を仰いだ。
「吸魂憑依 !! 急急如律令!!」
「っ……!!」
――あんなボロボロの肉体に、妖を憑依させるだと……!?
天之尾羽張の影響で比叡山に寄り集まっていた妖が、駒形の方へと吸い寄せられてゆく。もし、あの妖らの力を全て吸収し、駒形が再び力を取り戻すことができるとしたら、いくら何でも分が悪い。
これまでの攻防で、陰陽師衆の面々も、珠生も、かなり力を削がれている。
見る間に、しゅる……ぬるり……と駒形の腕が再び形を成してゆく。珠生は目を疑った。
――これで……人間と言えるのか……?
殺すなと言われたが、そんなことを言っている場合だろうか。
20年前に死亡したはずのこの男は、どうしてそこまで生に執着するのだろう。
どうしてそこまでして、力を求め、祓い人を殺し、かつての仲間にまで牙を剥くのか……。
――どうして。
その時、上空から眩い光が降り注いだ。人工的な、サーチライトの強烈な光だ。
見上げた夜空には、数機の黒いヘリがいる。ローター音を轟かせ、比叡山の樹々を風圧でざわめかせながら。
ヘリの存在に気づいたらしい。駒形は微かに眉根を寄せると、だらりと腕を体側に下ろした。そして、珠生をじっと見つめた後、興醒めしたような顔で微かに笑った。
「やれやれ、今日も収穫なしですね。つまらないなぁ」
「つまらない、だと……? かつての仲間をこれだけ痛めつけておいて、一体何がしたいんだ!? お前は、何で生きている……!!」
「仲間、ねぇ」
駒形の身体を、するすると蔓草が覆っていく。その姿を隠しゆくように、絡みつく。
「陰陽師衆という組織自体にも、個人的な恨みがある……と言えば分かりやすいですかね」
「個人的な、恨み……?」
「君が思っているほど、陰陽師衆 は清い存在ではないということです」
「え……?」
珠生がさらなる問いを投げかける前に、駒形の姿はその場から消失した。
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