511 / 533

三十四、漆黒の瞳

「んっ……ふ、っぅ」  手首を引かれて部屋に入るなり、深春は薫をベッドに座らせ、あろうことかその股座に顔を埋めたのであった。  部屋着のズボンをずらされてしまえば、隆々とそそり立つ薫のペニスがふるりと(しな)った。下腹にくっつきそうなほどに硬さを持ったそれを見て、深春は小さく舌なめずりをしている。 「でか……すげぇな。これが未使用とか、かわいそすぎ」 「そっ……そんなこと言われても、……ぁっ……!」  ぱく、と深春は薫の先端を口に含んだ。あたたかく濡れた粘膜に包まれながらゆるゆると根元を扱かれ、薫は思わず「ぁ、あっ」と情けない声を上げてしまった。 「ちょっ……待っ、深春、そんなことしなくても」 「んー……?」  気の無い返事をしながら、深春は鈴口を舌先でとろりと舐め、上目遣いに薫を見上げた。暴力的なほどに淫らな眺めだ。興奮と羞恥で頬が熱くなるのを感じていたが、深春から与えられる快感はあまりにも蠱惑的で、やめてほしいとは言えなかった。 「ん、んっ、ぁ、はぁ……っ」  深春の口から唾液が伝い、ペニスが滑りを帯び始める。感度が増し、薫は呼吸を浅くして、射精してしまわないようにと何とか耐えた。 「はぁっ……はぁ、な、っ……何でこんなこと、できるの……?」 「なんでって、また理由?」 「だって、こんな、……ひっ!」  ぢゅ、と先端を吸われ、薫の腰がビクンと跳ねる。深春は挑発的に薫を見上げながら舌を伸ばし、根元から亀頭まで、ねっとりと舐め上げて見せた。  くっぽりと深く迎え入れられ、ひくひくとうねる喉奥で締め上げられ、薫はもう限界だった。うっとりした表情で薫の屹立を舐めしゃぶる深春のいやらしい動きにも、感じたことのない甘い快楽にも、これ以上ないというほどに興奮している。 「あ、だめ、イクっ……出るから、も、離して……」  必死で限界を訴えるも、深春はさらにピストンを激しくして、薫と絶頂へと追い詰めてゆく。時折視線を上げてはうっそりと目を細め、薫の反応を楽しんでいるようだった。  ――エロい……。も、こんなことされたら、僕は……っ……。 「あ……っ、イク、イくッ……ん、んっ……んん……!!」  飽和状態をさらに超えた快感が、深春の喉奥で激しく弾けた。どく、どくっと、今まで感じたことがないほどに長く濃密な射精だ。しかも薫は無意識に、深春の喉を突き上げていたらしい。 「っ……げほっ……すげぇ量」 「ご……ごめん……! 気持ちよすぎて、僕……っ」  薫は慌ててティッシュを探し、深春に差し出そうとした。だが、深春は唇の端にかすかに溢れた白濁を拭う程度である。薫のこめかみを冷や汗が伝う。 「まさか……飲んじゃったの?」 「ん? うん」 「ご、ごめん!! 僕がいきなりイっちゃったから……」 「いいってそんなの。……それより」  ぐいと胸を押され、薫はベッドに押し倒されてしまった。深春はそのまま薫の上に馬乗りになり、色香の漂う目つきを浮かべながら、唇を細く釣り上げた。 「お前すげぇイイ反応するから、こっちまで収まりつかなくなってきたんだけど」 「そっ、そんなこと、言われても」 「しよっか、セックス。挿れんのと、挿れられんの、どっちがいい?」 「えっ!?」  深春は薫の耳の横に手をついて、ゆっくりと顔を近づけてきた。そして戯れのように薫の下唇をついばみながら、ゆっくりと腰を前後に揺らしている。 「あ……ぅわ……っ……」 「ははっ、すげぇ。もう勃ってきた」  不意打ちのようにキスをされ、その舌遣いに翻弄される。口内をくまなく舐め尽くされるような、いやらしいキスだ。喘ぐような吐息を漏らしながら、薫は再びせり上がってくる性的な欲望に抗おうとした。 「なぁ……しよ? 挿れていいし」 「い、挿れっ……!? い、いや、でも」 「大丈夫。俺、初めてじゃねーから」 「…………え?」  何やらすごい発言を聞いてしまった気がするのだが、状況が状況であるため頭の処理が追いつかず、薫はしばし呆然としてしまった。  そうこうしている間にも、深春はするりと下を脱ぎ始め、ベッド下の引き出しからコンドームやジェルを取り出して、さっさと準備を始めている。 「は、はじめてじゃないって……?」 「ああ……。中学んときだけど、俺、女んとこ転々としてたんだ。そん時、女の家にいたヤクザ男と、3Pとかさせられたことあって」 「さ、んぴ……?」 「そのあと男の方に気に入られちまって、しばらくケツ使わせてやったんだ。そしたら女が妬いて、俺、追い出されちゃったんだよね」 「……」  異能に目覚める前までの深春の暮らしぶりについては、初耳だった。