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十四、選択肢※

 ——『やっぱ祓い人だな。おとなしそうな顔をして、腹ん中じゃ何を考えてるかわからない』  ——『沖野さんを襲ったように見えましたもんね。……あれじゃ佐為様も今後どう彼を扱うか悩まれるでしょう』  冷たいシャワーを頭から浴びながら、薫はついさっき耳を掠めた小さな囁き声を思い返していた。  琵琶湖上での戦闘訓練。  実際に氷牢結界を張った湖面の上で、珠生と深春が手合わせを行うことになった。  術式を行うのは舜平を除いた術者たちだ。  敦や佐久間といった経験豊富な現代人術者が中心となって術式を発動し、薫を含めた若手術者たち五人が手印を結んで霊力を注ぎ込む。  彼らとさほど親しくはなく、挨拶を交わす程度。その中には、深春との間に一悶着あったと聞いたことのある紺野千弦の姿もあった。  薫以外の四人は皆国家公務員で、薫よりは年上だ。普段は大学生をやっている薫の修行に付き合ってくれる少し先輩の彼らのことを、ここ最近になってようやく苦手と思わなくなってきていた。  だがそれは、社会人かつ年上の気遣いを見せていただけだったのだろう。  今日の戦闘訓練のあとにひそひそと聞こえてきたその会話の内容こそが、彼らの本音。  陽の下を歩む陰陽師衆の仲間になど、最初(はな)からなれているわけがなかったのだ。  + 「危ない!!」  彰の厳しい声が暗がりに響く。  湖面から鋭く突き上がった鋭い氷柱の先端が、珠生のシャツを掠めた。  珠生はさすがの身体能力で咄嗟にそれを避けて後退り、ひらりと後ろに一回転して氷上に膝をついた。  乱れた自分の呼吸音と、ざざっとざらついた氷の表面を擦るスニーカーの音が、いやに大きく薫の耳に響く。  必死で制御していても、霊力が不安定さを呈しているのは自分でもわかっていた。  ひとりで成せる術ならばともかく、こうして複数人で、文字通り力を合わせて行う術式が、薫はすこぶる苦手だった。  祓い人と陰陽師では霊気の波長が微妙に異なるため、彼らに合わせるだけでもかなりの精神力と集中力が必要だ。それなりに鍛錬は積んできたつもりだったけれど、こうしていざひとつの大技に複数人で取り掛かるとなると話は別である。  徐々に疲弊していることには気づいていたが、自分から「休みたい」と言えるような空気ではない。そもそも薫は、藤原の温情で陰陽師衆に加えてもらっているという立場だ。ここを追い出されてしまったらもう薫に行くあてなどはない。今この場面で情けない姿を見せるわけにはいかない——そう自分を追い詰めていた。  そんな気負いが仇となってしまったのだろう。  ふと気が緩んだ瞬間、必死で握りしめていた手綱がふと手を滑っていくような感覚にひやりとした。  その直後のことだ。  氷上で模擬戦闘を行っていた珠生と深春の間を引き裂くように、メキメキと軋んだ音を立てながら氷柱が歪に突き出した。  それはちょうど体術で拳を戦わせていた深春と珠生の双方を直に攻撃するように、鋭く尖った氷柱だった。  ふたりはそれを避けたものの、珠生のシャツは裂け深春は右腕にかすり傷を負った。  咄嗟に印を解いて氷柱はすぐに瓦解したけれど、その場に走った動揺は今も、薫の胸を捩じ切るように居座り続けている。 「薫?」 「あっ……深春」 「冷たっ……なにやってんだよバカ、いつまで水浴びしてんだ」  なかなか浴室から出てこない薫を心配したのか、深春がバスルームに顔を出す。そうして声をかけられて初めて、自分がずいぶん長い間呆然とシャワーを浴び続けていたことに気がついた。  今日も亜希と柚子は家を空けていて宮尾邸に薫と深春の二人きりだからか、時間の感覚が緩んでしまっていたらしい。  体は冷え切っているが、胸の奥が燻るように熱い。タオルで頭を拭いながら部屋に戻ると、深春がベッドに脚を組んで座っていた。  深春の腕に巻かれた包帯に吸い寄せられる視線を断ち切るように目を閉じて、薫は「本当に、ごめん」と頭を下げる。 「さっきも言ったろ、別に謝る必要ないって」 「でも……! 