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五十二、恐怖
「な、に……?」
真壁の口で千珠の名を呼ばれ、珠生は目を見開いた。真壁はべろりと舌なめずりをすると、つかつかと珠生に近寄り、その顎を掴んだ。
その指に容赦はなく、みしみしと骨が悲鳴を上げるほどに、珠生の細い顎を掴んだ真壁はじっと珠生の目を覗きこむ。
「……っ! お前……!」
珠生は両手で真壁の腕を外そうとしたが、その筋肉質な腕はびくともしない。間近にある真壁の目の中に、あの紫色の光を見つけた珠生はぞっとした。
佐々木猿之助の……術なのか? あいつが中にいるのか?
「えん……のすけ……か」
「あの方の名を口にするなど、無礼なガキだ。……猿之助様は、お前を好きにしていいと仰った。さて、どう遊んでやろうか」
「ぐうっ……!!」
真壁は珠生の胸ぐらを掴み上げて身体を振り回すと、教室の真ん中へと放り投げた。がらがらと派手な音を立てて、並んでいた机が散らばる。痛みをこらえながら珠生が身を起こすと、取り巻きの二人が素早く珠生の腕をつかんでそのまま床にねじ伏せた。
地面に這いつくばされながらも、珠生は首を上げて真壁を見ようとした。夕日を背負った真壁の顔は影になって表情は見えない。しかし目だけが、ぎらぎらと紫色に光っている。
「お前を食えば……我らは力を得ると、あの方は仰ったのだ。くくく……美味そうなガキだ。それに、今のか弱げな姿も、なんと美しい」
「食う、だと? お前……誰だ!」
「俺は猿之助様の軍勢が一人 、清水保臣 。黄泉の国から呼び戻していただいたのだ。再びあのお方とともに都を滅ぼさんとするためにな」
真壁は大きく足を開いてしゃがみこみ、珠生の顔を覗きこみながらにやりと笑った。その下卑た表情に、珠生は見覚えがあった。
「……お前、佐為に殺された……!」
「そうだ。せっかくお前を弄んでやろうと思っていたのに、佐為のやつが裏切った。ふふ……そうさ、蘇ったのだ。あの時の恨み、存分に晴らさせてもらうぞ」
珠生はぞっとした。あの時、清水保臣は千珠を術で縛り付け、その身体を狙っていた。あの時は佐為に助けられたけれど、今ここに斎木先輩はいない。珠生の全身から、血の気が引いていく。
「……やめろ」
「お前ら、しっかり押さえてろよ」
「はい」
「俺が済んだら、お前らも好きにしていいぞ」
真壁はさも嬉しげに笑うと、珠生の髪をぐいと掴んで顔を無理やりに上げさせる。理不尽な痛みに、珠生は顔を歪めた。
「……千珠どのもお美しかったがな、お前もなかなか色気のある顔をしているではないか。興奮するねぇ」
「……」
取り巻きの二人は、うつ伏せに押し付けていた珠生の身体を持ち上げると、そのまま仰向けにさせて床に押し付けた。両手を拘束する大柄な男たちの腕は、珠生がもがいてもびくともしない。
「い……いやだ! やめろよ!!」
「お前はまだ、あの子鬼の力をうまく使えないらしいではないか。今のうちに潰してしまえと猿之助さまは仰っている。……草薙をお前に奪われたこと、お怒りなのだよ」
「草薙は、猿之助のものじゃない……!! 身勝手なこと……あっ」
真壁の手が、珠生のシャツにかかった。片手でボタンを全て引きちぎり、カッターシャツ下に着ていた白いTシャツも引き裂かれてしまう。
「……やっ、やめろ!!!」
珠生は自分に覆いかぶさろうとしている真壁の腹を、思い切り蹴った。自分のどこにそんな力があるのか分からなかったが、真壁は苦悶の表情を浮かべて後ろに飛び、倒れていた机をいくつかはじき飛ばして倒れ込む。
これは……この力は……。
もし、あの時みたいに宝刀を呼び出せたら、こいつらのことも斬り伏せることができるんじゃ……!
