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〈2〉

   そして次の金曜日。  珠生は舜平の車に揺られて、ショッピングモールへとやって来た。  店内のあまりの広さ、そしてあまりのきらびやかさに尻込みしている珠生を見ていると、ついつい笑えてきてしまう。舜平は珠生の頭をポンと撫で、そわそわきょろきょろしている珠生を落ち着かせようとした。 「どうした。なにそわそわしてんねん」 「あ、いや……こんなに広いと思わなかったからさ。どこからなにを見たらいいのか分からなくて」 「大丈夫やって。俺、良さそうな店いくつかピックアップしてきたしさ」 「……へ、そうなの? ありがと……。ってか今日平日だよね、すっごい人」 「まぁ確かに、人は多いな。俺も平日は初めてやけど」 「もう来たことあったんだ」 「おう、オカンと妹の運転手させられてな。二回くらい来たかな」 「へぇ、仲良いね」 「うっさいだけやで、うちの女どもは。ほら、行こ。あっちにな、ええ感じの革製品売ってるとこあんねん」 「うん」  舜平はそう言って、さりげなく珠生の腰をぐいと引き寄せてきた。こんな人ごみで何をするんだと、珠生がぎょっとして舜平を見上げた瞬間、珠生のすぐ後ろを四、五人の派手な女子高生の群れが、大声でお喋りをしながら通過していった。ぼんやりその場に佇んでいたら、きっと彼女らに思いっきりぶつかられていたところだ。 「……あ、ありがと」 「ったく、戦闘の時はあんなに素早いくせに、こういうときは周り見えへんねんな」 「しょ、しょうがないだろ。人が多いと、なんかこう……気が散るというか」 「ははっ、そうやんな。ほな行こか」 「うん……」  舜平は爽やかに笑って、そのまま珠生の腰を軽く押し、行き先を示してくれる。ごちゃごちゃと人の行き交う混み合った店内でも、すらりと背の高い舜平は、まるでその影響など受けていないような涼しげな顔だ。  改めてこうして並んでみると、舜平はやはり一般的な成人男性よりもゆうに頭一つ分くらいは背が高い。珠生も少しは背が伸びたが、一八〇を越している舜平の長身には一生追いつけそうにない。 「なに見惚(みと)れてんねん」 「え? は!? そ、そんなわけないじゃん」 「そんなに心細いんか?」 「もう慣れたし」  そう言って珠生が強がると、舜平はまた楽しげに笑った。今日はいつになく、寛ぎ楽しげな舜平の笑顔がたくさん見ることができ、珠生は内心とても幸せだった。 「お前さ、普段はどこで服とか買ってんの?」 「服? ……うーん、千秋が来た時以来、買ってない……」 「え、そうなん? 親が親なら子も子やな」 「うるさいなぁ。父さんに言いつけるよ」 「それはマジでやめてくれ」  ちょうど、二人が歩いている界隈はメンズファッションの通りだった。舜平が言うように、落ち着いた雰囲気の高級そうな店から若者が好みそうな派手な店まで、いろんなショップが揃っている。といっても、珠生にはそのブランド名の持つ意味などよく分からないし、パリッとおしゃれにきめた店員さんに近づいてこられるのも怖いため、入ってみようという気にはならないのだが。 「まぁお前はかわいいから、何着とっても様になるからなぁ」 「……かわいいとかやめてください」  今日の珠生の服装は、いつぞや千秋が見繕っていったものだ。淡いグレーの細いストライプ柄の入ったシャツと、黒いざっくりしたカーディガン、そしてジーパンと黒いスニーカーだ。白いスニーカーは、霧島神事のときにだめにしてしまったのである。 「……これとか絶対に似合うと思うねんけど……」  そう言って舜平は急に進路を変え、ふらりとおしゃれめいたショップに入っていってしまった。珠生はぎょっとして、慌てて舜平の後を追う。 「ちょ、寄り道しないでよ」 「いいやんちょっとくらい。ほれ、たまにはこういう色なんてどうや」 「やだよそんな目立つの」  舜平が差し出しているのは、淡いピンク色のカットソーだった。確かに色はいいかもしれないが、珠生は生まれてこのかたそんな色の服を着ようと思ったこともないため、ぎょっとしてしまう。 「色白いから絶対似合うって。色が気になるんなら、肩からこうセーターをひっかけてやな」 「どこのプロデューサーだよ」 「ほら絶対かわいいのに。……八五〇〇円か、買ったろか」 「いらないってば!! ほら、行こうよ。お店の人が寄ってくる」 「つれないなぁお前」  舜平は、寄ってきた店員と軽い会話を交わしている。珠生はそそくさと店内から通りに出て、少し離れた場所から舜平を眺めた。その店にディスプレイされているマネキンを見上げて、珠生はふと、自分よりも舜平のほうが、よっぽどなんでも似合うのになぁと思った。  普段、大学やアルバイトがある時、または妖がらみの仕事で外を出歩く時は、舜平は基本的に着古したTシャツやパーカーといったラフな格好が多いのだが、今日はいつもと少し服装の趣が違った。  白に近い、淡いグレーのセーターを着ていて、軽く袖をまくっている。セーターには織柄が入っていて、舜平の表情をいつもよりぐっと大人びたものに見せていた。濃色のジーパンを履いた脚はマネキン顔負けの長さだし、顔立ちだって……。  ――かっこいいなぁ。舜海だった時も、いい男だなと思ってたけど……。 「珠生?」 「えっ!? あ、なに?」 「人あたりか? 疲れた?」 「う、ううん。全然大丈夫!」 「そうか」  舜平は微笑んで、珠生の頭をぽんと撫でた。ついさっきまで見惚れていた男にそんなことをされて、珠生はついつい照れてしまう。 「舜平さんってさ……」 「うん?」 「逆に似合わないものとかあるんだろうか……」 「へ? 逆にってどういう意味?」 「ううん……深い意味はないんだけど」 「そらいっぱいあるやろ。女装だけはいややな。死んでもしたくない」 「それはちょっと違うと思うけど」 「あとはほれ、こういうダボダボした、ラッパーみたいな格好とかもしたくないかな。似合わへんと思うし」  と、ちょうど前を通りかかった、やたらとオーバーサイズの服を着せられて、ギラギラした大振りのアクセサリーやサングラスで飾られたマネキンの前を通りながら、舜平はそう言った。 「そうかなぁ。結構似合うと思うよ」 「え……お前まさか、こういうファッションが好みなんか……?」 「えっ? ち、違うよ!」 「そうやったんか……」 「だからちがうってば」  ふと舜平は立ち止まり、だぼっとしたド派手な服を眺めた後、珠生の方をちらりと見た。そして、ちょっと笑いをこらえるような顔をして、軽く咳払いをしている。 「何だよ」 「いや……珠生はこういうの、似合わへんなぁと思って……ちょっと想像したら、笑えてきてもうて」 「……似合うわけないじゃん。馬鹿にしてんですか」 「あ、でも待てよ……ズボン履かんと、このだぼっとしたセーター一枚だけとかやったら……うん、ええな。エロいな……って、あ、ちょっと待てって、珠生!」  先にスタスタ歩き出した珠生を、舜平は慌てて追いかけた。

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