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5、二人の関係?

   翌朝。  舜平はくしゃくしゃに乱れたシーツの上で、ふと目を覚ました。  もぞ、と顔を上げて部屋の中を見回すと、そこは見慣れた珠生の部屋だった。が、当の珠生は腕の中にいない。 「ん……」  身体が重い。ちょっと激しくやりすぎたな……などと昨晩の痴態に想いを馳せつつ身体を起こすと、キッチンの方から香ばしい香りが漂ってくることに気がついた。舜平は、昨日珠生に借りた健介のTシャツを裸の上半身にまとい、ジーパンに脚を通して立ちあがった。 「……あ、起きた?」  キッチンの中で、珠生がコーヒーを入れている。シャワーを浴びた後らしく、濡れた髪をタオルでわしわしと拭いながら、珠生は時折おおあくびをした。だぼっとした部屋着Tシャツ一枚という珠生の姿は新鮮で、そしてひどく艶かしい。キッチンの入り口に立ち、舜平はしばし珠生の姿を眺めていた。  コーヒーをカップに注ぎつつ、時折つま先で自分のふくらはぎをぽりぽりと掻く仕草が可愛らしい。それにしても、ほっそりとしたきれいな脚だ。昨晩、自分から脚を開いて舜平を迎え入れてくれた時の珠生の表情を思い出すだけで、舜平のそれは性懲りも無く硬さを持つ。  じろじろと珠生の立ち姿を眺めていると、居心地悪そうな顔で、珠生がちらりと舜平の方を見た。 「……なに?」 「いや……お前、身体はしんどないか?」 「う、うん……けっこう、大丈夫」 「ならいいんやけど。早起きやな」  時計を見ると、時刻は朝の七時半だった。夜更けまでセックスに高じていたのに、えらく健全な時間に目を覚ましたものだと感心する。珠生はマグカップをカウンターの上に並べながら、苦笑した。 「暑くて目、覚めちゃってさ。舜平さん、体温高いから」 「そうなん? そりゃ悪かったな」 「ほんとだよ。舜平さん大きいからベッドも窮屈だし。まぁ、冬場はいいんだけどね」 「……」  ずいぶんと遠慮のない物言いになってきたものだと、舜平は内心感心してしまった。しかし暑苦しいと言われたことは若干へこむ。  そんな舜平のナイーブな傷つきなど素知らぬ顔で、珠生はトースターから香ばしく焼けたパンを取り出し、皿に盛る。そういえば腹が減ったなぁと、舜平は己の空腹を思い出した。 「舜平さん、今日は休み?」 「いや……えーとな、昼の一時からバイトやねん」 「あ、そうなんだ……」 「お、おう」  若干寂しそうにする珠生が可愛らしくて、舜平は思わず照れてしまった。  こうして向かい合ってダイニングで朝食を取るということが、こんなにも幸せなものなのかと、舜平はひとり感動していた。この特別な朝が、穏やかな日常になってくれたらどんなにいいかと、望まずにはいられない。  ――珠生は、どう思ってるんやろう。昨日はほとんど話もせずにセックスにもつれこんでしもたけど……。  ふと、セックスが目当てで会いに来たのではないかと、珠生に思われていやしないか不安になる。 「なぁ、珠生」 「……はい」 「あの……さ。俺ら、な」 「ん?」  明確な形でもって、珠生を縛ってしまいたい。簡単に言えば、珠生を自分の恋人にしたい……舜平の本心は、そう望んでいる。  でも、珠生はそういう関係性を望むのだろうか。前世(むかし)のように、ごく当たり前のように女性を娶り、子どもをもうけ、普通の人生を歩みたいと願ってはいないだろうか。そういうリアルな問題が気にかかり始めると、舜平は急にどうしていいか分からなくなってきた。 「なに?」 「あ、いや……。朝飯、ありがとな」 「えっ、う、ううん。なんだよ急に」 「何でもない。皿、俺が洗うから」 「あ、どうも……」  ぽ、と珠生の頬が薄桃色に染まる。この状況に照れているのだろうか。セックスの時は積極的に振る舞うようになってきた珠生だが、こういう日常生活的な甘い雰囲気には、まだまだ慣れていないのだろう。そう思うと、何だか胸がむずがゆくなる。  舜平が皿を洗う間、出しっ放しのイーゼルの前に座ったり立ったり、ソファに座ったり、脚を組んだりテレビをつけたり……そういう落ち着かない行動を取っている珠生の背中を眺めていると、何だか急に笑えてきた。 「どないしたん、お前。そわそわして」 「え、いや……別にそんなことないけど」 「俺がいると落ち着かへん? そろそろ帰ったほうがええか?」 「えっ! ううん、そんなことない!」 「そうか?」  ソファの上で体育座りをしている珠生の隣に舜平が座ると、珠生はぴくりと身体を揺らした。何となく点いているテレビ番組は、賑やかな朝の情報番組だった。膝の上に顎を乗せ、淡々と流れていくニュースを見るでもなく眺めている珠生の頭をそっと撫でると、珠生はぱちぱちと目を瞬き、横目で舜平を見てきた。 「……」 「緊張してんのか?」 