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28、けんかごし

 珠生の指示通り、舜平は車の中で珠生を待っていた。  悠一郎と美来は、先に電車で帰っていった。舜平は「このあとバイトやから」と適当な嘘をついて、二人と早々に別れたのである。  三人で学園祭を回っている最中、珠生からメールが入ってきたのだ。それは『家まで送ってもらえませんか』と、いう素っ気ないものだったが、珠生は明らかに美来のことを気にしている風だったし、珠生の麗しい浴衣姿をじっくり堪能できなかったことにも後悔が残っていた舜平は、二つ返事で「わかった」とだけメールを返した。   ふと、文化祭で見た風景を思い出し、舜平は笑う。たすきがけをしながら珠生が販売に回った途端、そのあたりにいた女子生徒が待ってましたとばかりに群がり、ずらりと行列をなしたのである。珠生は一瞬目を丸くしていたが、隣で一緒に作業をしている男子生徒に何か耳打ちされてからは、まさに営業用スマイルといったきらめく笑顔を顔に貼り付け、わらび餅を売りまくっていた。  あっという間に珠生の店は商品が売り切れたらしく、すぐに店じまいとなった。女子生徒が作ってきた”完売御礼”という札を吊るして、珠生たちはそそくさとどこかへ消えていった。  一緒にそんな風景を見ていた悠一郎や美来も、唖然としていた。 「……いよいよ俺が独り占めしてたらあかん気がしてきたわ。やっぱり芸能界に推したほうがええかな……」 と、悠一郎は頭を抱えた。 「アホ。あいつがそんなんに興味ないって、お前が一番よう知ってるやろ」 と、舜平は悠一郎を慰める。 「すごいなぁ。サインもらっといたら良かったぁ」 と、美来はふわふわした声でそんなことを言っていた。  そんなことを考えていると、コンコンと窓ガラスを叩く音にはっとする。窓を開けると、浴衣姿のままで、肩に明桜学園のサブバッグを引っ掛けた珠生が立っていた。走ってきたのか、軽く息が上がっていて頬が赤い。 「……おう。もう、ええんか、今日は」 「うん、打ち上げはまた後日ってことになってるから」 「そ、そうか……。まぁ、乗れよ」 「うん」  いつものように助手席に収まる珠生を見つめながら、舜平はしばし無言でいた。暗がりに浮かび上がる白っぽい浴衣を身にまとった珠生の姿が、あまりにも幻想的で美しかったからだ。それに、白い衣を纏っていると、かつて千珠であった頃の過去を思い出す。過去を思い出し、かつての力をその身に宿した珠生は、やはり出会った頃よりも数段妖艶だ。 「……見過ぎだよ」 「あ、おう。すまん……。似合うな、その浴衣」 「父さんのなんだよ。この日のためにって、ちょっと直してくれたんだってさ」 「そうなんや。子煩悩やなぁ」 「まぁ、ね」 「先生、今日は家にいはんの?」 「……いないよ。知ってるくせに」  珠生の熱っぽい目つきに、ぞくりと背筋がざわめいた。  健介が出張中であることを、彼のそばで学問に勤しんでいる舜平が知らぬわけがない。珠生がどういうつもりで舜平に待っていて欲しいと言って来たのかということくらい、舜平は百も承知だった。 「……念のため、や」  そうひとりごちて、舜平は車をスタートさせる。まだまだ車通りの多い夜の街を無言で走っていると、珠生が不意にこんなことを言って来た。 「俺、こないだクラスメイトにキスされたんだ」 「ふーん。………………えっ!!??」 「ちょ、前見て前!」 「あ、すまん……って、え!? どういうことやねんそれ!」 「舜平さんが俺を寝かせてくれなかったから、眠気が限界で保健室で休んでたんだけど」 「……おお」 「その時、俺を心配してお見舞いに来てくれた友達に、された……っていうか」 「え!? 男!?」 「うん。こないだ一緒に襲われた、バスケ部の」 「……あぁ……。って、なんでそうなんねん!! いや、分からんでもないけど……っていうかなんで寝てる生徒がいんのに保健の先生いいひんねん。あかんやろそんなん、あかんあかん……」  ぶつぶつと支離滅裂な独り言を言いながら運転する舜平をちらりと見て、珠生はこう言った。 「キスくらい、別にいいじゃないか。自分だって美来さんのこと、ちゃんと断りきれてないくせに」 「うっ。…………って、キスくらいとか、え!? 何やそれ! あかん、あかんで!!」 「大きなお世話なんだよ。優柔不断」 「くっ」  どうやら珠生は怒っているらしい。美来の告白に対して曖昧な態度であり続けていることを、何となく察しているのだろう。舜平は己の不誠実を呪いつつ、強気に生意気なことを言い張っている珠生の方をちらりと盗み見た。 「……それは、悪かった。今度、ちゃんとけじめつけるから」 「……別に、俺は関係ないけど」 「っていうか、キスくらいって……お前、いつの間に千珠並みの貞操観念になってもうたんや。俺は悲しいぞ」 「千珠並みとか言われたくないんですけど」 「寝込みを襲われたとはいえ……はぁ」 「先輩が止めてくれてくれたんだ。