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二十九、伝えたいこと
明け方、舜平は喉の渇きを覚えて目を覚ました。
暖かい体温を感じ、腕の中に珠生がいることに安堵する。
昨夜、亜樹と話をした後に部屋へ戻ってくると、珠生がベッドに寝そべってテレビを見ていたのだ。舜平は仰天した。
「……おい、どうやって入った」
「鍵、開いてたよ」
「え、あ、せやった……」
「この部屋は洋風なんだね、葉山さんの部屋と間取りが一緒だ」
「急におったらびっくりするやん。なんか用事やったんか?」
「用はないけど」
「あ、そう……」
舜平が適当に選んだ部屋は二階の角部屋で、少し広めの部屋である。どうしてこんなにもいい部屋を誰も選ばないのかと不思議に思ったが、高校生たちは単に大広間から近い一階の端のほうから部屋を取っていただけらしい。
八畳間の畳の部屋には机が置かれ、奥まった板張りの洋部屋にはベッドが二台置かれている。人数の多い家族連れのために誂えられた部屋であるらしい。アメリカ帰りのトランクを広げたまま放置していたが、それでも十分な広さがある。
舜平はそわそわしながら部屋の中へ入り、飲みかけていたスポーツドリンクをテーブルに置く。
「ずっとここにおったんか?」
「ううん。さっき自販機の所に降りてったら、天道さんと舜平さんが話し込んでるから、何も買わずに上がってきたんだ。それで……なんとなくここで待ってようかなって」
「あ、そうか。気遣わしたな。あの子、なかなか素直で可愛らしいやん」
と、舜平は寝そべっている珠生の隣に座りながらそう言った。
「あんな事考えてるなんて、思わなかったよ」
「聞いてたんか」
「ちょっとね」
珠生はうつ伏せになると、腕に顎を乗せて布団の端を見ていた。
「あれでもっと素直になってくれるとありがたいんだけど」
「まぁ、俺は歳が離れてるから喋りやすかってんやろ」
「ふーん。なるほどね、そうかもね」
自分のそばで寛いでいる珠生を見ていると、ついつい手が伸びてしまう。さらりとした髪を撫でると、珠生はやや眠たげな目で舜平を見上げた。
「……あの猫はどうしてるやろ」
「近くにいると思う。温泉にでも入ってるんじゃない?」
「猫が? 猫って風呂嫌いなイメージやけどなぁ」
「かわいいよなぁ、鳳凛丸さま。今のマンションなら飼えるかな」
「おいおい、連れて帰るとか言うなよ」
「言わないけどさ。……かわいいもん、父さんに聞いてみようかな」
「いやいや何言うてんねん、あんな大妖怪連れて帰ったらあかんて」
「んー……」
舜平に頭を撫でられ、気持ちよさげに腕に顔を埋めてうつ伏せになっている珠生は、うとうととし始めた。まるで珠生が猫のようだと、舜平は苦笑する。
「ここで寝るんか?」
「……うん」
「そうか」
素直に頷く珠生が可愛らしく、舜平は文句も言えずに許してしまう。珠生がごそごそとベッドに潜り込むのを見て、舜平はため息をついた。
――あかん、ここでやったらあかん……。
自分にそう言い聞かせながら、深呼吸をする。
珠生がつけっぱなしにしていたテレビを消し、隣の部屋の電気を消す。もう一台のベッドに舜平が横たわると、珠生は重たげにまぶたを開いて舜平を見つめた。
「……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
珠生は少し微笑むと、すぐに眠りに落ちていった。枕を抱きかかえる様な格好でうつ伏せに眠る珠生を見て、舜平も笑みを浮かべる。
その晩は、静かに更けていった。
+ +
一体いつ自分のベッドに潜り込んできたのか分からないが、そんな行動もまるで猫のようだ。珠生を起こさないように腕を抜くと、舜平は立ち上がって冷蔵庫を開き、水を飲む。