「そ、そんなわけないじゃん。……何ていうか、なんか、変な感じだなと思って……」 「何が?」 「なんか……平和すぎて……」  舜平が尋ねると、珠生はちょっと目を伏せてそう言った。そして、ぽつぽつと話し始める。 「今までは……なんていうか、俺は”千珠”だから、舜平さんは俺のそばにいてくれるんだろうなって思ってた。義務感とか、そういうのもあるんだろうなって」 「……ほう」 「でも、こうして日常生活の中で過ごしてると、俺はやっぱり”沖野珠生”だなって思うし、舜平さんも、”舜海”じゃなくて、舜平さんなんだなって思う、っていうか」 「……うん」  たどたどしくそんなことを語る珠生の横顔には、どことなく戸惑いの色が見て取れた。舜平は、そっと珠生の肩を抱き寄せてみる。 「舜平さんは、霧島でああ言ってくれたけど……本当に、俺でいいのかなって。”相田舜平”としての人生を、生き直したくないのかなって思ったりする……っていうか。……って、ごめん。俺、何言ってんだろ……」 「……なるほどな」  珠生の戸惑いが、舜平には痛いほどによく分かる。  今まさに、舜平自身がそんなことを考えていたからだ。なるほど気が合うじゃないかと、舜平はちょっと笑った。 「俺はな、珠生。”相田舜平”として、お前のそばにいたいと思ってる」 「……」 「お前の中に千珠の面影を探してるとか、そういうのとは、もうちゃうねん。俺は、今の珠生やから、現世でもう一回惚れ直したんやなって思ってるで」 「……惚れ……って」 「俺はお前やから好きやねん、珠生。そんな不安そうな顔、せんといてくれ」 「……」  珠生の瞳が潤む。唇の震えを堪えるように、珠生はそっと俯いた。そして小さな声で、「……ありがとう」とつぶやく。  ぎゅっと珠生を抱きしめると、すぐに珠生の腕が舜平の背中に回ってきた。舜平のシャツの胸倉に顔を埋めて、珠生はふうーっとため息をついている。重荷を肩から下ろすことができたような、解放的なため息だった。 「舜平さん……」 「ん?」 「……ありがと」 「そんなん、ええって。言いたいことは、何でも言え」 「……うん」  舜平の腕の中で顔を上げた珠生が、にっこりと笑った。よほどホッとしたのだろうか、じっと舜平を見上げる珠生の瞳は、まるで泣いた後のように潤んでいた。  その瞳に見惚れていると、珠生の瞳は色彩が淡く、あたたかな胡桃色をしていることに気づかされる。こうして明るい場所でまじまじと珠生と目を見合わせることがなかったことを、今になって思い出す。  千珠の、純度の高い琥珀色の瞳も美しかったが、珠生の潤んだ胡桃色の瞳もとても綺麗だ。舜平は珠生の眉やまぶたにそっと唇を寄せ、珠生を抱く腕に力を込めた。 「舜平さん……くすぐったいよ」 「我慢しろ」 「はぁ? ……なんだよそれ。ん……」 「まつげ長いな、お前」 「もう……何、して」  迷惑そうに目を閉じている珠生のまぶたに軽いキスを繰り返していたが、舜平はひょいと珠生の顎をすくい上げて唇にキスをした。珠生はぱちっと目を開き、頬を染めながら舜平を見上げている。  間髪入れず、舜平は珠生の唇をもう一度塞いだ。何かもの言いたげな珠生の唇を甘く食み、リップ音を立てながらディープキスをしていると、ふにゃふにゃと珠生の体から力が抜けていくのが分かる。  そのまま珠生を膝の上に乗せると、珠生は熱い吐息を漏らしながら、舜平に囁いた。 「……そういうキスは、ずるいよ……」 「ずるいって……?」 「……あんなに何回もしたのに……もっと、したくなる、じゃん……ん、」 「したくなるって? 何を?」 「……もう、またそういうこと言わそうとする……っ」 「いいやん、言ってみって。……何をしたいん? 教えて」 「んっ……あ、ン……っ」 「教えて、珠生」 「は……ァっ……ん」  シャツをたくし上げ、珠生の上半身をあらわにする。珠生は逆らう事なくシャツを脱ぎ捨て、首筋に唇の愛撫を受けながら、うわごとのように呟いた。 「……しゅん、ぺいさんと……セックス、したい……っ」 「ははっ……。ほんっま、かわいい、お前」 「……うるさい、ん……」 「うるさいはないやろ。……まったく」  珠生はシャツの下には何も着ていなかった。舜平は眩しげに目を細め、朝日に染まる珠生の美しい肉体に掌を這わせた。肌を撫でられるたび、珠生の身体はみずみずしく跳ね上がり、熱を帯びた肌がほんのりと桃色に染まっていく。  しなやかな珠生の肉体を抱きしめながら、舜平は何度でも珠生と口づけを交わした。そして珠生の昂りを手の中で慰めながら、己の欲望を珠生の中に穿ち、突き上げ、珠生の望むものをその中に吐き出すのだ。  そうして二人は時間の許す限り、甘く激しく身体を重ね合った。

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