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14、お礼参り?
月曜日。
珠生はいつもの様に学校へと向かっていた。今週から、十月末に行われる文化祭の準備が始まるのだ。
生徒会に入っているということもあり、珠生と湊は何かと若松に雑用を押し付けられ、職員室と教室をうろうろする時間が増えた。こういうことはクラス委員に頼めばいいのにと思いながらも、文句を言わずに珠生は立ち働いた。
放課後になり、生徒会室を覗いた二人は、彰がそこにいないことに気がついた。昨年度の学園祭の様子を教えてあげるよ……と彰が言っていたのは先週末。二人は約束の時間にここへ来たというのに、彰の姿はそこにない。
しばらく宇治での出来事について湊に話しながら二人は彰を待っていたが、待てど暮らせど彼は現れない。電話をしてみようかと言い出した湊に同意していると、バン、と生徒会室の扉を荒々しく開く者がいた。
「お、ぉお、おい、沖野。体育館のとこに、ガラの悪い奴が二人来てんねんけど」
と、怯えた顔をしてそこに立っているのは、クラスメイトの空井斗真だった。部活に向かっていた斗真は、体育館脇でその二人に呼び止められ、珠生のことを尋ねられたという。
「え? どんな人?」
「かなりガタイのいい、黒髪短髪の二人組や。宇治政商高校の制服着とった」
「宇治……ああ」
珠生の脳裏に、宇治橋の上にいた二人の顔が浮かぶ。湊もそれを察したらしく、立ち上がった。
「やっぱ来たな、向こうから」
「そうだね」
特に動じる気配もなく立ち上がる二人を見て、斗真はおろおろしている。
「なぁ、先生とか呼んだほうがいいか?それとも警察?お前ら、何したん?」
「別にお礼参りとかじゃないから、大丈夫だよ」
と、珠生は斗真に微笑んだ。
「でも……」
さっさと生徒会室を出ていく二人を追いかけて、斗真も一緒に体育館へと戻っていく。
斗真の言うとおり、体育館入口脇の花壇の縁に腰掛けた二人は、明るいところ見てもかなりいい体格をしていた。入り口付近に見慣れない制服の二人組がいるものだから、体育館を利用するバスケ部やバドミントン部の面々が恐々しながら体育館へそそくさと入っていく。
珠生が湊を連れて二人の方へと歩み寄ると、二人は殆ど同時に顔を上げた。
一人は色が黒く、細面に濃い眉、切れ長の目元をした鋭い印象の少年だった。シャツの下にハイネックのアンダーシャツを着ている所を見ると、やはり何かしら運動部に所属しているようだ。大きな四角いスポーツバッグを足元において、じろりと珠生を見上げている。
もう一人も色は黒いが、四角く角ばった顔をしており、目元もどちらかと言うと気弱そうな少年である。こちらの少年は珠生の背後に背の高い湊が控えているのを見て、少し怯んだ様子でもあった。さらに、斗真が体育館の入り口の所に立ってこちらを見ているのを、気にしているふうでもある。
「俺に用事って何? こないだのこと?」
珠生は二人の前に立つと、片手を腰に当てて二人の顔を交互に見た。
「ていうかさ、こんな目立つ所に来ないでくれる? 裏へ回ろうか」
「……いや、俺ら喧嘩しに来たわけじゃないんです」
意外と丁寧な口調で対応されたことには驚いたが、警戒は解かない。鋭い顔をした方の少年が、キッと珠生を見上げる。
しかし二人はやおらその場に正座をすると、べたっとその場に両手をついて、深々と頭を下げた。
「どうも、すいませんでした!!」
突如大声で土下座をし、謝罪された珠生は訳が分からず、きょとんとしていた。湊も反応に困っているのか、腕組みをしたまま二人を見ていることしか出来ない。
「……俺ら、こないだ、別にあなたをどうこうしようと思ってついていったわけじゃないんです! ただ、呼びつけられて、あの場にいただけで!!」
「俺らにも色々事情があるんです!! だからその……勘弁して下さい!! まだ死にたくないんです!!」
「……ちょっ、ちょっと待ってよ! 死にたくないってどういうことだよ」
珠生は物騒な言葉に仰天して、土下座をしている二人の頭を起こそうと肩に触れた。それだけの行為に、大柄の少年は大仰に身体揺らしてびびっている。
「ひっ……!!」
「あ、ごめん」
と、何故か珠生が謝っている。
「あの力……俺らが敵うわけありません。きっと怒らはって、俺らを殺しに来ると思って、謝ろうと思って……」
「はぁ?」
珠生が気の抜けた声を出す。湊は顔を巡らせて、珠生の肩を叩いた。
「おい、場所変えよ。ゆっくり喋れるところのほうがええやろ」
「そうだね」
見れば、体育館の入り口のところで、斗真を始めとしたバスケ部の面々や、帰りがけに何事かと気に留めた制服姿の生徒たちが、こちらに注目している。
珠生は慌てて、二人を引っ張って立たせた。
「勘弁して欲しいのはこっちだよ」
珠生はため息混じりにそう呟いて、しょぼくれている二人の高校生を見比べた。
+ +
「俺、宇治政商高校一年、吉田瑛太 といいます。こいつは、同級生の満原迅 です」
鋭い顔つきをした方の少年は名乗ったついでに、もう一人の少年のことも紹介した。
珠生、湊とその二人は、学校から少し離れたファーストフードの店に入った。ここなら多少ざわついても問題はないし、高校生四人がいても目立たない。
二階席の奥のボックス席に陣取った四人は、適当にコーヒーなどを購入して座った。
大柄な二人がボックス席のソファにちんまりと座らされている様子を見て、珠生は毒気が抜かれてしまった。湊は相変わらず淡々とした顔でコーヒーシェイクを啜っている。意外と甘党なのだ。