自分の人生も大概普通ではないだろうが、薫とは違う方向で苦労を重ねてきた深春の人生を垣間見て、さらに混乱が極まってしまう。 「そ、そんな大事なことを、そんな、簡単に……?」 「べっつに大したことじゃねーだろ、ケツにチンポ入れられることくらい。それに、使えるもんは使わねぇと、生きていけなかったからな」 「……ええ……? で、でも今は、僕としたって、なんの得にも……っ!」 「得って」  深春はふっと笑って、コンドームを指に嵌め、その手を後ろに回した。そして、時折「ん……」と色っぽいため息を漏らしながら、目元をかすかに赤く染め、熱のこもった視線を送ってくるのだ。そんな姿を見せつけられているだけで、薫の胸は激しく暴れ、股間は再び隆々とした硬さを取り戻している。 「は……はぁっ……」 「深春……」  引き寄せられるように薫は起き上がり、自ら後ろを慣らす深春にキスをした。深春はすぐにそれに応え、薫と唇を深く重ね合わせる。  性欲に突き動かされているという自覚はある。理由も、深春の気持ちも分からないままセックスへと雪崩こもうとしていることに引っ掛かりを感じているのに、その先を求めて身体は荒ぶる一方だった。 「ゴム……つけろよ。そっちのが、やりやすいから」 「う、うん……」 「キス、うまくなったじゃん。エロいよ」  はぁ、はぁ……と二人分の熱い吐息の下で交わされる会話。薫がたどたどしい手つきでコンドームを着ける様子を、深春はとろんとした目で見つめていた。  やがて、深春は指を抜き、薫のペニスの上に腰を落とし始める。ぬち、ぬち……と熱くとろけた窄まりに先端が触れている。何度か腰を揺らしたあと、深春はずぷん、と薫のペニスを飲み込み始めた。 「ンっ……っ……きっついな、さすがに……」 「はぁっ……は、みはる、っ……」  ふたりの肉体が繋がり始めたその瞬間、バチ、バチっと薫の脳内で何かが破裂した。フラッシュバックのように脳内に閃くそのイメージは、おそらく深春の記憶に違いない。  セックスをしている今が、もっとも無防備になる瞬間なのだろう。これまで感じ取ることのできなかった深春の記憶が、細切れのイメージとなって薫の中と流れ込んでくる。  だが、のんびりと記憶を読んでいる暇は与えられない。深春は細かに腰を使いながら、器用に薫のペニスを腹の中へと収めてゆく。大波のように高まってゆく射精感に、めまいがしそうだ。気持ちよくて、気持ちよくてたまらない。 「深春……っ……ハァっ……は、あっ、」 「っ……すげ、おまえの……、ハァっ……ぁっ、ぅ……ン」 「そ、そんな……締めつけられたら、僕、いっ……イく、からっ……」 「だめ、まだ、がまんしろよ。……なんか今、イイとこあたって、ハァっ……」  ふと、タンクトップの下から覗いている深春のペニスも勃ちあがっているのを見て、薫の感度もさらに上がってしまう。薫を受け入れているそこに硬さはあるが、きゅ、ぎゅ、と内壁で性器を締め付けられる刺激は快楽でしかない。深春がかすかに腰を揺らすたび、はしたない声が漏れてしまう。 「ん、は……ぁ、なんか、よくなってきた……俺も」 「ほ、ほんと……痛くない?」 「いたくねぇよ……ぁ、ハァっ……あぁ……イイ」  徐々に深春の表情がとろけてゆく様を間近で見つめていると、愛おしさが募っていく。汗でしっとりと濡れた肌、身じろぎするたびにきらめくピアス、そして、聞いたことのない深春の嘆息……何もかもが、薫の脳髄を痺れさせた。 「あ、あ……ッ……! いきなり、うごくなって……、ばかっ……!」 「ごめ……かってに、動いちゃう……」 「ん、ぁ……あっ……! ん、そこっ……そこばっか……っ!」 「ごめん……っ、うまく、うごけなくて、僕っ……ぅっ……」  無駄なく引き締まった腰を掴んで、本能の赴くままに突き上げる。不慣れな動きしかできず、深春が気持ちよくなれるとも思えないような、拙いピストンだった。  だが深春は薫の肩口に顔を埋め、声を殺して呻いている。ビク! ビクッ! と腰を震わせ、「んん、んっ……!」と時折喘ぎを漏らすのだ。 「ごめ、痛い……? ハァっ……ごめん、気持ちいいんだ、深春の、なかっ……」 「ぁ、ぅっ……ン、んっ、や、めろ、そんな、奥ばっか……ッ」 「ごめ、ごめん、うまくできなくて、ハァっ……きもちいい、深春、みはる……っ」 「ん、ァ、ん、イく、いく、んんっ……!!」  掠れた声で絶頂を訴え、深春はひときわ大きく腰を震わせた。同時に内壁もきゅうううっと締まり、薫の精はあっけなく搾り取られてしまう。  さっき一度出しているというのに、射精が止まらない。