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四、試験勉強

 その頃、珠生は彰、湊と共に試験勉強に励んでいた。もうすぐクリスマスという浮かれたくもなる季節だが、年明けすぐに校内模試があるため、気を抜けない状況なのである。  珠生は苦手な数学を一問解き終え、ため息をついて目を上げた。珍しく、難しげな参考書を開いて読みふけっている彰が目に入る。いつもは珠生と湊の指導に力を入れているのたが、今日は自分の勉強をしているらしい。  大学受験がない学校なのに、さすがだなと思いつつ、珠生はコーヒーを入れようと立ち上がった。つられて湊も顔を上げ、あーあと唸って伸びをする。 「……もうこんな時間か」 と、湊はカウンターにおいてあるデジタル時計を見てそう言った。時刻は二十時半だった。 「俺、そろそろ帰るわ。先輩は?」  湊はそう言いながら荷物を片付け始めたが、彰はあいも変わらず参考書に目を落とし、一定のペースでページをめくっている。あまりまばたきをせずにそんなことをしている彰は、まるでロボットのようだった。全てのページをインプットするロボットだ。 「集中してはるな」 と、湊はそれ以上声をかけなかった。 「すごいね。さすが先輩だ」 「……そうでもないさ」 と、彰が不意に顔を上げたので、二人は仰天した。 「……びっくりするじゃないですか。それ、何の勉強ですか?」 と、珠生は胸を撫で下ろす。 「物理だよ。珠生の苦手な」 「……ああ」  珠生は苦笑する。 「僕、受験するんだ。他の大学を」 「ええっ! そうなんですか?」  彰の発言に、また二人は仰天した。せっかく大学受験のない名門校へ通っているのに、好んで大学受験をすると言い出す彰が信じられなかった。  参考書を閉じて、彰はにっこりと笑った。 「何を好んで大学受験なんか、って思ってるだろ」  今まさにそう考えていた珠生は、目をぱちぱちとして驚く。なんでこうなんでもお見通しなのだろうか。  珠生はコーヒーをカップに注ぐと、湊と彰の前に置いた。湊は砂糖とミルク入り、彰はミルクのみである。ちなみに珠生はブラックだ。 「母があんなことになってからね、医者になりたいと思うようになったんだよ。母が倒れた時、僕は何も出来なかったから」  微笑みながらそんな話をする彰が、美味そうにコーヒーを飲んだ。珠生と湊は何も言えず、ただ話を聞いている。 「救急隊員の処置や、病院についてからの医師たちの姿を見て、あぁ、こういうことができないと母を救うことなんか出来ないんだって実感したんだ。陰陽道の治癒の術は外傷を塞ぐことしか出来ないだろ? 今この時代に多いのは、内側から人間を攻撃するような病ばかり……それを治すには、医術を学ぶしか無いんだよね」 「なるほど……」 と、湊が小さく呟く。 「大学はどこでもいいんだけど、僕は京都を離れることは出来ないから、京大の医学部を受けることにした。国立だし、学費もましだし」 「京大って……舜平んとこですか? 珠生のお父さんの勤めてる?」 「そうそう。舜平も進学するんだろ? あと三年はあそこにいるってことだし、僕もあそこなら通いやすい」  彰はそう言ってにっこりと笑って珠生を見た。 「珠生んちからも近いし」 「ほんとだ」  珠生は笑った。近いからという理由で国立の医学部を選ぶ彰の自信が小気味いい。そして、彰は必ず受かるだろう。 「医者かぁ、かっこいいなぁ」 「そうかい? ま、時間はかかるけどね」 「先輩なら、絶対名医になれますよ」 と、湊も力強くそう言った。彰はゆったりと頬杖をつき、いい笑顔を見せる。 「ありがとう。さしあたり君たちの期末試験、いい結果を期待してるよ」 「大丈夫ですよ」 と、湊は軽い口調だが、珠生はただただ苦笑するしかない。  その時テーブルの上に置いていた彰の黒いスマートフォンが震えだした。それ手に取ると、彰は立ち上がって電話に出る。  彰が電話で話をしている間、珠生と湊は医学部の受験科目について話をしたりしていたが、自分たちも本来ならば、そろそろ進路について考えねばならない時期だということに気づく。 「珠生は何になりたいん?」 「……地方公務員がいい」 「地味やなぁ。そんな派手な見てくれしてるくせに」 「だって、安定してる方がいいし」 「そのままモデルデビューでもしたらいいのに」 「やだよ、色んな人に見られてさ、ネットで悪口とか書かれて外歩けなくなったりしたら嫌だろ?」 「モデルにどんなイメージ持ってんねん」 と、湊は珠生の超安定志向に呆れたような顔をした。 「湊はどうしたいの?」 「俺は大学でプログラミングの勉強して、そっち方面の仕事に就けたらええな」 「あぁ、今もハッキングみたいなことしてるもんね」 「人聞きの悪い事言うなよ。あれは宮内庁の許可を得てやな……」  通話を切って戻ってきた彰が、二人を見比べて言った。 「明日、グランヴィアホテルでミーティングだ、予定に入れておいてくれ。すまないね、クリスマスイブなのに」 「ミーティング? また事件ですか?」 と、珠生。 「早めに君たちに紹介しておきたい人物がいるんだ。よろしく頼むよ」 「分かりました」  二人が声を揃えてそう返事をすると、彰は上着を羽織りながらにっこり笑い、「模擬試験の結果、楽しみにしているよ」と言った。 「大丈夫ですよ」 と、湊はきりりとした顔でそう言ったが、珠生は曖昧に笑うことしかできなかった。

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