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〈3〉

   革製品をメインに扱うショップに到着し、珠生は舜平とともに父に似合いそうなネームホルダーを探した。売っている製品は高価なものから安価なものまで幅広く、バリエーションも豊富である。高校生の珠生にも手が届くものもたくさん販売されている。 「んー……これ、かっこいいかな」 「どれ? おお、ええやん。先生に似合いそうやな」  健介のイメージを考えると、クールな黒よりも、温かみのある焦げ茶色が似合いそうだなと珠生は思った。値段の割に高級感があるところも、珠生にとってはありがたいところである。名札とストラップをつなぐ金具の部分は艶を抑えてあって落ち着いた印象だし、IDカードだけでなく、もう数枚別のカードを入れておける余裕があるところもいいと思った。  さほど迷うことなくいいものが見つかったため、珠生はそれを購入することにした。心に余裕ができたこともあり、珠生はもう少し自由に店内を見て回ることにした。舜平は舜平で、今は別のところでショーケースを覗き込んでいる。珠生は店内をうろうろしながら、今までに見たことがないくらい高い鞄や財布、アクセサリーの類などを見て回った。 「……ん?」  ふと見つけたのは、本革製のバングルだった。太いデザインのものや、天然石や金属がたくさんついているタイプなど、いろんな種類のものがディスプレイされていたが、珠生の目に留まったのはとてもシンプルなデザインのものである。  深い焦げ茶色の細い革がきれいに編み込まれていて、男物にしてはほっそりとしたデザインが好ましい。華奢なシルバーの金具がアクセントになっていて、それがまたかっこいいと珠生は思った。  ――舜平さんに似合いそうだな。  珠生はふと、そんなことを考えた。これなら、舜平がいつも身につけている黒いスポーツウォッチの邪魔をしないだろう。  ――あれ、そういえば、舜平さんの誕生日っていつなんだろ。これ、プレゼントしたら喜んでくれるかなぁ。 「ご試着されますか?」 「へっ!? いや、だ、大丈夫です!」  珠生があまりに熱心にバングルを見つめているものだから、店員が近づいてきた。珠生は慌てて、手にしていたネームホルダーを、店員に向かって差し出す。 「こ、こっちをプレゼント用で!!」 「かしこまりました」  おしゃれな店員は恭しくそれを受け取り、珠生の前から消えた。珠生はため息をつき、もう一度そのバングルを見下ろした。 「……アクセサリーとか、するのかなぁ……いや、でも見たことないな……」 「誰が?」 「うわっ」  今度は舜平が背後にいて仰天する。俺の感知能力はどこへ消えたのだろうと、珠生は内心不思議に思った。 「な、何でもない……」 「もう包装してもらってるんや」 「あ、うん」 「先生の反応、楽しみやな」 「そうだね……」  若干そわそわしている珠生を、舜平が不思議そうに見つめている。舜平はふと腕時計に目を落とし、珠生の肩に触れてこう言った。 「俺、腹減ったわ。飯食うやろ?」 「えっ、あ、うん、食べる」 「二人で外食なんて、初めてやな」 「……へっ、あ……うん、そうだね……」  ――確かに、ラブホとかは必要に迫られて行ったりしてたけど……二人で外でご飯とか……。なんか、普通の人みたいだ。  ――男同士って時点で普通じゃないかもだけど、こういうの……すごく、幸せだなぁ……。  柔らかく微笑む舜平の笑顔を、珠生はまっすぐに見ることが出来なかった。  +  + 「どうや、初めての味は」 「……うん、美味しい」  せっかくなので珠生が食べたことのないものを食べようということになり、ふたりはレストランフロアの韓国料理屋に入った。そして珠生は、人生初のビビンバを食べているところである。 「前から気になってたんだよね。こんなに美味しいものだとは思わなかったなぁ」 「そんなに美味いか、よかった」  じゅうじゅうと小気味いい音を立てて運ばれてきたビビンバを見て、珠生は困惑気味に食べ方が分からないと言った。舜平も詳しいことは知らなかったが、とりあえずビビンバは混ぜて食うものだと教えてやる。すると、珠生は大きなスプーンで熱心に石の鉢に入ったビビンバを混ぜはじめた。  家族連れやカップル、運動部らしき服装をした大柄な少年たちが仕切りの向こうでわいわい食事を取っているという賑やかな風景の中、珠生が物珍しそうにビビンバを食べているという姿は、舜平にとって身もだえするほど可愛いものに見えた。  桜色の愛らしい唇を大きく開いて、スプーンに盛られたビビンバを口に運ぶ珠生。少し頬を膨らませ、もぐもぐと咀嚼している姿をじっと食い入るように見つめていると、だんだん食事をしている姿が妙にいやらしいものに見えてくる。  ごくりと食物を嚥下する白い喉の動きが艶かしい。時折、唇に付着した米粒を舐め取る舌の動きが色っぽい。空調が弱いのか、少しばかり蒸し暑い店内で、こめかみのあたりに汗の滴をくっつけている様もまた、妙にエロく見えてしまう自分が怖い。  ここ最近急にエロさを増してきたキスの感触や、小さな口で舜平に奉仕してくれるときの熱心な表情を不意に思い出し、ついつい体が熱くなってしまう。舜平は慌てて氷の入ったお冷を飲み干し、ぷはぁと息を吐いて店員におかわりを申し出た。 「あれ、どうしたの? 辛かった?」 「い、いや……ちょっと、喉につかえそうになって……」 「え? なんで? ひょっとして急いでるの?」 「いや! いやいやいやいや! 今日はこの後も何もないから、ゆっくりお前と……」  咳き込みながら一気にそんなことを言うと、珠生は不思議そうな目つきで舜平を見上げた。 「……? ゆっくり、俺と何?」 「えーと……この後、どうする? もうちょっと見て回るか?」 「そうだなぁ。舜平さんは何かここで用事ある?」 「せやなぁ。ちょっと本屋行っていい?」 「うん、いいよ。俺も行きたい」 「そっか」  そう言って、珠生は自然な笑顔を浮かべた。舜平と過ごす時間にすっかり慣れてきたのだろう、珠生はその後も、もぐもぐ食事をとりながら、自然と学校の話などを舜平に話している。湊のこと、彰のこと、学園祭のこと……話題は様々だ。出会った頃はあんなにも引っ込み思案でおとなしかった姿が嘘のように、珠生は舜平に心を許しているようだ。  ――……かわいいなぁ。  舜平は相槌を打ちながら、普通の高校生らしい珠生の表情に惚れ惚れしていた。そして、ふと、周囲にいるカップルや、いかつい男子学生たちの目線が、がっつり珠生に向いていることに気づいてしまう。カップルに至っては、男女両方が珠生の方をチラチラ見ているという始末だ。  ――なるほど。これは危険やな……。  ただでさえ目を惹く容姿をしているというのに、今は楽しげな笑みを浮かべながらおしゃべりをし、さらには旨そうにビビンバを食べているのだ。そんな珠生のきらめくオーラが、この狭い店内で目立たないわけがない。舜平はにこにこしながらも複雑な想いを抱えながら、急いでビビンバを平らげワカメスープを飲み干した。 「はやっ。もう食べたの?」 「おう……。腹減っててん」 「俺ももうすぐ食べ終わるから、ちょっと待って」 「あ、ええよ。ゆっくりでええ」  と言いつつ、舜平に合わせようとしてビビンバを頬張る珠生の姿もまた愛らしい。ついついまたいやらしいことを考えそうになる自分を心の中で殴りつけ、舜平はつとめて爽やかな笑顔を心がけた。

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