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七十一、助っ人

「なんだと?」  パシッ……と窓ガラスが砕けて、青白い光を放つ千珠の宝刀が二人の間を切り裂くように飛び込んできた。影龍が思わず身を引いたことで、彰の身が自由になる。  宝刀は反対側の壁に突き刺さり、ビィインと震えた。  影龍が咄嗟に窓を見やると、どこから現れたのか、沖野珠生がまさに窓から生徒会室に入り込もうとしているところだった。  生徒会室は四階だ。珠生はシャツをはためかせてふわりと窓枠に乗ると、割れたガラスを物ともせずにじゃり、と踏みつけ、室内に入ってきた。 「……お前、どこから!?」  影龍はぎょっとして窓の外を見やった。 「見れば分かるでしょ」  珠生はじゃりじゃりとガラスを踏んで歩き、壁に突き立っていた宝刀を抜いた。珠生の手に収まった宝刀が一段と輝く。 「そうか……お前が、千珠殿か。保臣に犯された割には、元気そうじゃないか」  とん、と珠生は彰の前に立って、冷ややかに影龍を見下ろした。 「……下衆な真似をしてくれたものだ」 「なるほど……すっかり、妖気が戻られているようですな」 「下にいた妖魔は全て殺した。あとはお前だけだ」  珠生は影龍の目を真っ直ぐに見つめながらそう言った。影龍はにやりと笑って、バタフライナイフを自分の首に充てがう。 「……!」 「馬鹿を言え。よく見ろ、この男も人質なのだ。俺たちは憑坐を変えれば、いくらでも動けるのだからな」  珠生はじゃり、と床に砕け散ったガラスを踏んで、一歩影龍に近寄ろうとした。そんな珠生の腕を、彰の手が掴む。 「待って、珠生」  彰は血の流れる首筋を押さえながら、珠生の隣に立った。 「先輩……血が」  思ったよりも深く傷がついているらしく、彰の首から流れ出た血は、制服の襟を真っ赤に染めている。 「間宮先輩の身体に、傷をつけるな」 「ほう、この男をかばって、お前自ら死んでくれるとでも?」 「……ふ」  彰は血の気の失せた青い顔をしながらも、不敵に唇の片端を上げて笑った。  その時、頭上で爆音が響いた。  *  *    屋上に、一人の男の姿がある。 学校名の入った青いジャージを身に着けた、中年の男だ。この学校の数学教師、山辺弘明という男である。  佐々木衆の一人に憑依され、影龍の指示で、屋上で結界術を守っているのだ。  憑依しているのは、影龍の部下だった長壁弓之進という少年だった。弓之進は、この中年男の小太りな体がしっくりと合わず、居心地の悪い思いをしていた。しかし文句は言えぬまま、結界術を成すための護符を見守りながら陣の中心に座っている。  すると、じゃり、と足音がした。首だけで振り返ると、そこには背の高い、黒い髪の男が立っていた。 「誰だ」  警戒しながら立ち上がり、その男と向き直る。 「……そらこっちの台詞や。その護符、それ破ればここの結界は解けるんやな」 「そうさせないために、私がいるのだ」 と、中年の重たい体を動かして身構えるが、どうも凄みが無い。  男は躊躇せずにずかずかと山辺の身体に近寄ると、いきなりその胸ぐらを掴みあげた。強い腕の力に、思わず爪先立ちにされてしまう。 「おい、この男も人質だということ忘れるな。こいつが死んでもいいのか?」  スラックスのポケットから、弓之進はナイフを取り出して両手で握ると、それを山辺の首に押し付けた。  男の目が、少し揺れる。 「……なるほど。そう来るんか」 「手を出さないでもらおうか」 「中年オヤジの身体に入らなあかんのも難儀やなぁ。魂は若いようやし……名前は?」  いきなりそんなことを言い出す男に、弓之進は戸惑った。強気なことを言ってやろうと思ったが、真っ直ぐに自分を見据える目に逆らえず、思わず本名を口にする。 「長壁……弓之進だ」 「歳は?」 「……十七だった」 「ほう、なんでこんなオヤジの中に入ってんねん。こんな、どんくさそうな」 「……仕方なかろう。腹が汚く、侵入しやすい肉体がこれしかなかったのだ」 「こいつ、腹黒いんか」 「女子生徒を盗撮している変態野郎だ。できることなら早く出たい」 「ふうん、結構な悪党やんか。悪く思うなよ」 「えっ?」  のんびり話をしていたかと思うと、その男は急に目の色を変えて弓之進の手からナイフをたたき落とした。そして、山辺の頬を思い切り拳で殴りつける。  ふっとばされた重たい体が、屋上の床の上を滑った。  いきなり殴られた激痛とショックで目が回り、弓之進は立てずにいた。つかつかと歩み寄ってくる男の長い脚が見える。  びりっと音がして、四方に貼っていた護符が一枚破られた。 「あぁっ!!」 「悪く思うなって言ったやろ」 「貴様……!」  男はもう一度山辺の胸ぐらを掴みあげて、ぐっと強い瞳で睨みつけた。 「成仏さしたるわ」 「なにっ?!」  男は山辺の腹をしたたかに殴りつけると、くの字に曲がったその身体を床にどさっと落とした。  そして、陰陽術とは違う印を結び、真言を唱え始める。 「お前……舜海だな! 法師のくせに、陰陽寮で修行してた……!」 「せや。神妙に成仏せぇ」 「いやだ……いやだ!!」  山辺は這いつくばったまま、咄嗟に印を結んだ。 「風來爆流(ふうらいばくりゅう)! 急急如律令!」 「うわ!!」  山辺の声とともに竜巻がその場に生まれ、屋上のコンクリートを破壊しながらが舜平を襲った。咄嗟に身を交わすが、屋上への出入口にぶつかった竜巻が爆音とともに破裂し、舜平は体勢を崩す。  その隙に弓之進は立ち上がって逃げようとした。そんな弓之進の背を追って、舜平はぐいとその肩を捉えて引き倒す。 「ええかげん、寝とけ!!」  肩を捉えざまに、舜平の拳が山辺の頬にもう一度めり込んだ。  白目を剥いて倒れた山辺の身体が、どさりと重たい音を立てる。そして、山辺の鼻の穴から線香の煙のような細い紫色の煙がすうっと立ち上り、消えた。 「くそ、逃げたか」  舜平は悔しげにあたりを見回して気配を追ったが、弓之進の気は消えている。  屋上の四方に張ってあった護符を、急いで全て破り捨てると、舜平は階下へと走った。

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