固く深春を抱きしめながら、薫は二度、三度と腰を突き上げ、深春の奥深くに性器を打ち付けた。 「ハァっ……ハァっ……は……う……」  いまだにかすかな痙攣を残す深春を抱きしめたまま、薫は呼吸を整えていた。鼻腔をくすぐるのは深春の肌の香りと、髪の香り、そして青く香る精液の匂いだ。  深春はくったりと薫に身を預けて、同じように浅い呼吸を繰り返している。 「……かおる」 「ん、なに……?」 「薫」 「ん……?」  深春は重たげに上体を起こし、労わるようにキスをしてくれた。ちゅ、ちゅっ……とリップ音を響かせながら唇を重ねているだけで、ずくんとペニスが疼いてしまう。  さっきよりもねっとりと絡みつくような、妖艶な口づけだった。互いの体温が上がっているせいだろうか。舌を絡めるたびに淫らな音がそこから生まれ、結合部に再び熱が燻る。深春の唾液の味を甘く感じて、いくらでも、いくらでもこうしていたいと思った。  ――好きだ……好きなんだ、深春……。  こうしていると、深春への感情の正体がはっきりと分かる。深春への好意は、ただの憧れではない。性愛を伴った、れっきとした恋愛感情だ。  兄のように頼れる存在でありながらも、人肌を恋しがって肌を寄せてくる深春が可愛かった。何度か戯れのように重ねた唇は、とろけるように甘かった。宙ぶらりんな存在を受け入れてくれたこと、道を見失いがちな薫に、何度も道を示してくれたこと……ここへたどり着くまでの何もかもが、薫の感情を育ててきた。  満ち足りた表情を浮かべる深春の肌から、ゆったりと寛いだ感情の波を感じる。薫に気を許し、全てを委ねているからこそだろう。愛おしくて、かわいくて、頭がどうにかなりそうだ。このままずっとこうしていたい。許されるならば、もっともっと、この多幸感に揺蕩っていたい―― 「深春……好きだよ」 「……え……?」  顔を上げた深春と、ふと、視線が絡む。生理的な涙で潤んでいるせいか、漆黒の瞳は透明度が増し、ぞくりとするほど深い色をしていた。  その美しい漆黒を見つめているだけで胸が高鳴り、たまらない気持ちになる。しなやかな背中を抱き寄せて、必死さの滲む眼差しで深春を見つめた。 「僕と、付き合って」 「……えっ……? な、なんだよいきなり……エッチして盛り上がっちゃた感じ?」 「違う、違うよ……! もっと前から僕は、深春のこと」 「ま、待てって……」    深春はゆっくりと腰を上げ、薫と繋がった身体を離す。そして気だるげな笑みを浮かべながら、軽い口調でこう言った。  「んな必死になんなくても、エッチしたきゃヤらせてやるけど?」 「そうじゃない、身体の関係が欲しくて言ってるわけじゃないんだ……!!」 「うわっ」  深春の肩を掴んでグッと身を乗り出すと、ベッドに横座りしていた深春が押し倒される。そのまま囲い込むように四つ這いになり、薫は深春をじっと見下ろした。 「深春、だめ? 僕なんかじゃ、釣り合わないのは分かってるんだ。でも……」 「ええ? いや、釣り合うとか釣り合わねーとか、そういう問題じゃねーだろ。……ていうか、本気かよ」 「本気だよ。……深春は、いや?」 「……」  戸惑ったような深春の表情を見つめていると、だんだん絶望的な気分になってくる。  ああ、断られる。これを機に嫌われる、面倒だと思われ、距離を置かれてしまう……と、突っ走りすぎた己の恋愛下手さ加減を呪いたくなった。  だが、深春はふっと笑った。片手を伸ばし、薫の髪にさらりと指を通した。 「……いやなわけねーじゃん。でも俺,付き合うと多分重いよ?」 「重い……? そんなのいいよ、全然いい!」 「ほんとかよ」  下から両腕が伸びてきて、薫の頭を引き寄せる。誘われるままに身を委ねていると、再び唇が重なった。  唇を甘噛みされ、軽く吸っては離されて、リップ音がかすかに響く。 「……いいよ」 「ほ、本当に!?」 「でも、別れたくなったらすぐ言えよ? 好きな女が出来た時とかさ」 「女……」  どこか凄みを感じさせる深春の妖艶な薄笑みに、薫はゾクリと興奮した。  震えるほどの歓喜が全身を粟立たせ、薫は自ら舌を伸ばして、キスに応じた。女性になど興味はない。この美しい漆黒の瞳を我がものにできるのならば、もう何もいらないと思った。 「別れたいなんて、絶対に思わないよ」 「……どーだか……ん……んっ」 「好きだよ。好きなんだ。……深春、深春……」 「おいっ……また、すんのかよ……っ」 「ごめん、させて。……我慢できない」    深春を求めるあまり、ほっそりとした脚を掴む手が強引になる。  声を殺して身悶える痩身をきつく抱きしめながら、薫は再び、高ぶる灼熱を深春に穿った。

ともだちにシェアしよう!