僕のせいでこうなったのは間違いないことだし」 「それはそうとして、いつまでもずるずる引きずんな。先輩も言ってたろ」 『力(りょく)暴走はよくあることだ。むしろ、氷柱で不意打ちができるのならその能力を伸ばすべきだ』——と、彰は言ってくれた。  危険な目に遭ったのに、珠生もまた『なにあれすごいじゃん、どうやったの?』と目を輝かせていたものだったが……。  ——気を遣われたのはわかってる。本当に申し訳ないし、他の術者の人たちにもああ言われて当然だ。  不甲斐ない自分がいやになる。ここで力を発揮できなければ、薫にはもはや居場所がないのだ。  徐々に陰陽師衆のなかで力を認められつつある深春とともにこの場所にとどまれたなら、”祓い人”という穢れた過去を捨てて、新たな自分になれると思っていたのに……。  ——僕はまたひとりになるのか。祓い人としても認められなかったし、かといって陰陽師衆に属せるとも思えない……。  どちらにもなりきれない。霊力を持ちながら、この力を使いどころがわからない。  何もかも中途半端な自分が情けなくてたまらなかった。 「……深春。僕、この任務から外してもらおうかと思ってる」 「えっ? なんでだよ」 「駒形は絶対に捕まえないといけない。今、陰陽師衆の人たちはすごく重要な局面にいると思うんだ。それを僕が邪魔するわけにはいかないよ」 「……」 「僕がいたら、あの人たちの士気にも関わると思うし。……今回は、僕がいないほうがいいと思うんだ」  ベッドに腰掛けた深春は、無表情のまま薫を見上げている。  情けないことを言って怒らせただろうか。失望させてしまっただろうか……。そう思うと足元が抜け落ちそうなほどの不安がぞわぞわと這い上がってくる。  そして同時に気づいてしまう。  結局、自分はいつだって何かに寄りかかっていなければ、この場に立ってさえいられないのだと。  能力においても、人間関係においても、薫には自分自身で立っていられるだけの軸がない。  俯くと同時に、水気を含んだタオルがはらりと床に落ちる。いたたまれなさに耐えきれず、薫は踵を返して深春の目の前から立ち去ろうとした。  だがそのとき、ドアに向かった薫の背中に深春がぎゅっと抱きついてきた。  思わず足を止めた薫の背後で、深春が大きくため息をついた。 「ったくお前は……いつまでうじうじしてんだ。いい加減にしろ」 「っ……で、でも」 「薫、いい加減開き直れ。図太くなれよ」 「え……?」  首だけ動かして、背中にくっついている深春を見下ろす。深春は上目遣いにじっと薫を見据え、強い口調でこう言った。 「いいか。お前はどう足掻いたって祓い人だ」 「それは……そうだけど。でも」 「お前だけじゃない。俺の過去のやらかしも消えない。うまくやってるように見えるかもしれないけど、今も俺のこと嫌ったり怖がったりしてる奴はたくさんいる。……でも、それはどうしようもないことだ。他人の気持ちは変えられねーしな」 「……」  深春の声が、直に身体を伝う。薫はじっとしたまま、小さくひとつ頷いた。 「……わかってる」 「お前は真面目過ぎるんだよ。いいか、陰陽師衆と同化しようとするな。最初(はな)から、俺たちとあの人たちは血が違うんだ」 「血……」 「一員になろうとか思わないほうがいい。つか、思うな。ただ同じ目的があって一緒に訓練をしているだけ……くらいの考えでいろよ」  深春のいいたいことはわかるが、果たしてそれでいいのだろうか。薫はこれからもずっと、陰陽師衆に協力してこの力を振るっていきたいと考えていた。それしか生きる道はないとさえ思っていた。  だから余計に、駒形の一件が済んだらここを離れろと言わんばかりの深春の言葉に戸惑ってしまう。  すると深春は、薫の背に額を埋めながらこう言った。 「言っとくけど、俺はただの民間協力者だ。普段はアパレルで働くただの人間。有事の際だけ協力してる」 「……うん」 「お前もそうなればいいじゃん。普通に就活して、どっかで働いて、こういうことがあれば協力する。何を重く捉えてんのかわかんねーけど、お前にはそうやって生きる自由もある。