……でも、もうちょっとしててもいいかなって思った」 「……お前なぁ」  いつしか車は珠生の自宅に到着しており、舜平はいつものように車を駐車場に入れた。改めて珠生に向き直ると、珠生はどことなく棘のある目つきで舜平を見つめている。そういえば、こうして珠生の怒った顔を見るのは初めてかもしれない。  珠生の怒りの裏側に、舜平にヤキモチを妬かせたい、もっと自分だけを見ていて欲しいという訴えを感じ取ってしまえば、珠生のそういう態度でさえも可愛く思えてしまう自分が怖い。  しかし、誰かに珠生の唇を奪われてしまったということは、腹立たしくて仕方がない。複雑な気持ちを腹に抱えて、舜平は無言で先に車を降り、助手席側に回ってドアを開ける。 「わっ」  ぐいっと珠生の腕を強引に引き寄せ、車から降ろす。そしていつものようにエントランスを抜けてエレベーターに乗ると、あっという間に三階にある珠生の自宅に着いた。  珠生が鍵を開け、開いたドアの中に珠生を押し込み、舜平はその場できつくきつく珠生を抱きしめた。そして、荒々しいキスを浴びせる。 「んっ……んんっ……」 「いつからそんな生意気言うようになったんや、お前は」 「う、うるさい……っ! ん、ふ……ッ」 「どっちが良かった。そいつのキスと、俺のと」 「ん、ア……っ」 「どんなふうにされたん?言ってみろ、珠生」  頬を片手で強引に掴んで無理矢理に口を開かせ、舌をねじ込むようなキスを繰り返す。壁に珠生を押し付けながら、空いた手で浴衣の裾を割り、むき出しになった太ももを乱暴に自分の方へと引き寄せた。そして下半身を密着させながら、指が食い込むほどの強さで、ゆっくりと太腿を撫で上げる。 「……ぁ、はぁっ……」 「……そういうエロい顔で、同級生誘ったんか」  珠生の唇の端から、つうと透明な唾液が伝っている。暗い玄関で絡み合う二人の濡れた舌の音が、しんとしたマンションの廊下に淫らに響いた。舜平の手が、太ももから上へ上へと上がってくる。下着の上から痛いほどの力で尻を掴まれ、珠生は官能の入り混じった痛みに顔をしかめつつも、猛々しい舜平の愛撫に心底酔いしれていた。  いつになく挑発的な気分で舜平を見上げ、珠生は妖しく微笑んだ。 「そうだったら、どうだっていうんだよ……」 「へぇ……言うようになったやん」  舜平は唇に薄い笑みを浮かべながら、珠生を荒々しく廊下に押し倒した。舜平が馬乗りになって、浴衣の襟元を乱暴に開いてくる。再び無遠慮なキスを浴びながら、珠生は自分からも手を伸ばして、舜平のシャツを脱がせにかかった。  いつしか浴衣の裾は大きく割れて、珠生の白い脚がむき出しになっていた。舜平の指先で胸の尖りを強くつねられ、びくんと身体が跳ねた拍子に、つま先から下駄が落ちた。ころん、からんと、下駄が玄関に転がる音が響く。 「あ、っ……はぁっ……!」 「俺を見ろ、珠生」 「ん……っ」 「……こういうことも、したかったんか。そいつと」 「ァ、あっ……舜っ……」 「……ほら、もうこんなや。エロい身体になったもんやな、珠生」 「あ、あ、あ、あっ……!」  すでに硬く硬く勃ち上がったそれを、舜平に激しく扱かれる。何の遠慮もない、いつになく乱暴な愛撫だが、昂り切った珠生にとってそれは甘い快楽でしかない。自分から腰をすり寄せ、舜平にキスをせがみながら、珠生は乱れた。 「ん、ぁ、あん、しゅんぺ……ァ、あ、」 「俺以外の男と、こんなことがしたいんか?どうなんや」 「あ……っ、ア、やだ、イっちゃう、イっちゃうよ……っ……!」 「イけよ。何回でもイかせたるから」 「や、まだ、イきたくないっ……舜平さんの、で……」  肉体は貪欲に快楽を求めて腰を揺らしているにもかかわらず、珠生は泣きそうな声でそんなことを訴えてきた。舜平は珠生を責める手を止めて、着衣を乱した珠生の姿を見下ろした。  硬い廊下で大きく脚を開かされ、浴衣があられもなく乱れている。ほんの少しずらされただけの下着の下で先走りに濡れた珠生の性器は、今にも達しそうに硬く反りかえっているというのに、珠生は絶頂を拒むように、涙目で舜平を見上げているのだ。大きくはだけた浴衣の襟からは、白い腹とツンととがった乳首が暴かれて、汗ばんだ肌の艶やかさが殊の外美しい。  こんなにも美しい珠生を、誰かに触れさせたいわけがない。しかし、珠生が男を惹きつけてしまう理由を作ったのは、自分であるという自覚もある。セックスを重ねるごとに珠生は妖艶になり、男から与えられる快楽を知った肉体は無意識のうちに男を誘う。  キスをした同級生に対する嫉妬も浮かぶが、それ以上に舜平を高ぶらせるのは優越感だった。この美しい獣を服従させることができるのは自分だけ、珠生のこんな表情を知るのは自分だけ……かつて舜海であった頃も、千珠を抱くことでつまらぬ己のプライドを慰めていた部分もあったな……と、舜平は不意に過去の感情を思い出していた。

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