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四十五、交わり

「珠生とは、もうやったの?」 「は、はぁ?! 何ふざけたこと……」 「僕は大真面目だよ。珠生のこと、もう抱いたのかって聞いてんの」  本当に大真面目な表情でそんなことを言う彰を相手に、舜平は首を横に振った。 「何にもしてないの? キスも?」 「いや、それは……した」 「そう。珠生の反応は?」 「……反応って」 「嫌がった? 嫌がらなかった?」 「い、嫌がらへんかった……と思う」  今までに何度か交わしたキスを思い返すだけで、舜平の胸は高鳴った。彰は少しの間珠生の顔を見下ろしていたが、ふと額から手を離し、腰を下ろしていたベッドから立ち上がる。 「舜平、珠生を抱くんだ」 「……えっ」 「分かるだろ? そうすれば、すぐに珠生の気が高まる。そうすれば、こんな傷なんて一瞬で治るんだよ」 「いや、でも……」 「何を今更恥ずかしがってんだよ。何度も夢で見たんじゃないの? 君たちは、」 「ああ見た! 見たけど……。けど、こいつは……千珠とは違う」 「何言ってんの。この子は紛れもなく千珠の未来だ。放おっておくと、珠生はこうしてずっと苦しむんだぞ?この子には親だっている、あの穏やかそうな父親が、こんな状態の珠生を見たら、一体どう感じると思う?」 「……」  各務健介の笑顔が脳裏をよぎる。血みどろになり、傷つき、目を覚まさない珠生の姿を見たら、彼はきっと卒倒してしまうだろう。  舜平は黙り込んだ。  ――今の俺に、あの頃のような術が使えるのか……? 「君だって、抱きたいんだろ? 珠生を。ずっと我慢してたんじゃないの?」 「そ、そんなこと……!」  舜平は思わず立ち上がった。彰はどこまでも真面目な顔で、舜平を見ている。 「君が珠生との関係のことをどう考えているのかは分からないが……君が望むことは、珠生のためになることだ。それだけは言っておくよ」 「……」  舜平は目を閉じている珠生を見下ろした。顔色は戻ったとはいえ、その顔色は紙のように白い。元々色が白いから、尚更だ。  黙っている舜平を見つめつつ、彰はぽんとその肩を叩く。そして医務室のドアの前で舜平を振り返った。 「人払いをしておくよ。あとは君に任せる」 「……」  彰は静かに扉を閉めて、廊下を去っていった。  舜平は、珠生のベッドに腰掛けてじっとその寝顔を見つめた。規則正しく上下するTシャツの胸元は、血でべっとりと汚れていて痛々しい。  ――こんな姿で、家に帰せへんな……。でも、でも……。 「寝てるこいつを犯すような真似なんか……」 と、舜平は困り果てて呟いた。 「……起きてたらいいんですか?」  珠生の掠れた声がして、舜平は仰天した。思わずベッドから滑り落ちそうになる。 「あ、お前……起きたんか」 「……途中から、意識は戻ってました。なんか言い争ってたから……」 「別に喧嘩してたわけじゃないねんけど。……どうや、身体は?」 「ん……力が入らなくてあちこち痛いんです。何でかな……」 「草薙に刺激されて、急激に千珠の妖力が戻ったことで、内臓にダメージ食ろうてるらしいわ」 「……それって、入院とか、手術とかで治るレベルですか?」 「いや……その……」  舜平が口ごもると、珠生は大きな目で舜平を見上げて、言った。 「舜平さんが俺を抱けば、治るんでしょ? 昔、千珠にそうしていたみたいに」  珠生の言葉に、舜平はまた驚いた。それも聞いていたらしい。  舜平は手を伸ばして珠生の頭を撫でながら、尋ねた。 「お前は、どうしたい? ……そうなっても、ええんか」 「……そんなこと聞かれても、困る……けど」  珠生は目を閉じて、口籠りながらそう言った。舜平は、ふっと微笑む。 「それもそうやな」  珠生が目を開くと、二人の視線が絡んだ。  