ほかの選択肢だっていくらでもあるんだからな」  ——自由……。  深春の言葉にはっとする。  藤原に京都に呼ばれた。期待してもらえたことが嬉しくて、その期待に応えようとここまで努力してきた。期待されることなどこれまでの人生で一度もなかったから、どうにかして藤原の意に添いたかった。  珠生や舜平たちは薫を受け入れてくれているように思えたし、それがすごく嬉しかった。だからもっと頑張ろう、頑張ろうと思っていたが……やる気ばかりが空回ってしまい、まるでうまくいっていない。  もどかしくて、しんどい。  あの場に馴染めず、期待に応えられないことが心苦しい。そんな感情ばかりが積もりに積もって、薫は術自体に集中することができていないのだ。  その葛藤が伝わっているらしい。薫の背に触れる深春からは、言葉通りの感情が流れ込んでくる。  薫に呆れてもいるが、それ以上に、薫の足掻きを我が事のように気を揉んでいる深春の感情が読み取れた。  薫を試すために過去のセフレとホテルに行ったことをわざわざちらつかせてきたときのことが嘘のように、深春には裏表がなくなった。  胸の前に回された深春の腕に手を添えて、薫はふっと微笑んだ。 「……ありがとう、深春。ちょっと気が楽になった」 「ったくお前は、いちいち重く捉えすぎなんだよ。真面目すぎんのも大概にしろ」  ——自由と、選択肢……か。  つらいなら、少し距離を取ればいい。そういう選択だってあるのだ。  視野が狭くて、ひとつの物事にとらわれがちな自分の癖に気づいた薫は、ようやく目の前が少し開けたような気持ちになった。 「うん……そうかも」 「それにさ、お前には、お前にしかできないことがあんだろーが」  ——僕にしかできないこと……。  思い当たることはある。  陰陽師衆とは違うやり方で、駒形司を捕縛する術(すべ)。だが、それを陰陽師衆らとの共闘で使ってもいいのかどうか……。  思案する薫の前に回り込んできた深春が、伸び上がって唇にキスをしてくれた。  不意打ちの口づけに驚いて目を丸くしていると、深春は薫の首にしなやかな腕を回し、唇の片端を持ち上げてニヒルに笑う。 「……なぁ、セックスしようよ」  いつもながらストレートすぎる誘い方だ。ストレートすぎて、一瞬何を言われているのか分からなかった。  だが、ワンテンポ遅れて誘惑されていることに気づく。なんだか妙に照れてしまい、薫は赤面しつつ「う、うん」と頷いた。 「なに? なんで今更照れてんだよ」 「い、いや……いきなりすぎて」 「ここんとこ、お前いっつも悩んでるから遠慮してたんだ。俺は欲求不満なわけ」 「ご、ごめん」  深春の腰に手を回し、謝りながら額に唇を寄せる。後頭部に回った深春の手に導かれるまま唇同士が深く触れ合うと、あっという間に薫の身体には火が灯る。  深春の柔らかな口内に舌をねじ込めば、待ち侘びたように熱いそれが絡まってくる。舌を吸い、熱く熟れた粘膜を思う様舐めくすぐりながら細い腰をぐっと引き寄せる。  すると深春は、あっという間に昂って硬さをもっている薫の分身に、あざとく腰を擦り寄せてきた。 「ん……深春……」 「はは、ちょっとキスしただけでコレ? お前、本当にチョロいのな」 「う、うるさいな」 「怒んなよ。可愛いって言ってんの」 「あ」  する……と風呂上がりのハーフパンツの中に深春の手が忍び込み、簡単に興奮をあらわにする薫の屹立に触れてきた。深春は濃厚に舌を絡ませながら薫の雄芯をいやらしく扱いてくる。  とろとろと先走りが溢れ性感が増していくと、ひと擦りされるだけでつい声が漏れそうになってしまう。  恥ずかしさをごまかすために、薫は半ば強引に深春をベッドに押し倒した。 「うわ……っ、びっくりした」  そう言って怒ったような顔をして見せるも、深春はすぐにまた色香の溢れる笑みを浮かべて、自らするりとズボンを脱ぎ捨てた。  薫の雄を盛らせながら自らも興奮を得ていたのか、深春のそれもすでに勃っている。  しかも、自ら自分の膝頭を掴んでゆっくりと脚を開き、いつも薫を飲み込む小さな後孔に指を這わせるのだ。  あまりにいやらしい絵面だ。