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三、自分にだけ見せる顔
「ぁ、ぁ、っ……! ん、ぐっ……ンっ……」
苦しげに喘ぐ深春の中に、何度注ぎ込んだか分からない。こんなことはしたくないと思っているのに、いつも身体は裏腹だ。興奮すればするだけ、深春を抱く手つきが荒くなる。
深春の全身を抱きしめながら腰だけを前後に揺らして、吐息を奪うかのようなキスで唇を封じるうち、再び深春の内壁がきゅうっときつくうねっては締まり、深春の喉の奥からか細い悲鳴が溢れる。
「っ……またイったの? さっきからイキっぱなしだね」
「ぁ、っ……はぁっ……も、むり、だから……っ、はぁ……っ」
「嘘だろ。深春のココ、イけばイくほどトロトロになって、すごく欲しそうにしてるけど?」
「ぁ! ァっ……あ、あっ……」
「ほら……乳首いじられると、またひくひくって。……気持ちいい?」
身体を起こし、深春の胸の尖りに舌を絡みつかせながらも、薫は抽送はやめなかった。ぱちゅぱちゅとリズミカルに響く水音が高らかに響くこの部屋は、二人がよく利用するラブホテルの一室だ。柚子や亜樹のいるあの家でセックスに溺れるわけにはいかないため、時折こうしてラブホテルを使うようになった。
くしゃくしゃに乱れたシーツの上でほっそりと締まった裸体を晒す深春の身体に、薫はつう……と指先を這わせる。何時間も薫の怒張を飲み込んだままの深春の身体は、さすがのようにつらそうだ。白い肌はすっかり紅潮し、喘ぐように呼吸をしている。深春自身の放ったもので平らな腹はねっとりと白く濡れ、こちらを力なく見上げる眼差しには色香しかない。
「……かおる……いい加減に、しろよ……」
「もうおしまいにしたい? 僕はまだまだ、やれるのに」
「んんっ……ンっ……」
力を失っている深春のペニスを手のひらに包み込んで、軽く扱く。何度も何度も、無理矢理白濁を吐き出させられたそれを労るように。すると、腰をくねらせながらも、深春は何度もかぶりをふった。
「も、いやだ……っ、しんどいっつーの……」
「……そう、わかった。じゃあ最後に僕がイクまで、頑張って」
「っ……ンっ……!」
再び腰を振りながら、薫は深春の両乳首をつねりあげる。開かされっぱなしの長い脚が揺れるたび、ふたたびわずかに硬さを持ち始めた深春のそれもゆるゆるとしなった。
二、三度絶頂してしまうと、深春はもはや薫の言いなりだ。自我を失ったように腰を振り、自ら脚を開いてもっととせがむ。そうして煽られてしまうと、薫のほうも収まりがつかなくなってしまうのだ。
加えて、こうして強引なセックスに高じていると、時折深春の脳裏にフラッシュバックする映像。それに薫はいつも激しい嫉妬を感じてしまう。
以前は行為中の激しい興奮のあまり、触れ合っていても何かを『視る』ことはなかった。けれど最近は、薫のほうにも余裕が生まれてきたようで、身体を重ねている時、深春の記憶や感情が読めてしまう時がある。
珠生らと出会う前、女たちの家を点々としていた頃。深春は宿代替わりに若い身体を使っていた。
たまたま居着いていた女の家にいたヤクザものの男にも抱かれるようになり、しばらくその男にひどく気に入られていたことがあったという。
まだ中学生だった深春が、刺青だらけの中年男にいいようにされているという、見たくもない映像だ。荒んだ表情を浮かべながらも、突き上げられるたびに声を漏らして揺さぶられているところや、使い込まれた太い性器を頬張らされている深春の姿――そういう過去の記憶を、薫は俯瞰せねばならないのだ。
薫に抱かれていると、深春はその時のことを無意識のうちに思い出すのかもしれない。それが深春の本意ではなかったことにせよ、この身体に他の男が触れていたという過去を許せない。