「で、事情ってやつを聞かせてもらおうか」
と、珠生は二人を交互に見た。
二人はチラリと目を見合わせると、瑛太の方が咳払いをした。
「去年の春くらいから……俺ら、なんか幽霊のようなものが見えるようになったんです」
珠生と湊は顔を見合わせる。舜平の言うように、やはり十六夜絡みで何かしら変化が起こったのかもしれない。
「気味悪かったけど……誰にも言えへんくて。でも夏の合宿の時、満原にも同じものが見えてることに気づいたんです。仲間がおって……俺はホッとしました」
その後を引き継ぐように、今度は四角い顔の満原迅が話し始めた。
「お祓いとか、何回か行ったんですけど変化はなくて……でも段々、この状況にも慣れてきてたんです。でも……この夏休み、むっちゃ不気味で、でっかい化けもんが、俺らを襲ってきたんです。喰うって、言われたんです」
迅はぶるりと体を震わせて、その時のことを思い出しているようだった。瑛太も重苦しい顔をしたまま、手元のコーラを見つめていた。
「練習試合の帰りで、もう夜遅かった。俺ら、宇治橋通っていつも帰るんやけど……そこでその妖怪に襲われて、ただ必死で逃げてたんです。そしたら……水無瀬さんが現れて」
「水無瀬、ってあの女子高生?」
と、珠生。
「そうです。うちの高校の先輩です。……あの人、俺らの前に立ちはだかって、御札みたいなもんでその化けもんを吸い込んだんです。助けてもらって、めっちゃ感謝してたんですけど……」
「……そうなんだ」
「君たちには力があるから狙われるんだ。あたしと一緒に妖怪退治しないかって、誘われたんですけど……俺らは、そんな意味わからんこと、したくないって言ったんです」
と、迅。
「そしたら、めっちゃくちゃ怒られたんですよね。お前ら、自分の力に誇りを持ってないのかって。……力って言われても、俺ら幽霊が見えるだけやし。誇りとか言われても困るっていうか……」
と、瑛太。
「その後、何回か学校でもそんな話されてたんですけど、もう無視しようって決めたんです。でも、あの時……」
二人は再び目を見合わせた。
「あの金髪の人が学校へ来て、ええもん見せたるから一緒に来いって言ってきたんです。お前らも、見えるんやろって」
瑛太はぎゅっと唇を真一文字に結んで、土曜に起きたことを思い出しているようだった。
「あんな、いかにも怪しい奴と一緒に行くつもりなかったんですけど……水無瀬さんに、よろしゅう言われてねん、って言われて。なんか、怖くなって」
瑛太はそう言ってまた、頭を下げた。
「すいませんでした。怪我してはったみたいやし……気になって」
迅もペコリと頭を下げる。二人のつむじを眺めながら、珠生は唸った。
「……君たちは単に霊力が少し増してるだけで、祓い人というわけじゃないんだね」
「そうです。見えるだけでも怖いのに、あんな化けもんと戦うとかありえへん。出来れば、普通の生活に戻りたいんです」
と、瑛太は顔を上げてしゅんとしている。
「そっか……なるほどな。珠生、その水無瀬ってやつには会うてみなあかんな」
と、状況を飲み込んだ湊がそう言った。珠生も頷く。
「先輩が言ってなかったっけ? 一時的に強まった霊気を封じることができるって」
「ああ、なんか言ってたなぁ。十六夜の影響について説明があった時やろ?」
「この二人に、それをやってもらおうか」
「そうやな……」
ぶつぶつと二人で話し合っている様子を、瑛太と迅はじっと見ていた。ずず、と氷の解けたコーラを瑛太が飲んでいる。しかし珠生が向き直ると、二人はまだ怯えているのかビクッと身体を縮めた。
「どっちでもいいから、ここに連絡先を書いて。こっちも上と相談するから」
と、珠生は紙ナフキンとボールペンをテーブルに置いた。
「上?」
と、不思議そうに迅が聞き返す。
「こういうことに、とても詳しい先輩がいるから……聞いてみる。君たちが普通の生活に戻れるかどうか」
「ありがとうございます……!」
二人は礼儀正しく一礼し、瑛太が勇んで自分の携帯電話番号やアドレスを書き込んでいる。珠生はそれを受け取ると、胸ポケットに収めた。
二人は少し安堵したのか、表情が緩んできた。ようやく珠生たちの顔をまっすぐに見ることができるようになった様子である。
「喧嘩、強いんですね……。そういうふうに見えへんのに」
と、瑛太が湊と並んで小柄に見える珠生をまじまじと見ながらそう言った。
「あ、うん……まぁ」
珠生は曖昧にそう返事をすると、薄いホットコーヒーを飲む。
「ほんまに……人間じゃないとか? そんなわけないですよね?」
と、迅が小ぶりな目をぱちぱちさせながら珠生を見ると、湊が少し笑った。
「こいつは正真正銘人間や。見たら分かるやろ」
湊の言葉に、二人はホッとしたように顔を見合わせて初めて笑った。大柄でいかつい顔立ちをしている二人でも、笑っている顔はまだまだ高校一年生に見える。
「でも……ちょっと違う力、持ってはるってことですよね……?」
と、瑛太。
「うん、まあちょっとね。君たちとそんなに変わんないよ」
そう言って微笑む珠生の笑顔に、二人はちょっと照れたような顔で目をそらした。
「二人共高一にしてはガタイええな。何部なん?」
と、話をそらすように湊がそう尋ねた。二人は湊を見て言った。
「ラグビー部です。中学からやってます」
「なるほど、未来の墨田敦か……」
と呟いた湊に、珠生は苦笑した。
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