薫はごくりと固唾を飲み、深春の上に覆い被さった。 「……すぐ挿れていいよ。たっぷりローション仕込んどいた」 「そ、そんなことまで?」 「セックス大好きなこの俺が、お前に気ぃ遣ってどんだけ我慢してたと思ってんだよ。……ほら、早く」 「う……」  すでにとろみを帯びたそこを、くぱ……と指で押し開き、深春は唾液でとろめいた唇を自ら舐めた。  こんなにも暴力的なまでに淫らな深春の姿を前にして、抗えるわけがない。  薫はすぐさまズボンを引き下げ、前戯なしで深春のそこを貫いた。  狭さはあれど、抵抗なくずぷん……と薫の肉棒を根元まで受け入れた深春が、「あぁ、っ、んん———……ッ!!」と四肢を痙攣させ、ぎゅううっと内壁で薫のペニスを締めつける。  挿れただけで達してしまったらしい。深春はびく、びくっと全身を震わせながら硬く目を閉じ、シーツを握りしめた。 「ん、すげ……っ……はぁっ……」 「っ……ぁあ、深春っ……」 「は……最高。なぁ、もっと奥まで突けよ。……乱暴に、して」 「いや、でも」 「薫……」  Tシャツを掴んで薫を引き寄せた深春からキスをせがまれ、また舌を絡ませあう。くい、くいと下から誘うように腰を上下する深春の動きに煽られる。 「……なぁ、ぐっちゃぐちゃに犯してよ、俺のこと。ストレスたまってんだろ?」 「っ……また、そんなこと言って……」 「俺、お前にぐずぐずにされんの好き。なんか全部忘れられる感じする」 「僕はそんな酷いことしてるかな……。いや…………してるか、ごめん」 「いーんだよ、俺相手なら。……ほら、やれって。薫も気持ちよくなりたいだろ?」  キスの隙間で薫を誘惑する深春の妖艶さには抗えない。  体勢を変えようと唇を離すと、互いの唇から唾液が伝う。濡れた唇で深春は笑い、横たわったまま器用にTシャツを脱ぎ捨てた。  ツンと勃った乳首を舐め転がせば深春がどう善がるのか、中がどう締まるのか知っている。そのときに与えられる快楽で脳が痺れ、腰が溶けそうになることも。 「ぁぁ……っ……!!」  深春の腰を荒々しく掴み、無遠慮に腰を叩きつける。パン、パンッ!! と肌がぶつかり合う音を敢えてのように響かせながら、深く猛々しく突き上げるたび、深春は人形のように揺さぶられながら甘い声を漏らした。 「ぁんん、んっ、ぁ、かおるっ……! ンっ……ぁ、はぁ……っ」 「は……はぁっ……ああ、イイなぁ……深春の、ここ」 「ん、んっ、んぅ……ぁ!」  ——深春のいいたいこと、わかるかも……。  痺れるような快楽に身を委ねていると、確かに何もかもがどうでも良くなってくる。  深春はこの世で一番大事な人なのに、煽られるままこんなにも手荒に抱いてしまう。だが深春の身体はそうされることで悦んでいるようで、熱くとろけながら薫の雄芯を締めつけるのだ。 「ぁ、あぁ……ん、イク、イク……っ……!!」  やがて深春の瞳からは理性が消え失せ、ただ本能の赴くままに快楽を貪るように全身をくねらせる。それに呼応するように薫もいっそう激しく深春を突き上げ、求められるまま中に吐き出す。 「……深春……好きだよ。……はぁっ……僕に抱かれてるときの深春、すごくかわいい」 「ん、っう、ぐ……はぁっ……、あ、あっ……」 「好き、好きだ。……愛してるんだ、深春……っ」  愛しい相手と身を重ねていられること自体が、薫にとっては奇跡に等しいことだ。痺れた頭でもわかる。深春が薫にとっての唯一無二だと。  ——僕の未来がどうなるとしても、深春のことだけは絶対に離せないな……。  深春をうつ伏せにベッドに押しつけ、濡れた双丘を両手で掴んで剛直を叩きつけながら、薫は何度でも深春に愛の言葉を刻み込む。 ˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚˚✧₊⁎⁎⁺˳✧༚✩⑅⋆˚ いつもお付き合いくださり、誠にありがとうございます。進みが遅くてすみません汗 2024年も大変お世話になりました。 皆さまよいお年をお迎えくださいませ〜! 餡玉

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