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五十五、甘い時間

「ちょっとは落ち着いたか?」 「……はい」  シャワーを浴びて、備え付けのバスローブを身につけた珠生は、キングサイズのベッドではなく、その傍らに置かれた三人がけの白いソファに腰を下ろしている舜平の隣に、おずおずと腰を下ろした。思っていたよりもシンプルな作りの部屋で、薄暗く青い照明が、今は不思議と珠生の心を落ち着かせる。  舜平は力なく隣に座り込んだ珠生の肩を、すぐにぎゅっと抱き寄せた。  珠生は舜平にもたれかかったまま、ぼんやりと目を開いて、じっと空を見つめている。 「何で……舜平さんに触られるのは平気なんだろうな……」 「……」 「すごく……気持ちが悪かったのに……」 「……珠生。もうあんなこと、させへんから」 「そんな怖い声、出さないでください。俺は、もう大丈夫……」 「くそっ……!」 「何で舜平さんが苛々するんですか?」 「苛々してへん。悔しいだけや。あんなやつらに……お前がこんな目遭わされて」  舜平は珠生の頬を手のひらで挟むと、虚ろな瞳をじっと見つめた。そうしているうちに、徐々に珠生の目に生気が戻ってくる。  舜平に見つめられると、身体に生気が戻ってくるような気がした。舜平の手の熱さが、怯えのせいで強張った珠生の心を解きほぐしていく。ほんのりと朱に染まりゆく珠生の唇が、不意に、ためらいがちに動いた。 「……舜平さん、早く、今日の記憶を、塗り替えてくれませんか……?」 「え?」  珠生はぎゅっと舜平のTシャツを握りしめて、その胸に顔を埋める。 「早く俺のこと……抱いてくれませんか」 「珠生……」  珠生は顔を上げて、舜平を見上げた。眉根を寄せてつらそうに自分を見上げる珠生の顔は、心臓が跳ね上がるほどに色っぽかった。  舜平は何も言わずに、珠生の唇をふさいだ。Tシャツを握りしめる珠生の手を包み込み、優しく優しく、珠生の唇をついばんで潤してゆく。包み込んだ珠生の手は細く、冷たい。微かに震えるその手を利き手で温めつつ、左手を珠生の背に回してぐいと引き寄せた。  更に深く重なった二人の唇から、熱い吐息が漏れる。  舜平は珠生の肩からそっとバスローブを滑らせると、ゆっくりと珠生をソファに横たえ、慈しむように珠生の唇を愛撫すした。  珠生の上半身が青い照明の中、白く浮かび上がる。  舜平は珠生の首筋に顔を埋めて、肩口に唇を滑らせる。その度に微かに震える珠生の様子を気遣うように、舜平は顔を上げ、静かに声をかけた。 「……怖い?」 「ううん……そうじゃ、ない」 「震えてる」 「……気持ち、いいから……」  珠生の潤んだ大きな瞳に、理性を持っていかれるようだった。舜平は自分のシャツも脱ぎ捨てると、珠生を抱き上げて自分の上に座らせた。ソファに座った舜平にまたがるような格好になった珠生は、自分より少し下にある舜平の目を見つめ、そして、自分から唇を重ねる。 「ん……っ」 「上手やで、珠生……」 「ぁ……っ」  しばらく舌を絡めあった後、舜平は珠生の顎から首にかけて舌を這わせた。そして今度は珠生の背を支え、白い胸を飾る紅色の尖を舌で愛撫しはじめた。途端に、珠生の身体が大きく跳ね上がる。 「あっ、あ……っ」  あまりの刺激に驚いてしまったのか、珠生は舜平から身体を離そうとして腕を突っ張った。舜平はその手をまた握りこむと、逆にぐいと引き寄せて、執拗なまでに珠生の胸を虐めた。そのたびに、珠生は何度も身体を震わせて甘い悲鳴をあげる。 「お前……ここも弱いんやな……」 と、舜平がつぶやく。 「ん、んっ……あ、ぁっ」  舜平はそのまま、珠生をソファに押し倒す。真っ白なソファの上で、すべての肌を晒した珠生を、舜平はじっと見下ろした。 「……きれいやな、お前は」 「……昔と同じ事、言ってる」 「はは、せやな」  舜平はちょっと笑って、珠生に口づけた。お互いの唾液で濡れた唇のねっとりと絡み合う感覚が、身体の深くに熱をともすようだった。 「はっ……あ……しゅん、ぺいさん……」 「ん?」 「そんなに強く……触らないで、くだ……さっ……」  珠生の中心を手で愛撫していた舜平は、手を止めた。珠生のものはすでに硬くなっていて、少し触れただけでも破裂していしまいそうだった。 「ほな、これでどうや?」  舜平は珠生をソファに寝かせたまま、頭を下げて珠生のものを口に含んだ。 「あっ……ん! ちょっ……やだ……やめっ……!」  珠生の力ない抵抗に抗い、舜平は舌で珠生を愛撫し続けた。いやらしい水音を立てながら、硬く張り詰めていく珠生のそれを、思う様口のなかでねっとりと愛してやる。  珠生は自分の脚の間に顔を埋めている舜平を見下ろした。内側から高まりゆく快楽の波に飲み込まれそうで、何かが弾けてしまいそうで、恐ろしかった。それでも、舜平から与えらえる強烈な快感には抗えない。珠生は顎を仰のかせ、無意識のうちに腰を揺らしながら、声を立てて喘いだ。  そんな珠生を見上げて、舜平は少し唇をつり上げる。 「あっ……も……だめっ、だめ……!」  珠生の手が、舜平の肩をぐいぐいと押した。汗ばんだ珠生の身体が、震える。 「や……もう……俺……あっ……!!」  舜平の口の中で、珠生の体液が迸る。