珠生はぴくりとも動かずによく眠っている。ペットボトルを手にしたまま、舜平は細く障子を開いて窓の外を見た。
白く光る山の端が美しい。時刻はまだ午前五時前だが夏の朝は早く、外はすでに白み始めている。時差ボケがまだ治らないせいなのか、こんな時間に目覚めてしまうのだ。
寝室の方へと戻り、ベッドに腰掛ける。ベッドが軽く揺れ、珠生がかすかに身動ぎした。
「あ……すまん」
「……俺も水……」
ぼんやりと目を開けた珠生が、舜平の手にしているペットボトルに目を留めてそう言った。舜平がそれを渡してやると、珠生は上半身を起こしてごくりと水を飲んだ。美味そうに息をつくと、珠生は再びベッドにどさりと横になる。
「……もう起きる?」
「いや、まだ五時前や」
「そっか……明るいな」
「せやな」
舜平の指が、珠生の額にかかる前髪を分ける。珠生が目を上げると、舜平の静かな目と視線が絡んだ。
気づけばその瞳が直ぐ側にあり、暖かいものが唇に触れるのを感じた。
舜平は珠生の肩に触れて身体を仰向けにさせると、身体をベッドに押し付けるようにして唇を重ねた。舜平が身を乗り出すと、ベッドが微かに軋む。
ゆっくりとした動きで唇を食む舜平の動きが心地良い。寝起きで緩んだ身体が、さらにとろけてしまいそうになるような感覚だった。
愛おしげに頭や頬を撫で、優しく口付けてくる舜平の体温が、懐かしくて懐かしくてたまらなかった。珠生が脚を動かすと、浴衣が割れて白い脚が露わになり、舜平の脚と触れ合った。
さらりとした肌の感触が、更に珠生の身体を熱くした。
「舜平さん……」
「ん……?」
「舜平さん……」
「何……?」
「会いたかった。……こうして欲しかった……」
「……っ」
下からぎゅうっと珠生がしがみついてくる。舜平はベッドに横たわり、珠生の全身を強く強く抱きしめた。
珠生は、舜平の大きく開いた浴衣の胸元に耳を寄せ、その拍動に耳を澄ませる。力強い鼓動を感じると、なぜだかすごくほっとした。
「舜平さん……すごくドキドキしてる」
「……そ、そうか? そういうお前はどうやねん」
「わっ……」
緊張していることをごまかすように、舜平は身体を下げて珠生の胸元に耳を押し付けた。つるんとした柔らかな肌は暖かく、鼓膜を震わせる珠生の拍動は、いつもよりもずっと速い。舜平はちょっと笑って、珠生の腰を抱き寄せた。
「お前もなかなかのもんやで」
「そ、そんなこと……」
「……珠生……」
「何?」
「……俺も、お前に会いたくてたまらへんかった」
「舜平さん……」
いつになく素直な気持ちを吐きだし合っていると、珠生の鼓動がまた一段と速くなった。舜平が首を伸ばして珠生の顎にキスをすると、珠生はそっと舜平の頭を抱き、ぎゅっと腕に力を込める。
自然と唇が重なり、抱擁が固くなる。
珠生が徐々に深くなってくる舜平のキスにうっとりしていると、舜平の両手が浴衣の下に忍び込み、珠生の尻を柔らかく揉みしだき始める。
「珠生……」
「ん……?」
「……したい……」
「……え?」
顔を離して自分を見下ろす舜平の顔はひどくつらそうだった。眉根を寄せ、静かに猛った瞳でまっすぐに珠生を射抜いている。その雄々しい眼差しに、珠生は思わずどきりとした。
「お前を抱きたい」
首元に顔を埋め、低くそう囁く舜平の声が、珠生の身体を震わせた。
「でも……ここじゃ駄目なんじゃなかったの?」
「そんなこと言ってられへん……お前は? 珠生は……平気なんか」
舜平の手が珠生の帯を解く。脚に舜平の硬いものが触れ、珠生はぴくっと身体を揺らした。そして、珠生は首を振る。
「平気じゃない……俺だって欲しいよ」
「そうか」