でも、でも……この肉体は真壁美一のものだ。この身体を斬れば……殺人になる。
珠生は混乱した。どうしたらいいか分からない。
真壁はゆらりと立ち上がり、つかつかと歩み寄ってくると、珠生の脇腹につま先をめり込ませ、思い切り蹴りあげた。
あまりの激痛に声も出せず、珠生は身体を折って呻いた。しかし、すぐに再び取り巻きによって、床に押さえつけられてしまう
「っ……くそ……!」
――痛い……どうしたらいい。どうしたら……こいつらを……。
「調子に乗らないほうがいいぞ。お前といい佐為といい、俺を馬鹿にしやがって……ぐっちゃぐちゃに犯してやるからなぁ!!」
保臣は急にぞんざいな口調になると、珠生のズボンのベルトに手をかけた。珠生の表情が強張る。
「……いやだ、やめろ……!!」
「もっといやがれ、怖がれ」
保臣はにやりと笑い、珠生の上に馬乗りになると、ぐいと顔を近づけてきた。間近に迫る真壁の大きな目が、すっと細まる。
「やっ……! いやだ! いやだ!!」
「五月蝿いガキだ」
真壁はそう言うと、珠生の顎を掴んで無理やりに唇を重ねた。顔を背けようともがく珠生の首を片手で締め上げながら、強引に舌を割込ませてきた。
「んっ……! んんっう!!」
真壁は珠生の口の中をさんざん舌で犯すと、そのまま耳や首筋をべろりと舐め上げた。珠生の肌にぞっと鳥肌が立つ。
――気持ち悪い、気持ち悪い……いやだ、いやだ……!!
焦る気持ちとは裏腹に、身体は押さえつけられて動けず、首を締め続けられているため意識も遠退き始めている。卑しい吐息を撒き散らしながら珠生の身体を味わう真壁の手が、珠生の下半身にかかった。
「や、やめろ!! いやだぁああ!!」
「お前ら、口塞いどけ。……その声、聞けないのは残念だがな。男のくせになんと美しい肌だ」
真壁は取り巻きに口を覆われている珠生を見て、またにやりと笑った。
ズボン越しに、珠生の身体の中心を弄び始めた真壁の呼吸が徐々に早くなる。
「んんっ!! んんん!!」
「あぁ……もう我慢ならん。すぐにでもぶち込んでやろう」
真壁は珠生の下着ごとズボンを下ろすと、顕になった白い身体を見て目をぎらつかせた。そして自らもベルトに手をかけ、そそり立った逸物を取り出すと、にやりと愉しげな笑みを浮かべる。
ほとんど裸にされてしまった珠生の目から、涙が溢れた。
腕を押さえつける二人の取り巻きも、卑しく笑いながらそんな珠生を見下ろしている。
――いやだ……こんなの、嘘だ!! なんだよこれ、何でこんなことに……!! いやだ、こんなの、いやだ……!!
助けて、助けて……舜平さん……! 斎木先輩! 湊!
誰か……助けて!! 舜平さん……!!
怖い……!!!
「うわあああああ!!!」
珠生の身体から、青白い光が迸った。同時に、美術室の窓ガラスが全て粉砕し、散らばって倒れていた机や椅子も凄まじい勢いで弾き飛ばされ、激しい音を立てて壁にめり込んだ。そしてまさに今から珠生を犯そうとしていた真壁や取り巻き達の身体も同様に壁に激突し、ぐしゃりと鈍い音を立て、そのまま壊れた人形のように床に崩れ落ちた。
珠生は涙を流しながら、ゆっくりと四つ這いになり、うっそりと目を見開いた。その目は、赤く、どろりと濁っている。
――身体が熱い、呼吸が苦しい。
「ううううう……ああうぅう……」
珠生は床に手をついて、胸をかきむしった。
――苦しい……息が、できない……。舜平さん……舜平さ……ん、たすけて……。
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