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六十六、バーベキュー②

 舜平がバイトを終えて事務所の階段を下っていると、降りた場所に彰が立っていた。 「うわ!」  舜平は驚いて、残り二、三段の階段を踏み外しそうになる。彰は余裕な表情で、少し小首をかしげてにやりと笑った。 「やぁ」 「お前……なんで俺のバイト先まで知ってんねん! ストーカーか!! 教えてもないのに携帯も知ってたし……」 「まぁ、細かいことは気にしないでよ」 「細かくないわ。気持ち悪い」 「ちょっと話があって」 「何や」 「君の車で話そうか」 「……」  彰は先に立ってさっさと駐車場まで進む。舜平は少し距離をとって、その後に続いた。  助手席に乗り込んだ彰は、少し難し気な顔をして前を見ていた。運転席に座った舜平は、エンジンをかけずに彰の言葉を待っている。 「僕は、粛清された佐々木衆の魂を眠らせるために、彼らの魂を一条戻り橋のたもとに封印したんだ」 「……それが?」 「破壊されていた。佐々木衆の面々が、世に出てしまっているんだよ」 「何やと」 「面倒なのは、佐々木影龍と、佐々木守清あたりかな……清水保臣は、珠生の妖気に焼かれて消えたからね」 「あいつか……」  真壁美一に取り憑いて珠生を襲った男だ。舜平の中に、再び怒りが湧き上がる。 「珠生はどう?」 「もうすっかり、千珠の力を蘇らせてる。天翔ける脚も戻ってた」 「そうか。素晴らしいね」 「ああして見てると……千珠はホンマに強かったなって、思い出すわ」 「そうだね。いつも彼はまっすぐだった。眩しかったものだ」 「せやな。……ところで、お前はどこに行きたいねん。家まで送って欲しいんか?」 「あっ、そうそう。珠生に千秋ちゃん歓迎バーベキューをしているから来ないかと言われているんだった」 「え? そんなんしてんの?」  舜平はごそごそとジーパンから携帯電話を取り出した。拓からのメールには、その旨が書かれている。 「はぁ〜、拓のやつ、千秋ちゃんのこと気に入ったんやな」 「へぇ、美人なんだろうな。珠生の双子なら」 「おお、可愛い子やったで。昨日京都駅で会うて、家まで送ったってんけど」 「ふうん。舜平も男の珠生に不毛な感情を抱くんじゃなくて、千秋ちゃんと付き合ってみたら? 同じ顔なら、情が沸くかも」 「やかましい。不毛な感情なんか抱いてへんわ」 「またまた……。千珠に抱いていた気持ちを、今も珠生に感じてるんだろ?」 「……いや、少し違う気がするねんな」 「ほう、進歩したのかい? 治療だけ、って割り切れてんの?」 「……うーん……。いや、俺は冷静や。うん」 「答えになってないよ。やっぱり進歩ないな、君」 「うっさいねん、アホ」  見なくても、彰がニヤついているのが分かる。舜平はむっつり黙って車を走らせた。  +  +  舜平と彰が差し入れに菓子類を買って合流する頃には、皆がすでに満腹になり、めいめい座り込んでお喋りに花を咲かせているところであった。  やはり仕事が気になっていたらしく、健介はすでに研究室に戻っており、そこにはもういなかった。 「おお、舜平。遅かったやん。その子は?」 と、拓は缶ビールを片手に火の弱まった炭を熾しているところだった。  「ああ、こいつは珠生の学校の副会長や」 「どうも、斎木と言います」  彰は外面よくにこやかに笑っている。 「どうも。舜平にこんなにたくさん高校生の友達がいるとは驚きや」 と、拓はほろ酔いの顔で笑っている。 「友達……やないやろ。お前だけ飲んでんのか?」 「先生も飲んでたよ。さっき研究室に戻っていかはったけど」 「ふうん」 「君たちにも肉を焼いてやろう」 と、拓は再び網を乗せて腕まくりをした。  舜平と彰は周りを見回した。  レジャーシートの上で、湊、正也と話をしていた千秋は、舜平に気づくと少し顔を赤らめた。そして嬉しそうに笑う。 「おお、千秋ちゃん。また会ったな」 「どうも。その人は?」 「あ、斎木先輩、舜平」 と、湊。 「おい、お前は佐為には先輩で俺は呼び捨てか」 と、舜平は拓の横で手伝いなが文句を言った。 「湊も来てたんだ。あ、君は陸上部の大北くんだね。……きみが、千秋ちゃんか」  彰は千秋の前に立って、まじまじとその顔を見つめた。 「斎木先輩って、副会長の?」 と、千秋。先程から話題に出ていたのだ。 「そうだよ。あれ? 珠生は?」 「さっきまでここにいたんですけどね」 と、正也がきょろきょろとあたりを見回した。 「トイレかな。それにしちゃ遅いけど」 「どこぞで貧血でも起こしてんちゃうか? 俺、見てくるわ」 と、湊が立ち上がった。 「じゃあ、私も」 と、千秋も立ち上がる。取り残される格好になる正也も、つられて立ち上がると、「俺も」と言った。 「はいはい、行ってらっしゃい」 と、彰はスツールに座りながら手を振った。  舜平は拓と肉を焼きながら、そんな高校生三人を見送る。 「拓、高校生のお守りか」 「いやいやぁ、珠生くんも柏木くんも気がきくし、非常にやりやすかったで。千秋ちゃんは可愛いし……といっても、あのスポーツ少年にがつがついかれたら、俺は見てるしかないけどな」  拓は正也が千秋に言っていたことを舜平と彰に話して聞かせた。舜平は笑う。 「青春やな」 「あの子はそんな気ないみたいやけど」 「ま、そんなもんやろ」 「顔、よく似てるね。雰囲気は全然違うけど」 と、彰は肉をつつきながらそう言った。 「確かになぁ、千秋ちゃんは元気で可愛いけど、珠生くんとは持ってる空気が違うな」 と、拓はトングを振り回しながらそう言う。 「なんていうか……珠生くんは行動が艶っぽいねんな。男の子やけど」 「ふうん」 と、舜平は空返事をする。 「舜平もそう思うやろ?」 「え? うん。せやな」  彰は意地悪い笑みを浮かべて、舜平を見ている。  じろりと舜平に睨まれて、彰は肩をすくめると、拓に勧められるままに焼き野菜を口に放り込んだ。

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