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三十七、湯煙の中で
「今日、深春何か言いたそうだったよね」
帰宅し、二人で入浴していると、バスタブでくったりと溶けている珠生がぽつりとそんなことを言った。ちょうど頭を洗っていた舜平は、泡を流しながら、「せやなぁ」と返事をする。
「どうしたのかな。最近、ゆっくり深春と話せてないから、気になる……」
「元気そうには見えたけど、ストレス溜まってるって言ってたしな」
「そうなんだよね……薫が来て、先輩っぽい顔もしなきゃいけないだろうから、疲れてんのかなぁ……」
「そうかぁ? 薫のこと、可愛がってるように見えたけど」
「んー」
「それとも、なんか恋愛がらみ、とか? あいつ、最近そのへんどうなってんねやろ」
「どうなんだろう。あっ……まさか新しい彼女ができたとか……!?」
「その割には、すっきりせぇへん顔しとったけどなぁ」
ボディソープもざっと流してしまうと、舜平はバスタブに脚を入れた。珠生を背後から抱き込むように脚を伸ばすと、珠生はくったりと火照った身体をもたせかけてきた。
「……肩、痛くないの?」
「おう、もう大丈夫やって。ほら、見てみろ」
「んー……?」
傷ついた方の腕を持ち上げると、珠生が重たげな動きでこちらを振り返った。そしてしげしげと、まだ皮膚の引き攣れた舜平の傷跡を見つめ、物言いたげに目線を上げた。
「まだ痛そうだけど……平気?」
「おう、なんともないで」
「そう……すごい回復力。俺何にもしてないのに」
「ははっ、そんなことないやん。お前が色々手伝ってくれたから、治りが早かったんやと思うで」
そう言って、舜平は濡れた珠生の髪の毛を耳にひっかけた。白い耳が上気して、まるで熟れた桃のように美味そうに見える。かぷ、と耳にかぶりつくと、珠生は「んっ」と声を上げた。
「何してんの……ちょ」
「セックスの時も、お前が色々頑張ってくれたやろ?」
「べ、別に頑張ってない……っ、ン……ぁ」
怪我が治るまでセックスは我慢すればいいようなものだが、着替えだ入浴だと身の回りの世話を焼いてくれる珠生が可愛くて、つい盛り上がってしまったのだった。
しかも、珠生はいつになくサービス精神旺盛だった。風呂上がりの舜平の着替えを手伝いながら、昂ぶってしまった舜平の屹立を口で宥めてくれた。
いつになく大胆に舜平のペニスを愛撫する珠生の表情は、舜平の性欲をいかんなく煽った。丁寧な手つきで竿を扱きながら、赤い唇で先端を咥え込み、ゆったりとした動きで舜平を味わうのだ。時折溢れる珠生の吐息、唾液や先走りで湿った音、そして時折舜平を見上げてはまた伏せられる胡桃色の瞳――自由になるほうの手で珠生の髪を梳きながら、自然と舜平も腰も揺れていた。
そして放たれたものも、珠生は全て飲み干すのだ。名残惜しげに鈴口を吸い、きれいにきれいに精液の全てを舐め取って、小さく舌なめずりをする。いつの間に、珠生はこんなにも妖艶な表情をするようになったのだろうか。
しかも、『それだけでは足りない』と言い、珠生自ら舜平の上に跨って、甘いキスとともに体内へと誘い込んでくれたりもした。
舜平が普段やりたがらない騎乗位を、珠生は進んでやりたがった。舜平を横たわらせ、腰をしならせ背中をくねらせながら快楽を貪る珠生の妖艶さに、舜平はうっとりと見惚れたものだ。
両腕で珠生を抱きしめられないもどかしさはあったが、珠生は「いいから、寝てて……っ……ハァ、おれが、舜平さんを、イかせてあげるから……っ」と頬を上気させながら健気なことを言い、器用に尻を上下させたり、前後に揺すったりと、いくらでも舜平を甘やかした。
たまらず下から突き上げてみれば、珠生は「あ、あ! ぁんっ……んん」と容易く絶頂し、涙目になりながら舜平を睨んだ。「俺が先にイっちゃってどうするんだよ」と怒る珠生の太ももを掴んで、舜平はずん、ずんと下から腰を使ってやった。
素晴らしい眺めだった。傷は痛むが、そんなことはどうでもよくなるくらい、舜平の上で乱れる珠生はいやらしかった。倒れこむまいと舜平の腹に手を突っ張りつつも、穿たれる快楽には勝てはしないらしい。
「ぁ、あん! だめ、うごいちゃだめ、おれが、舜平さんを……っ、ん、ぁん!」と半ば泣き出しそうな声で訴えながらも、内壁をひくつかせて何度となく達していた。
そのまた別の日は、舜平が腕を使わなくていいようにと、背面座位で行為に耽った。珠生の背中はしなやかに引き締まり、目の前で弾む小さな尻は最高にエロかった。しかも、舜平の負担を慮って、自ら腰を振ってくれるのだ。
そして時折振り返り、とろけた顔で「ねぇ、気持ちいい……?」などと問いかけてくるものだからたまらない。
結局、最後には舜平が我慢ならなくなり、下から激しく突き上げてしまう。そして、珠生が「もうだめ」と叫んでもやめられず、結局しつこいと怒られるのだった。
怪我が治るまでの間、珠生はいつになく積極的に舜平を求めてきたような気がする。自分のせいで舜平が怪我を……などの何か負い目でもあるのかと訊ねてみたら、珠生はややばつが悪そうに、「怪我して弱ってる舜平さんなんて珍しいから……なんかかわいくて、ちょっとムラっとしちゃうんだよね」と言うのである。