舜平は珠生の頬に触れ、もう一度ゆっくりと口付ける。弾力があり、吸い付くような珠生の濡れた唇に触れる度、約半年間抑えていた珠生への慕情が燃え上がる。
「うんっ……ん」
舜平の熱い掌が直に肌に触れると、珠生がたまらず声を漏らす。舜平は珠生に耳元でささやいた。
「声……出すな。ええか」
「んっ……うん……」
舜平が珠生の胸を舐め上げると、珠生は抑えた声を上げて背をぴくんと反らせた。いつもよりも荒い珠生の呼吸が、舜平の本能を刺激する。珠生を虐めるように、小さな耳を舌で愛撫すると、珠生はビクッと体を震わせて息を漏らした。
「はっ……ん」
「静かに……」
「んっん……うっ」
必死で唇をかみしめて快楽を堪える珠生の表情は、なんともいえず妖艶だ。本当は、喘ぎながら自分の名を呼ぶ珠生の声が聞きたかったが、それは今は我慢するしかない。
胸の尖をねっとりと愛撫されながら、ペニスを扱かれているうち、珠生はあっという間に達してしまった。自分の白い腹を汚す白濁を見下ろして息を乱していると、舜平の指がそっとそれを掬い取った。とろりとした珠生の体液を見せつけるように、舜平は指先でそれをもてあそぶ。
「溜まってたんか、珠生。いっぱい出たやん」
「……そっ、そんなこと、言うなよ……!」
「俺がおらん間、自分でせぇへんかったんか……? ここも、いじらへんかった?」
「あ、あ……ッ……!」
いつもよりも性急な動きで、舜平の指が珠生の中に侵入してきた。久しぶりの圧力はさすがにきついものがあり、珠生の口からは小さな悲鳴が漏れる。舜平は珠生を労わるように優しいキスを何度も降らせながら、ゆっくりと指を動かし、耳元で囁く。
「痛くないか……?」
「だ、いじょぶ……っ、ん、ぁ……」
「声、我慢せぇよ。声出したら……やめるからな」
「……やだ、やだよ……っ」
「ほな、我慢や……珠生」
「やっ……あ」
そんなことを言いながらも、舜平は指の数を増やして珠生の中を刺激した。必死で声を殺して舜平の背中にしがみつく珠生の指が、舜平の背中に赤いしるしをつける。
「あっ……はぁっ……」
声にならない珠生の呼吸とともに、涙が目から溢れ出す。肩口が濡れる感触に舜平は顔を上げ、珠生の目を間近で見下ろした。
きれいな瞳だと、何度見ても思う。特に快楽に堕ちて涙を流す珠生の表情は、たまらなく美しく、そして妖しい。
指を抜き、珠生の涙を唇で舐め取りながら、舜平は珠生の脚の間に身を沈める。これから行われる行為を悟った珠生の目が、一瞬怯えたように揺らいだ。
「もう、我慢できひん」
「待って……」
「待てへん……挿れるで」
「待っ……あっ! ……んうっ……!!」
「ごめん。もう、これ以上待たれへん……っ」
時間を掛けずに珠生の中へ肉を穿つと、舜平の背に回っていた珠生の腕が、一層強く舜平に絡みつく。舜平の肩口に顔を押し付けて、珠生は必死で声を殺していた。熱く激しい呼吸と、流れる涙と汗が、二人の肌を濡らす。
半年以上離れていた二人の身体が、再び距離をなくして絡み合う。舜平はあまりの快感に思わず声を漏らしそうになったが、なんとか堪えた。
「はっ……! はぁっ……!」
「大丈夫か……? めっちゃ、きつ……」
「大丈夫……だいじょうぶ、……ねぇ、動いて……舜平、さん……」
「でもまだ、痛いやろ」
「お願い……もっと、感じたい、……舜……っ」
舜平が腰をゆっくりと蠢かすたびに、珠生の押し殺した声が直接体に響いてくる。珠生は激しい呼吸を繰り返し、奥歯をぎゅっと噛んで声を殺した。それでも漏れる切なげな吐息が、舜平を今までになく興奮させた。
「あ……あっ……! はぁ……んっ、んっ……!」
「はぁっ……はっ……珠生……っ」
「……舜平、さん……おれ、もう……いっちゃう、いっちゃう……ッ」
