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五十七、藤原の提案
「そら、人は変わるもんや。子どもはいつしか大人になるもんやし、生きる環境が変わればそれに適応するために思考も変わる。そんなもんやろ」
湊はきっぱりとした口調で、そんなことを言った。
「別に前世がどうこうだけの影響じゃないと思うで」
「そっか……そうかもね」
迷いのない湊の言葉に、珠生はほっとして胸を撫で下ろす。同じ年なのに、湊はずいぶん大人に見えるものだ。
二人は、京都駅の大階段に座り込んで、缶コーヒーを飲んでいた。真昼間の大階段には、観光客や修学旅行生と思しき制服姿の男女、カップル、子供連れ……と様々な年代の人たちが、各々に写真をとったり、座り込んでお喋りに高じていたり、ただ通り過ぎるだけだったり……と各々の時間を過ごしていた。
珠生と湊は、一番上の階に座って、そんな人々を眺めていた。
今日珠生には、藤原と会う約束がある。彰から珠生の状況を聞いたらしく、会って話したいと言われたためだ。
藤原はグランヴィアホテルの一室に長期滞在している。約束の時間まで、なんとなく湊と話がしたかった。
「ま、それでも。影響がないとは言い切れへんけどな」
「そうなんだよね……。明日は双子がこっちに来るから、何か勘ぐられるんじゃないかって心配になって」
「ああ、千秋ちゃんやっけ? はよ見てみたいわ。お前の片割れやったら、さぞかし美人なんやろうな」
「どうだろ。バリバリのアスリートだからなぁ、色気はないと思うよ。日焼けしてて真っ黒だし」
「色気なぁ。まぁ確かに、珠生は男にしては色気がある」
「えっ!? ……そうかな、自分じゃ分かんないけど」
「昨日の傷、もうないやん。あのあと舜平と?」
「……うん」
珠生は少しどきりとして、目を伏せた。
湊はずずずっと音を立てて、いちごシェイクをストローで吸い込む。
「別に照れんでええよ。俺は昔から慣れっこやから」
「……そうだったね」
「まぁしかし、現世でもそういう関係になるとはな」
「うん……」
珠生はため息をついた。後ろに手をついて、晴れ渡った空を見上げてみる。
「あのあと若松にいろいろ聞かれたけど、まぁ適度にすっとぼけといたから」
「ありがとう」
「舜平に凄まれたって、ちょっと怖がってはったよ」
「ああ、お前がやったんかコラ、って先生の胸ぐら掴んでたからね」
「はは、アホやなあいつ。珠生のこととなると、すぐ熱くなるもんな」
「……そうだね」
珠生は苦笑して、コーヒーを飲み干した。腕時計を見ると、約束の時間十分前だった。
「さて、行くか」
「せやな」
二人は立ち上がって、グランヴァルホテルへと向かった。
+ +
グランヴァルホテルのロビーを素通りして、エレベーターに乗り込む。結婚式でもあるのか、華やかな格好をした女性たちが数名乗り込んで来る。
二人は最上階まで行くと、エレベーターを降りて部屋を探した。
ふかふかの絨毯が敷き詰められた長い廊下を進みながら、湊はきょろきょろとあたりを見回す。
「なんか、ええ匂いするな」
「うん……なんか緊張するね」
二人はそそくさと廊下を進み、目当ての部屋まで来るとインターホンを鳴らした。すぐにドアが開いて、藤原が顔を出す。
「やあ、よく来たね」
「こんにちは」
二人は部屋へ入ると、その広さと明るさに驚く。京都の町が一望できる大きな窓からは、明るい日の光が差し込み、その手前にはどっしりとしたデスクが据えてある。その上にはばらばらと書類が載っている。
その横には黒い革張りのソファが二組置いてあり、間にはガラスのテーブルが据えてある。
ソファには、斎木彰がすでに座っていた。
「やぁ」
「斎木先輩、どこにでもいますね」
と、湊。
「まぁね」
彰は立ち上がって珠生に歩み寄ると、珠生の肩に手をおいて、じっとその顔を覗きこんだ。
「大丈夫かい?」
「はい、もう大丈夫です」
「舜平がうまいことやってくれたらしいですよ」
と、湊が言うと、彰は目をぱちくりさせた。
「ああ、そういうこと。それは何よりだ」
「やめてくださいよ、皆して」
と、珠生は少し頬を染めて二人を睨む。
「ごめんごめん。さ、座って」
彰に促され、珠生と湊はソファに座る。しっかりとした弾力のある、高そうなソファだと珠生は思った。
藤原は紅茶のカップを持って来ると、彰と並んでソファに腰掛け、足を組んだ。
「昨日ら大変だったね、珠生くん。しかし昨日のことは昨日のことで、刺激にもなったらしい。ずいぶん、妖力が戻っているようだ」
「えっ、そうなんですか? 自分じゃよく分からなくて……」
「無理もない。しかしいつまでもその力に振り回されるのもつらいだろうから、君と少し訓練をしておきたいと思ってね。術式の日取りも決まったことだし」
「へぇ、いつです?」
と、湊はカップをテーブルに置いて尋ねた。
「五月五日、都の霊威が一番高まる日だ」
「えっ、そんなに早く!?」
「猿之助が出てきた以上、あまりゆっくりもしていられなくなったのでね。さて……珠生くん、今夜は時間あるかな?」
「はい、大丈夫です」
「これから比叡山へ行こうと思う。そこで、少しではあるが君の力を自由に使えるように、訓練をしておきたい」
「比叡山でですか」
「草薙を守った時の君の戦い方、まさに千珠さまそのものだった。草薙を目の前にしたことで、使命感と危機感が相まったためだろうと思う」
「はい……」
藤原は穏やかな眼差しのまま、珠生を見ていた。
「少し、動いてみよう。やみくもにその力を使っていては、また君の肉体を傷つけてしまうことになる」
「はい、分かりました」
珠生はしっかりと頷く。彰は少し心配そうな顔をしている。
「業平様、僕も行きますよ」
「いや……今回は私と珠生くんだけでやろうと思う。そちらのほうが集中できるからね。葉山が向こうで待機して、場を整えてくれている」
「また葉山さんですか」
彰はまた面白くなさそうに、さらりとした前髪を揺らしてまゆを寄せた。藤原は苦笑する。
「彼女にも機会を与えないと、力が伸びないからな。佐為は充分強い、お前は都にいて、異変があったら動いてくれ」
「……はい」
彰は渋々頷くと、立ち上がって湊の腕を掴んだ。湊は驚いて彰を見上げる。
「ほら、今回は二人だけでって話だ。僕たちはもう帰ろう」
「え、俺も?」
「ほら、行くよ」
湊は彰にぐいぐい引っ張られながらも名残惜しそうに珠生をちらりと見やり、そのまま部屋を出て行った。
珠生と二人になった藤原は苦笑すると、
「まったく、佐為は焼き餅焼きで困るな」と言った。
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