怪我を負ったことは悔しいが、こうして珠生が優しくしてくれるのは悪くはない……と舜平は密かに思った。
+
そして今も、二人で風呂に浸かりながらゆったりとしたキスを交わす。
舜平にもたれかかり、リラックスした珠生と舌を絡めていると、こうして穏やかな時間を過ごすことのできる幸せを実感できた。
珠生の両乳首を柔く擦り、指先で転がしてみると、徐々に珠生の呼吸が不規則に速くなる。キスにいやらしさが増し、もじもじと尻が動くのがすこぶるかわいい。
唇を離して珠生を窺うと、トロトロにとろけた淫らな表情で舜平を見上げていた。湯の中で勃ち上がった舜平の性器を感じているのか、緩やかな腰の動きは止まらない。
「……めっちゃエロい顔してんで、お前」
「ん……だって、きもちいい……から」
「ったく、そうやってまた俺を煽るやろ? そのくせしつこいとか怒るし」
「ぁ……!」
きゅうっと乳首をつねると、珠生はぶるりと震えて甘い声を出した。湯けむりの中で見つめる珠生の裸体はことさらに淫靡で、舜平のほうも抑えが効かなくなってきた。
「……挿れたい。いい?」
「んっ……うん、いいけど……俺、もうのぼせそうで……」
「そらあかんな、立てるか? ベッドで……」
「やだ……むり、ここでしたい」
珠生はざばりと立ち上がって浴槽から出ようとしている。ふらつく珠生が危なっかしく、舜平は慌てて珠生の腕を支えて湯船から出た。
すると珠生はバスルームの壁に貼り付けられた鏡に手をつくと、横顔で舜平を振り返る。そして白い双丘に自ら指を這わせて、舜平を誘った。
「挿れてよ……早く」
「俺が怪我してから、なんやお前積極的になったな」
と、呆れた様なことを言いながら、舜平は珠生のほっそりした腰を両手に包み込んだ。すっぽりと手の中に収まるしなやかな肌は露に濡れ、まさに吸いつくような艶かしさだ。
シャンプーやボディソープの隣に澄まし顔で並んだセックス用のローションに手を伸ばし、珠生の白い肌の上にとろりとした粘液を垂らす。ぬらぬらと濡れた指を珠生の窄まりに抽送しながら、舜平は白いうなじを甘噛みした。
「あ! ん、っ……ん、ぁ」
「きれいやな、お前は」
「ん、んっ……やだよ、指で、イっちゃいそ……」
「めっちゃかわいい。好きやで、珠生」
「んん、っ……ゆび、やだ、イかせないで」
愛の言葉を囁きながら良いところを責め立てていると、珠生はたまりかねたように首を振り、後ろ手を伸ばして舜平の屹立に触れようとした。珠生を求めて隆々とそそり立つそれに、白い指が絡まる様を見下ろしながら、舜平は薄笑みを浮かべ、つぷ……と珠生のそこに切っ先をあてがう。
「はやく、いれろよ……っ、イきたい、舜平さんので……」
「分かったって。……ほんっま、かわいいなお前」
湯煙の中に揺らめく淫らな肌に、猛々しく嵩を増した舜平のそれが、飲み込まれていく。熱く濡れた狭いそこに、ペニスが引き込まれていく感覚は、何度味わっても痺れるほどの快楽だ。
珠生がか細い悲鳴をあげながら絶頂する中、舜平もたまらず息を乱した。紅潮した珠生の耳元で、押し殺してもこみ上げてくる嘆息を漏らすと、珠生はまたぞろ「あ! あ……ぁ、あん」と腰を震わせ、舜平の屹立を甘く甘く締め付ける。
「そんな締め付けんなって。……まだ、奥まで入ってへんで」
「ぅ、ンっ……だって、すごい……っ」
「……何が?」
「きもちいい、きもちいいから……! ……う、うっ……ン」
「珠生……」
もはや泣き声に近い声音で、珠生は壁についた拳を握りしめている。その手にそっと手のひらを重ねて、舜平はさらに珠生の奥を深く抉った。
「あ! ぁ、あっ……!!」
「俺も、気持ちええよ。……いくら抱いても抱き足りひんわ」
「ん、ぁ、あっ……ぁ、あ、っ」
ずん、ずん、と舜平が腰を使い始めると、珠生はことさらに甘い喘ぎを漏らし始めた。うっとりするほどに淫美な眺めだ。手に収まるほどに小さな尻を出入りする己の怒張も、それをやすやすと受け入れて、腰をくねらせ善がっている珠生の姿も、何もかもが舜平の理性を打ち壊す。
いつしか、舜平は珠生の身体をしっかりと抱き締めながら、遮二無二腰を振っていた。二人分の喘ぎ、ぬちぬちと結合部から溢れるねっとりとした音がバスルームに反響する中、ふたりは夢中になって互いの身体を感じ合った。
「イク、イくっ、ぁ、あっ、ハァっ、はっ……!!」
ぶる、ぶるっと震え、何度目かも分からない絶頂に声を上げる珠生を抱き締めながら、舜平もまた、珠生の腹の中にたっぷりと精液を迸らせる。それを嬉々として受け入れる珠生と濃厚なキスを交わしながら、舜平は静かに囁いた。
「俺、めっちゃ幸せやで、珠生」
「ん……俺も、俺もだよ……」
「愛してる……俺の、珠生」
体の向き変え、へたり込みそうになっている珠生を正面から抱きしめながら、舜平は何故か、物言いたげな深春の横顔を思い出していた。
愛を交わし合う相手がいるという絶対的な安心感に、幾度となく救われてきた。
今、深春のそばに寄り添う存在がいるのか否か――それが無性に気がかりだった。
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