「もう? ……弱なったんちゃうか、珠生」
舜平は一層速度を上げて珠生を責め立てながら、唇を唇で塞ぐ。珠生は背を仰け反らせ、舜平にしがみついて悶えた。
「う、ンっ……はぁっ……はっ……! あぁっ……!」
「声……出すな、珠生っ……」
「んっ……んっ……むり、んんっ……!」
「はぁっ……ん、……ッ」
そう言いながらも、絶頂し、舜平を尚一層強く締め付ける珠生から与えられる快楽に耐え切れず、舜平もそのまま果てた。熱い体液は止まることがないかのように、たっぷりと珠生の中へと吐き出される。
二人の荒い呼吸が、静かな部屋にこだまする。
舜平は珠生を押しつぶさないように、肘で何とか上体を支えながら、珠生の陶然とした泣き顔を見つめていた。
「……はっ……はっ……」
荒い呼吸の下で、珠生は涙を流しながら舜平の頬に触れた。珠生の感情が、痛いほどに伝わってくる。舜平は思わず珠生の頭を抱き寄せて、汗ばんだ身体を強く強く抱きしめた。
――愛おしい……。
身に覚えのある強烈な感情が舜平の心を締め付ける。
胸が苦しく貫かれるほどに、珠生を愛おしいと感じた。
「舜平さん……待って、抜かないで……」
身体を離そうとした時、珠生は懇願するように舜平の肩を掴んだ。どきりとして珠生を見ると、珠生は潤んだ瞳で重たく瞬きをしながら、舜平の目を真っ直ぐに見つめていた。
――ちょっと海を隔てたくらいで、何でこいつから離れられると思ったんやろう。
想いは募る一方だった。どんな形でもいい、ずっと珠生のそばにいられたら、どんなにいいだろうと、そんなことばかり考えて……。
「珠生……」
「……ん……?」
珠生の細い身体を更に強く抱きしめると、珠生も舜平の胸に顔を埋めて、更に身を寄せてくる。珠生の柔らかな肌、優しい体温、舜平を求めて絡みつく肢体……その全ての感触が懐かしく、舜平の胸を切なく締め付けた。
「……お前を愛してる」
「……え……?」
「あの頃から、ずっと。……ずっと、お前のことだけを……」
顔を上げた珠生の目が、丸く見開かれている。そしてそれが、みるみる潤んで濡れていく。
舜平は愛おしさに苦しくなる胸の痛みを堪えながら、珠生のそんな瞳をじっと見つめた。
「俺の魂は、お前のものや。……前世も、今世も、来世も……ずっと」
「舜平、さん……?」
「……ごめん、急に。でも……この気持ちを、ちゃんとお前に伝えたかった。ただ知ってて欲しくて……な」
珠生の目から、また一筋、涙が流れた。舜平は優しく微笑むと、濡れた珠生の頬に唇を寄せる。舜平にぴったりと身を寄せて、震えながら涙を流す珠生の背中を、ぎゅっと、大切に大切に抱きしめた。
「なんで、急にそんな……なんでっ……! 馬鹿なのかよ、こんなときに、こんなとこで、いきなり……!!」
「ごめん……」
「なんで、急にっ……う……っ」
「そんな泣かんでもいいやん。……ごめんって」
珠生は、胸の中に湧き上がる熱い感情を持て余し、ただただ涙を流し続けていた。
――この想いを、舜平さんにどう伝えたらいい。当てはまる言葉など見当たらない、この強い想いを……。
――嬉しい? 幸せ?……そんな安易な言葉じゃまるで足りない。もっともっと、心の奥底から湧き上がるような、強くて激しいこの気持ちを、どう伝えれば……。
「舜平さんの……馬鹿! ばかやろうっ!! うっ……うぐっ……」
「ごめんて。……てか、馬鹿はないやろ、馬鹿は」
「うっ……っ……う」
珠生はただただ、舜平の身体に触れて涙を流した。
全てを理解し、珠生を受け止める舜平の体温を、熱く熱く感じながら。
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