深春が悪いわけではないのに。深春へ向けるべき感情ではないと分かっているのに、嫉妬のあまりセックスが荒々しいものになってしまう。
後でそれを謝れば、深春は全てを理解して許してくれる。毎回そうだ。
どうしてこんなひどい仕打ちを受けているのに、深春は薫を許すのだろうかと、いつもいつも不思議だった。
そんな深春の態度に、薫自身も甘えているのだと分かっている。許されるから、またレイプにも等しいような乱暴な行為をしてしまう。後から襲ってくるのは激しい罪悪感だが、深春はそれでも、薫を求めるのだ。
「ぁぁ……っ……イキそ……。深春、出すよ……っ」
「あ、あ、あ、……っ」
「ん、出る、でるっ……んんっ……! ハァっ……」
ひときわ強く汗ばんだ身体を抱きしめながら、薫は深春の最奥へと精を放った。最初はゴムをつけていても、途中からはつけることさえ忘れてしまう。または、嬌声をあげながら「ナマでいいから」と求める深春の妖艶さに負け、そのまま挿入してしまうこともしばしばだ。
今日もまた、後半はずっとナマだった。ずるんとペニスを抜き去ると、どろりと薫の体液が溢れ出す。
「……はぁ、……はぁっ…………」
どさ、と深春の隣に横たわり、薫は呼吸を整えた。こうして吐精し、その余韻に痺れていると、荒ぶっていた感情がようやく平静なものへと戻ってゆく。
ふと、肩に寄りかかる深春の重みを感じた。薫は顔をそちらへ向けて、深春の髪の毛にキスをする。
「……お前、マジでどんな性欲してんの……? 絶倫ってもんじゃねーだろ……」
「……」
抱いている時はあれだけ色っぽかったのに、終わってしまうと深春はいつもこの通りだ。そのあっけらかんとした一面に救われる想いもあるが、拍子抜けなところもあって複雑だ。薫は苦笑して、深春の肩を抱き寄せる。
「……そうかな……」
「なんか、身体も俺よりゴツくなってきた気がするし……」
「それは、まぁ……珠生さんや舜平さんに鍛えられてるから」
「まだまだ成長中なのか? はぁ……昔はチビっこくて泣いてばっかだったくせに、今は俺よりガタイ良いとか癪なんだけど」
「……はは」
深春と初めて出会った頃、薫はまだ13歳だった。あの頃は栄養状態も何もかもが劣悪で、今とは比べ物にならないほど貧相な体つきをしていたことは覚えている。
宮内庁の手によって祓い人の里が消失していなければ、今の自分はないだろう。
「俺ももっと鍛えねーとなぁ……」
「深春はそのままでいいよ。鍛えなくても強いんだし……」
「いやいや、筋肉はもっと欲しいけど? っつても、あんまつかねーけど」
「珠生さんも、細いのに強いしなぁ……」
「珠生くんに細いって言うなよ? ぶっ殺されんぞ」
「わ、わかってるよ」
嵌めたままの腕時計を見やると、時刻はもうすぐ21時だ。そろそろ帰らねば、柚子や亜樹に不審がられてしまう。
何かと行動が制限されてしまう身の上だが、薫は最近大学のそばにある本屋でアルバイトを始めた。学業、鍛錬、アルバイト、そして深春との時間。ここ最近の薫はとても多忙である。
けれど、深春が曲がりなりにも薫を「恋人」として見てくれていると分かるようになってからは、なんだか毎日安心できて、楽しいと思える。これまでの人生において、一番楽しい時期かもしれない。
「俺も週末は藤原さんと修行だ。やっとバリバリ動けるわ」
乱れ切ったベッドの上であぐらをかき、深春はベッドサイドに置いてあったタバコとライターに手を伸ばした。慣れた手つきで箱から一本タバコを抜き、薄く開いた唇に咥える。その動きも横顔も見惚れるほど様になっていてかっこいいのだが、薫はひょいと深春の唇からタバコを抜いた。
「ダメだよ、禁煙するって言ってただろ?」
「えー……いいじゃん一本くらい。ヤられたあとは吸いたくなんだよ」