舜平はゆっくりと身を屈める、珠生の髪に触れながら、唇を重ねようと顔を近づけた。すると舜平の唇を、やんわりと珠生の指が押しとどめた。 「あの……舜平さん」 「ん……?」 「喉が、乾いた」 「ああ……そうか」  珠生は確かにさっきから掠れ声で、唇もかさかさに乾いている。身を起こして医務室内を見回すと、舜平の目に小さな冷蔵庫が映り込む。そこに収まっていたミネラルウォーターを取り出すと、舜平は珠生のもとへ戻ってきた。 「ほれ、水や。飲めるか」  と、ペットボトルのキャップをひねって開けてやり、珠生の口元に近づける。珠生は手を持ちあげようとするものの、力が入らないのか、だらりとその手はベッドに落ちた。 「……飲ませてください……」 「……ん。ああ、ええよ」  珠生の潤んだ瞳に見上げられ、舜平は赤くなりながらそう言った。珠生は弱々しく微笑むと、薄く唇を開く。  舜平はペットボトルの水を自分の口に含み、そして、珠生と唇を重ねた。唇から漏れた水が、珠生の頬を伝う。舜平は白い頬を流れる一筋の水を、唇で舐めとった。 「もう一回……ください……」  珠生は目を細めて、濡れた赤い唇でそう呟いた。舜平は言われるままにもう一口水を含むと、珠生の唇にそれを流し込む。こく、と小さく動く珠生の喉と、唇から漏れる熱っぽい吐息が、どうしようもなく舜平を煽った。  ――珠生が欲しい。  突如として湧き上がる激情に背中を押され、舜平はベットボトルを手放して、珠生と指を絡めると、深く深く唇を重ねた。ペットボトルが床に転がる音、ミネラルウォーターが床に滴る音、水と唾液で湿った二人の唇が重なりあう淫靡な音が、医務室の中に響いた。  柔らかく絡み付いてくる珠生の唇は、たまらなく舜平を誘う。  舜平はベッドに上がって珠生を組み敷くと、何度も何度も深く唇を重ねた。少し汗ばんだ熱い肌を指先で、手のひらで、優しく優しく愛撫する。 「……あっ……はあっ……」  珠生が息を漏らす。舜平は珠生の目を、真っ直ぐに見下ろした。薄茶色の瞳が、涙で潤んで揺れている。そんな表情も、舜平を突き動かす。 「……珠生……」 「んっ……。あっ……」  首筋を這う舜平の舌と、Tシャツから侵入してくる舜平の熱い指が、珠生の肌を淡く撫でる。 「あっ……しゅ、舜平さん……」 「……ん?」  ズボンに舜平の手がかかったことで、珠生はかすかに抵抗の色を見せた。それでも、舜平に耳や首筋を責め立てられてしまえば、大した抵抗は出来ないのである。 「待って、おれっ……はぁっ……、」 「ええから。今は何も考えるな」  ズボンと下着を抜かれ、Tシャツをまくり上げられ、珠生の白い肌が少しずつ暴かれていく。屋外の曇天の光のみが照らす薄暗い医務室の中でも、その白い肌は艶やかに光を湛えるように、美しい。 「……きれいやな、お前は……」 「……やめてください……そんなこと、言うの……」 「珠生、力抜け。……すぐ、楽にしてやるから」  耳元でそう囁いてやると、珠生の身体がびくっと跳ねた。頬を真っ赤に染め、ぎゅっと目を閉じた珠生の顔を見下ろして、舜平はちょっと微笑む。 「お前、耳、弱いんやな」 「あんっ……やめ……っ」 「ええ声や、珠生……もっと、聞かせてくれ」  閉じられた長い睫毛に、涙が光る。  舜平は狂おしく昂った欲情をぶつけるように、珠生を強く強く抱きしめた。それでも、彼を壊さないように、優しく丁寧に。 「はぁっ……あ、舜平さ……ァ、っ」 「珠生……守ってやれんで、ごめんな。俺が、ちゃんと治してやるから……」 「ん、んっ……ぁん、舜……っ、」  珠生の声が、舜平の意識を破壊していく。  熱を持った二人の身体が、絡みあう。  窓の外では、再び雨が降り始めた。  しかし、薄暗い廊下の窓ガラスを叩く雨の音は、激しく交わり合う二人には届かない。

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