それでも動きを止めない舜平に、珠生は背をのけぞらせて声を上げた。 「やっ……離してくださ……っ」  全てを飲み干した舜平は、ようやく珠生を解放して、身体を起こした。  打ちひしがれたような顔で舜平を見上げる珠生を見下ろして、舜平は微笑む。 「ごちそうさま」 「えっ……飲んじゃったんですか……?」 「ああ。そうや」 「そんな……」  珠生は顔を真赤にして、顔を背けた。舜平はそんな珠生の頬に触れて、ぐいと自分のほうを向かせた。 「どうしたん、恥ずかしいんか?」 「……だって……」 「気持よかったんやろ?」 「……そんなこと……言わせないでください」  珠生は泣きそうな顔でそう言った。珠生のそんな表情に、舜平の興奮がさらに高まる。  少し強引に、珠生と舌を絡めた。容赦のない舜平の攻めに、珠生は意識を失いそうだった。舜平の手が、珠生の内腿を撫で上げ、白く長い脚を持ち上げる。  その体勢の後、何をされるのかということは、前回の経験で分かっていた。それでもやはり、まだまだそういうことに不慣れなせいで、腰がひける。 「もっと脚、開け……珠生」 「でも、俺……んっ……」  再び硬さを持ち始めている珠生の身体に触れて、舜平は婉然と微笑む。そして、珠生を抱き上げてベッドに運び、みずみずしい裸体の上に四つ這いになった。   「……忘れさせてやる、全部」   +   + 「うん……あっ、あ、っん! しゅん……ぺいさん……あっ、はっ……」  ゆっくりと腰を振る舜平の首に腕を巻きつけて、珠生はぎゅっとその筋肉質な身体にしがみついた。  もう、脳も身体も何もかも、溶けてなくなってしまいそうなほどの快感だ。意識を失いそうなほどに、熱烈な……。  舜平も、珠生の華奢な身体を抱きしめて、ただ本能のままに腰を振っていた。ふたりの吐息、ぶつかり合う肉の音と、結合部の擦れ合う濡れた音だけが、広いベッドの上で弾けている。 「たまきっ……珠生……っ……」 「ぁ、あっ、ン、やっ……あ、ん」  ――めちゃくちゃ、いい。なんなんやろ、こいつの身体は……。  舜平は珠生を抱き上げると、自分の上に座らせた状態にして、下から激しく突き上げた。珠生の小さな悲鳴が、肌を通じて身に響いてくる。 「やっ……あン! こんなの……だめ、だめ、ぁ、あっ……!」  珠生の汗ばんだ肌に頬を寄せ、舜平は珠生をいじめ続けた。自分の首にしがみついて悶える珠生が、愛おしくてならなかった。  珠生の声は麻薬のようだ。耳元で響くその声に、舜平の本能はさらに猛りを増し、怒張がさらに張り詰める。 「あっ……もう……いくっ……! イクっ……!」  更に激しく珠生をかき抱くと、舜平は珠生の中で果てた。珠生も、何度目かもわからない絶頂の中で、ビクビクと体を震わせている。  汗ばんで艶めく珠生の白い肌は、まるで真珠のよう。  ふとその肩に、月光に照らされる長い銀髪を見た気がした。  舜平はハッとして顔を上げたが、そこには何もない。ただ、珠生の細い首筋と、そこに汗で張り付いた薄茶色の短い髪が見えるだけだった。 「舜平さん……」 「ん……?」 「……抜いて、ください……」 「嫌や」 「えっ……」 「もう少し……このまま……」  舜平そう呟いて、珠生をぎゅっと抱きしめた。珠生も、舜平の求めに応じるように、そっとその背に手を回した。  お互いの濡れた肌が、とろけあう。  どちらからともなく、重なる唇。  舜平を見上げた珠生の瞳は、水面に映る月のように、美しい。 「……きれいや」 「やめてください、そんなこと言うの……」  珠生は恥ずかしそうに、舜平から目を逸らす。舜平は笑った。 「……ほんまにお前は、かわいすぎる」 「や、やめてくださいってば」 「はは、何を照れてんねん」  舜平は少し悔しげにこっちを見上げる珠生の双眸を、じっと見つめ返した。  未だにつながったままの二人の身体から、湿った音が微かに響く。珠生は気恥ずかしそうに目を伏せて、「んっ……」と色香の漂うため息を漏らす。 「そんな顔すんな。もう一回やりたくなるやろ」 「……もう無理ですってば!」  珠生はぎょっとしたような顔をして、舜平にそう言った。舜平は軽く笑って、ようやく珠生から身体を離した。 「シャワー……浴びてくる」  珠生はそう言って、ふらふらと一人でバスルームに消えていった。  程なくして、ボタンが飛び、あちこち血に濡れたワイシャツと、制服のスラックスを身につけた珠生がバスルームから出てきた。舜平は珠生に歩み寄り、すっとそのシャツをめくってみた。 「傷、治ってる」 「あ……ほんとだ」  真壁に蹴られて腫れ上がっていた脇腹の傷がきれいに治っている。珠生は舜平を見上げて、気恥ずかしそうに微笑んだ。 「ありがとうございます。記憶も……塗り替えてもらえたし」 「そうか」  舜平は珠生の額に唇を寄せて微笑んで見せ、優しくその背を押してホテルの部屋を出た。  ここへ連れてきた時よりも、珠生の身体が軽い。  我ながら、珠生の気を高めるという意味では、自分の右に出るものはいないのだろうなと感じた。  そして、そういうことを考えて内心狂喜乱舞した自分を、少し恥ずかしいと思った。

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