「やられ……。だ、ダメだってば。呼吸にも乱れが出るって、藤原さん言ってたじゃないか」
「う……」
師匠である藤原の名を出すと、さすがの深春も弱い。深春はがしがしとうなじを掻き、「分かったって」と言ってタバコを置いた。深春は、藤原に陰陽術の修行をつけてもらっているのだ。
術を使いこなすためには、気の流れを知り尽くすことも大切だが、呼吸もまた大切なのだと、薫も高遠から教わった。薫もまた、高遠から陰陽道の指南を受け始めたところなのである。祓い人としての術を使い続けてもいいけれど、今後陰陽師衆のなかでやっていくためには、彼らの使う術を知らねばならない。そうでなくては、皆と連携が取れないからだ。
高遠は「君のアイデンティティを奪うようで、悪いね」と申し訳なさそうな顔をしていたけれど、薫はそれで構わないと思っている。祓い人であった過去など、もはや自分には必要ないものだ。故郷は滅び、かつて同じ里で暮らしていた人々も、もはや他人だ。いや、もともと他人だったのだ。
京都の地で生まれ変わりたい、人のために力を震える存在になりたい――薫はその意気込みをもって、高遠との修行に励んでいる。
名残惜しげにタバコを見つめている深春だったが、諦めたようにベッドから立ち上がる。そして「あー身体ベタベタ。シャワー浴びねーと」と、また色気のないことを言っている。
「うん、それにそろそろ帰らないとだしね。柚子さんたちが心配するね」
床に散らばった服を拾い集めながら、ソファの背もたれにひっかける。壁代りのようなガラスの向こうにはすぐ、ジャグジーつきのバスルームだ。
大きな鏡の前で、やや腫れた目元を覗き込んでいる深春の姿が見える。見惚れるほどに綺麗な裸体だ。
しなやかな背中に細い腰、そして小さく締まった尻から伸びる長い脚。外ではおしゃれでかっこいい大人をやっている深春が、快楽に溺れて理性を失ったり、甘えたりしてくれるようになった。自分にだけ見せてくれる淫らでかわいい一面をふと思い出すだけで、薫はひどく興奮する。
行為中にぽろぽろと涙を流しながら、「気持ちいい、もっと」と訴えてくれる深春の痴態を思い出し、薫はごくりと喉を鳴らした。
ゆっくりと深春の背後に歩み寄り、後ろから肩口にキスをする。鏡に映った薫の顔を見て、深春は自然な表情で微笑んだ。
薫は最近髪を切ったたため、富山にいたころよりもぐっと垢抜けた。ただ真面目そう、誠実そうと表現されていた顔立ちには男らしさが備わりはじめ、ここ最近は、女子学生たちから向けられる視線の種類が変わってきたように感じている。
鏡の中の深春はすこし眩しげに目を細め、腕を伸ばして薫の首を抱く。そしてそのまま顎を仰のかせ、薫の首筋にキスをした。
「なに? もっとしたいの?」
「……したいよ、いつでも」
「ははっ……すげーな、セックス覚えたての若者の性欲」
からかうような口調だが、深春の目はとても優しく、頬はほんのりと紅潮している。深春の瞳の奥にも自分と同じ微かな昂りを見て取った薫は、再び硬さを持ち始めた己の屹立を、ぐいと後ろから押し付けてみた。
ぴくん、と深春の肌が震え、表情に熱がこもる。薫は後ろから深春の耳に舌を這わせ、両手で細い腰をぐっと掴んだ。
「すぐ済ませるから、もう一回」
「……ははっ……もうそんな? やべーなお前」
「挿れたいな。……いい?」
「ん……ぁ」
薫の白濁で濡れそぼった孔に指を這わせると、そこがひくりと蠢く。物欲しそうに柔らかく収縮するそこに切っ先を充てがうと、鏡に写った深春が、細い唇を釣り上げて色っぽい笑みを浮かべた。
それを返事と受け取って、薫は再び、深春のナカを暴いてゆく。
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