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19 同級生
安西 美来 は、幼馴染の北崎悠一郎に誘われて、クリスマス展示会へと遊びに来ていた。
どうせ来るなら、誰か女友達を連れてこいと言われ、大学の友人を連れてやって来たのである。
「芸大かぁ、なかなか来ることないよねぇ」
と、友人の恩田 芙二子 は物珍しそうにキャンパス内を見回していて、とても楽しそうだった。
「その友達はどこにいるの?」
と、芙二子は美来に尋ねた。
「うーん、どこやろう」
「特に約束はしてないの?」
「うん、どうせ暇やろって決めつけられて、適当に来いって言われてて」
「その人は彼氏じゃないの?」
芙二子はにやりとして、美来の脇腹をつついた。
「こんなクリスマスに誘うなんてさぁ」
「ないない。だって、保育園から一緒やし、もうなんか弟みたいなもんやわ」
と、美来はふんわりと笑った。
「ふーん。そっか、じゃあ愛想よくしとこっと」
芙二子はうきうきした表情になると、美来の手を引っ張ってずんずんと中へ進んだ。
悠一郎は写真を専攻していると言っていたため、二人はまず写真科の展示スペースへと向かった。
「作品を見れば、その人となりが分かりそうなもんだもんね」
と、芙二子は言った。
「優しい写真だよ、見た目によらず」
にこにこしながら美来はのんびりと展示を見て回っていた。
美来と芙二子の出で立ちまるで違うが、持っている体内時計やリズムはよく合っていて、二人は一緒にいて楽だった。
おっとりしていて、慎重派の美来と、快活でのんびり屋な芙二子。
美来は見るからに穏やかそうな外見をしていて、放おっておくとよく酔っ払いやナンパに絡まれるような女子大生である。ふっくらとした白い肌と、長い焦げ茶色の髪を揺らして、ニット地の巻きスカートにブーツを履いている。
芙二子は活動的なジーパンに華奢なラインのスニーカーを履いて、いかにも山や川へと遊びに行きそうな雰囲気の女子大生だ。一見、合わなさそうな二人であったが、二人は実に気が合うのだ。
幼馴染の悠一郎も、この活動的で賢い友人ならば、きっと気に入るという自信があった。
美来は一足先を歩きながら展示を見ていたはずの芙二子が、じっと同じ場所で佇んでいるのを見て、近寄っていく。
「芙二子ちゃん、どうしたん?」
「北崎、って言ったよね、美来の同級生」
「うん。わぁ……綺麗な写真やなぁ」
芙二子と並んで、美来は歓声を上げた。
四季折々の立体オブジェと写真の展示は、見る者すべての目を引いた。そして、そこに写っている少年の透明感のある美しさも、また目を引く。
「悠ちゃん、やっぱりすごいわぁ。写真だけはほんまにきれいやもん」
「写真だけなの?」
美来の台詞に、芙二子はちょっと笑って、もう一度展示を見る。
「でも……すごくいいね。なんか、落ち着く」
「やろ? はよう会ってみたいやろ?」
「そうだね、喋ってみたいかも」
二人は一回りしてから、写真科の展示スペースから出た。再びキャンパス内をうろついていると、いかにもロックな格好をした悠一郎の後ろ姿が目に入った。
友達を連れているのか、一人ではなかったが、美来は構わず悠一郎の背後に駆け寄って、その背中を思い切り叩く。
「悠ちゃん! 来てあげたよ!」
「いってぇ!」
悠一郎が顰め面で振り返り、すぐに表情を崩した。
「おお、美来ちゃん、来てくれたんか!」
「あったりまえやん。写真、めちゃ良かっ……た……」
美来の目が、舜平に向いた。
舜平は、ちょっと意外な人物に会った、というように楽しげに見開かれる。
「おお、安西やん。久しぶりやなぁ」
「あ、相田くん……? ひ、久しぶり」
「なになに? 友達?」
芙二子が美来に追いついて、その集団に合流した。
珠生は突然現れた大学生たちに戸惑っているのか、きょとんとして皆を見ている。そんな中、悠一郎が珠生に美来を紹介し始めた。
悠一郎と美来と舜平は、小学校時代の同級生なのだ。美来と舜平は、実に八年ぶりの再会だという。
「北崎くん、だっけ。写真、すごい綺麗だった。それに、その子って……モデル? 本物の?」
と、芙二子は珠生をじろじろ見つめながら言葉を切る。
「ありがとう。そう、この子は俺の専属モデルや。沖野珠生くんです、よろしく!」
「……はじめまして」
ぺこりと、珠生は遠慮がちに会釈した。
美来は初めて珠生に気づいた様子で、また驚いている。
「うわ、本当にあの子や。悠ちゃんの写真にすごい合ってたなぁ。うち、悠ちゃんの幼馴染なんです」
美来はほっこりと微笑んで、珠生の手を手袋をした手で握った。
「ありがとうね、悠ちゃんに協力してくれて。ずっと撮りたいものが無いって、くさってたんよ」
「そうなんですか?」
「うん、やし、めちゃうちも嬉しいわ」
「へへ……」
