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六十五、バーベキュー①
かくして、昼前からバーベキューが催されることになった。
珠生と舜平が初めて出会った桜の木の下の木陰にレジャーシートを敷き、拓と健介が研究室からバーベキューセットを運んでいる。
珠生と千秋は近くのスーパーに買い出しに出ていた。
アウトドアなことをしたことのない珠生は、何をどの程度買ったらいいのか分からず、かごを抱えたまま食品売り場に突立っていた。そこに千秋が、どさどさと品物を放り込む。
「こんなに買うの?」
と、珠生は目を丸くした。
「だって、男の人ばっかり来るんでしょ? これくらい食べるよ。あんたの食欲と普通の人の食欲は違うんだから」
「ふーん」
重たい籠を腕に引っ掛けて、千秋の後をついて歩く。ぽんぽんと適当に野菜や肉やお菓子、おにぎりなどを放り込む千秋の手には迷いがない。そして、とても楽しそうだ。
「お酒もいるかなぁ?」
「おい、俺らは買えないだろ」
「あ、そっか」
そんなことを言い合いながらレジに並び、健介の財布から料金を支払う。ずっしりと思いビニール袋を抱えて、二人は歩き出した。
「まさかこんなことしてもらえるなんてなぁ。へへ、やっぱ大学生の人は行動力あるね。高校生とは違うわ」
「舜平さんの妹みたいなこと言ってるよ」
「なんか気持ち分かってきちゃった。舜平さんも拓さんも、結構かっこいいしさ」
「千秋、そういうことに興味出てきたんだ」
珠生が冷やかすようにそう言うと、千秋は少し唇を尖らせて珠生を睨んだ。
「うるさいな」
「おーい、珠生」
河原に向けて道路沿いを歩いていると、後ろから自転車のブレーキ音が聞こえた。湊だった。
「湊。ちょうどよかった、これ、頼む」
珠生は湊の自転車の籠やハンドルに重たい荷物を引っ掛けた。湊はその量に目を丸くする。
「千秋、こちら同じクラスの柏木湊」
「こんにちは。珠生がお世話になってます」
と、千秋はにこやかにそう言った。
「ああ、どうも。へぇ、ほんまにそっくりやな」
「もうそれは聞きあきたよ」
と、珠生。
三人は河原に降りて並んで歩きながら、お互いの高校の事を話して笑いあった。千秋も楽しそうに、湊の話に相槌を打つ。
「へぇ〜頭いいんだ! すごいなぁ、明桜で二位ってことは全国でも十位以内ってことだもんね」
学力の話になり、湊の成績を珠生から聞いた千秋は、心底感心したようにそう言った。千秋はあまり勉強が好きではないのだ。
「まぁ、もっとすごい人がたぶん後から来はるわ」
「誰?」
「うちの生徒会の副会長で、年中学年一位の先輩」
と、珠生。
「あんたなんでそんな人と友達なの?」
と、千秋はまた目を丸くした。
「……うーん、何でかな」
「変なの」
三人が桜の木の下に到着すると、健介が見かけによらず手際よく火を起こしているところだった。
拓は研究室から持って来た折りたたみ式の机や椅子を運んできてはセットしている。
「お父さん、すごい。こんなこともするんだぁ」
「そうかい?」
「もう、いちいちデレデレしないでくれる? そろそろうざいんだけど」
と、たまりかねた珠生がそう言うと、健介はややショックを受けたような顔になり、「ついに珠生にうざいと言われた……」と肩を落としている。
湊から食材を受け取った拓はにこやかに礼を言い、自己紹介しあっている。そしてそこに珠生も加わって、手際よく食材を切り始めた。
「さすが、慣れてるな」
と、湊。
「まぁね。父さん、何にもできないから」
「……今日の珠生は、辛口だなぁ」
と、健介が苦笑いをしながら炭を熾し、網を載せている。
「あたしとばっかり仲良くしてるから、ひねてんのよ」
と、千秋。
「はいはい。二人でお酒でも買ってきたら?」
と、預かっていた財布を健介に渡しつつ、珠生はそう言った。
「おお、いいね。そうしようか。屋代くんも飲むよね?」
「もちろんです」
拓が即座にそう答えると、健介は笑みを浮かべて千秋と再びスーパーへと歩いて行った。
湊はそんな様子を見送りながら、「仲いいやん」と言った。
「うん、なんか意外とすんなりね」
「ええこっちゃ。あれ、舜平は?」
「まだバイトなんちゃうかな。……って君も舜平と知り合いなん?」
と、拓は驚いたように湊を見た。
湊は眼鏡の奥の静かな目を拓に向け、頷いた。
「はい。割と長い付き合いで」
「へぇ、仲いいんや。名前で呼ぶ仲なんやな」
と、拓は楽しげだ。
埼玉から戻ったばかりの正也もやって来ると、さらにその場が賑やかになった。
正也はおみやげに東京ばな奈をレジャーシートに置いて、一息ついていた。そこへ、千秋と健介が戻ってくる。
正也の目線は千秋に釘付けだ。
そんな正也の熱視線に気付いた千秋は、怪訝な表情で彼を首をかしげる。
「何? 珠生の友達だよね」
「あのさ……中学の時、全国大会出てたよね、短距離で、ベスト8だった」
「え?うん……。あんたも出てたの?」
「そう! 俺、大北正也。めっちゃ可愛い子いるなぁと思って、ずっと見てたんだ。こんなとこで会えるなんて!」
「えっ」
ストレートな正也の言葉に、千秋は赤面した。周りで聞いていた皆が、笑い出す。
「正也、会って早々告白か?」
と、湊。
「父さんもいるんだけど」
と、珠生。
健介は苦笑しながら、そんな正也を見ていた。正也は飛び上がって立ち上がると、健介に向かって礼儀正しく一礼した。
「はじめまして。僕、珠生くんと同じクラスの大北正也です。いきなり失礼しました」
「いやぁ、いいんだよ。千秋、お前も男の子にモテるようになったんだねぇ。嬉しいような寂しいような……」
「そこより、全国大会に行ったことを褒めて欲しいんだけど」
と、千秋は赤面したまま不機嫌そうにそう言った。
「いやめっちゃ、かっこよかったよ! 俺はベスト16にも入れなかったんだけど、脚長くてフォームもきれいでさ。沖野千秋さんだったよね、名前も覚えて……」
「やだ! そんなストーカーみたいなこと、しないでよ!」
千秋は真っ赤になりながら、そう言って珠生の後ろに隠れてしまう。千秋のうぶな反応に、珠生はついつい笑ってしまった。
こんなに賑やかで楽しい時間は、いつぶりかな。いや、初めてかもしれない。
俺の家族と友達が揃って、春の陽気の中バーベキューをするなんて、想像したこともなかった。
珠生は笑いながら、皆の顔を見比べた。どの顔も、笑っている。
――なるほど、これが守るべきものか。
珠生はふと、そう思った。
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