ふんわりとした優しげな空気の美来に手を握られているからなのか、珍しく珠生が照れたように笑った。
美来は純粋に、悠一郎と珠生の出会いを喜んでいる。
それが伝わってきて、珠生にもあたたかい気持ちが流れこむ。
何となく、母親に褒められているような気持ちになって、恥ずかしかったのだ。
+
その後、彰から呼び出された珠生と舜平は、悠一郎達と別れてキャンパスを後にしていた。
二人になると、珠生は少し疲れたようにため息をついて、シートに深く座り込む。
エンジンを掛け、車内が少し暖まるのを待ちながら、舜平は珠生を見た。
「知らん人に会って、疲れたんか?」
「ううん、大丈夫。あの人たち、舜平さんの幼馴染なんでしょ?」
「安西はな。もう一人の子は初めて見たけど」
「安西? ああ、あの人……。優しそうな人だったね」
珠生は、手袋越しに感じた美来の温かい手を思い出した。
「お前でも、女の人に手ぇ握られたら照れるんやな」
「いや、なんか……うちの母親よりも母性を感じて。母さん、バリバリのキャリアウーマンだからさ、ああいう優しげな感じの人に慣れてなくて」
「へぇ。まぁ確かに、お前の周りの女どもは、みんな気が強いのばっかりやもんな」
と、舜平は千秋や葉山の顔を思い浮かべながらそう言った。
「だろ」
と、珠生は苦笑する。
動き出した車の中で、珠生はまた眠たそうにしている。舜平は苦笑した。
「お前、車乗るといっつも眠たそうやな」
「……ほとんど寝てないんだもん。舜平さんのせいだし」
「……すまん」
舜平は赤面する。
「ほんと、しつこいんだから」
「……悪い」
夜が明けるまで、舜平は珠生を離さなかった。もうやめてと懇願する珠生の言葉を全て唇で塞ぎ、舜平は発情期の獣のように珠生を貪った。
涙も声も枯れるほどに舜平の激しい愛撫を受けて、珠生はぐったりしながら白んでくる空を見上げていた。
それでも、舜平から与えられる快楽には逆らい難く、やめてと言いながらも、もっと自分を求めて欲しいという気持ちも昂るばかりだった。
そんな珠生の心を見透かすように、舜平は珠生を責め続けた。
軋むベッドの音と、二人の荒い息遣いが満ちる暗い部屋で、気が狂ったように交わった夜。
ついさっきまでのそんな風景を思い出して、珠生はぼんやりと明るい青空を見つめた。
身体は重い。でも、心は平静だ。
舜平の気に満たされて、珠生はいつになく落ち着いていた。
隣で平然と運転をしている舜平や、同級生の前で爽やかに笑っている舜平を見ていると、昨夜さんざん珠生の耳元で卑猥な言葉を囁いていた同一人物とは思えなかった。
急に、舜平の言葉のひとつひとつに、身体を熱くした自分が恥ずかしくなってくる。
「何や」
珠生の視線に気づいた舜平が、赤信号で停車して珠生を見た。
「……別に」
「またなんか怒ってんのか」
「怒ってないよ」
「ならええねんけど」
舜平は困った顔で、珠生の頭を撫でた。珠生の透明な目が、じっとなんとも言えない表情で自分を見ている。
——……かわいい。
どうあがいても、珠生から離れられない自分が情けない。
舜平は目をそらして、青信号になった道路を走りだす。
「……いつ、アメリカに戻るの?」
「えっと、正月明けやな」
「ふうん……」
「もう寂しくなってんのか?」
「なってない」
「次戻って来んのは、八月末になる」
「ふうん、半年ちょいか」
「せやな。……後始末で忙しかったみたいやな、俺が向こうに行ってからも」
「いや……、出てくるのは小さな妖ばかりだから、たいしたことないよ」
「そか。お前はもう、無敵やもんな」
「まぁね」
珠生はそっけなくそう言って、頬杖をついて窓の外を眺めた。
「生活態度が悪いって、怒られたらしいやん」
「何で知ってんの?」
珠生はぎょっとして、舜平を見た。
「先生に相談されてん」
「……そう。一時ね、ちょっと遅刻と居眠りが多かっただけだよ」
「意外やなあ、お前がそんな風になるなんて」
「舜平さんが、俺を置いていっちゃうからだろ」
淋しげな珠生の声に、舜平はどきりとした。ちらら珠生を見ると、珠生は尚も肘をつき、顔を背けて窓の外を見ている。
「……なーんて、言うと思った?」
本気とも冗談とも取れない声色で、珠生はそう言った。舜平は少しむっとした。
「思わへんわ。最近のお前は生意気やからな」
「嘘つけ、どきどきしたろ?」
「してへんちゅうねん」
「舜平さん、可愛いね」
「やかましい」
珠生の目を見ることが気恥ずかしく、舜平はずっと前を向いて車を走らせる。少しの間、珠生は一人でくすくす笑っていたが、徐々に呼吸が落ち着いてくる。そして、ぽつりと呟いた。
「……俺はもう、大丈夫」
珠生は目を閉じて、助手席で寝入ってしまった。
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