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六、珠生の力

 クリスマスイブの京都駅は、カップルや家族連れで賑わっている。きらきらとしたクリスマスリースや電飾に飾られた駅の構内をうろうろ歩きながら、深春はため息をついた。 「疲れた? コーヒーでも飲みに行かない?」 「……はぁ、まぁ……」 「別に敬語じゃなくても大丈夫だよ? あ、俺、沖野珠生っていうんだ。よろしくね」 「……沖野、珠生……」 「うん。……夢に見ているかどうかは分からないけど、千珠っていう白いのが、俺。君がさっき俺を見て呼んだ名前の主だよ」 「…………。……はぁ。クッソ。意味わかんねー。どういうことなんだよ……」 「その気持ちはよく分かる。俺も、受け入れるまでにはいろいろ苦労したしね」 「……あんたが?」  深春は、珠生の全身をじろりと睨めつけた。現在の深春の境遇からしてみれば、珠生の言う苦労など、たいしたものではないだろう……そういうメッセージのこもった目つきをしている。  それに深春はまだ、相手の”気”を感じ取ることができないようだ。もしも珠生の持つ気を感知することができていたならば、すぐに同族だと分かってもらえる。きっと話は早いだろうに……と、珠生は困ってしまった。 「おい、待てや」  その時不意に、深春はぐいと誰かに肩を引っ張られた。  二人が振り向くと、そこにはいかにもガラの悪そうな男が立っている。顔には痣が残り、まぶたを派手に腫らした男。深春にはその男に見覚えがあった。 「おう、もうすっかり元気そうやんか。この糞ガキが」 「お前、こないだの……」  深春の目つきが一気に鋭くなる。人の大勢行き交う駅の構内に、ぞろぞろと七、八人の男たちが姿を現した。 「何人も病院送りにしよってからに。どう落とし前つけてくれんねん」 「お前らが弱かったんだからしょうがねぇだろ。俺に文句言うんじゃねーよ」  襟首を掴み上げられながらも、深春は挑発するような目つきで男を睨んでいる。深春が唇を吊り上げて笑うと、スキンヘッドのヤクザ風の男の頭に血管が浮いた。髪の毛がないのでわかりやすい。 「ええ根性や。こっち来い、こないだの借り返したろうやないか」 「ちょうどいい。こっちも退屈してたとこだ。やってやろうじゃんか」  深春の襟首を乱暴に離した男は、黒い石張りの地面に唾を吐き捨てた。深春がその男たちに付いて行こうとした瞬間、深春はぐいと上着のフードを引っ張られて尻餅をついた。 「うわ!」 「ちょっと待った」  強かに打ち付けた腰をさすりながら、珠生の存在を思い出す。まるで戦力にならなさそうな珠生を邪険にするように、深春は珠生を振り返った。てっきり、珠生は心底びびって泣きそうな顔をしているだろうと思っていたのに、その表情はどこまでも淡々としていて、そしてどことなく好戦的なものに見える。 「おいおいおい、今日はえらいべっぴんさん連れてるやんか! そのべっぴんさんとイブの夜は嵌め合いか?」  スキンヘッドの男が珠生に目を留めて、げらげらと下品に笑いながら近づいてきた。珠生はすっと冷たい視線を男に向ける。 「おいお前ら、見てみい。芸能人か? こんな綺麗なガキ見たことないな」 「ほんまやほんまや。お前も一緒に遊んだるわ」  男たちに取り囲まれ、珠生もぐいぐいと肩を押され腕を引っ張られ、ビルの裏手へと連れて行かれる。深春は戸惑いつつも、男たちに肩を抱かれる珠生の背中を追って歩いた。 「おい、そいつは関係無いだろ!」 「何や、心配なんか? 大丈夫や、痛くないようにしたるから。なぁ? おじさんが気持ちようしたるからな」 「おい……!」 「この間の威勢はどうしたんや。あぁ? やっぱ恋人連れとったら弱なるんかなぁ?」 「や、やめてください……」 と、珠生は何のつもりか、表情とは裏腹に弱々しい声を出している。 「おうおう、可愛いやんかお前。すぐに脱がして可愛がったろ」  いやらしく笑い合う男たちの中で、珠生はえらくしおらしくしている。  人気のないホテルとビルの裏手に連れ込まれた途端、深春は信じられないものを見た。  珠生の目が光り、華奢な身体が鋭く動く。その瞬間、珠生の肩を抱いていたスキンヘッド男の腕が反対側に曲がり、腹に思い切り肘鉄を喰らっている様が見えた。耳をつんざくような悲鳴に驚いて振り返った男の鼻に、珠生のスニーカーがめり込む。男の鼻がグシャリと潰れ、鼻血が飛び散った。  さらに珠生はひらりと身を翻すと、深春の首に腕を回して連れ歩いていた男の腹に拳をめり込ませ、地面に転がす。しんがりに立っていた男は、異変を察知しつつも動くことが出来なかったらしい。次の瞬間には、その男の横っ面に珠生の後ろ回し蹴りが決まっていた。  珠生は一瞬でどさどさと地面に倒れ伏した男たちを見下ろして、息ひとつ乱さずに立っている。  深春はただただ呆然として、珠生の人間離れした動きに見惚れていた。  珠生はスキンヘッドの男の前にしゃがみこむと、ぐいと派手なシャツの襟を引っ張って顔を近づける。暗がりでも、男が怯えた目を珠生に向けるのが分かった。 「すみませんが、今後一切、この子に構わないでもらえますか? しつこくこの子につきまとってきた場合は……どういうことになるか、分かりますよね?」  がたがたと震えながら、男は小刻みに頷いた。珠生はニヤリと笑って、赤い唇を吊り上げる。 「ついでに、俺のこと、警察に言わないでくださいね。もし言ったら……それも分かるよね。もっとひどいことになるよ」 「わ、わかりました……」  男は腹を思い切り突かれたせいで苦しげな息遣いをしながらもほんのりと頬を染め、掠れた声でそう言った。  珠生は妖しく美しい笑顔を浮かべると、スキンヘッドの男の頬に着いた血液を指先で拭い、すっと立ち上がった。  ぱんぱんと手を払い、ビルの壁にもたれかかって唖然としている深春を振り返った珠生の顔は、さっきまでの猛々しさなど見てとることもできないような、穏やかな表情だった。 「俺はこうなるまで、喧嘩なんか一度もしたことがなかった。けど、記憶と力を取り戻して、こうなった。……分かってくれた?」 「……あ、うん……はい……」 「コーヒーって気分じゃなくなったね。部屋に戻ろうか。寒くなってきちゃった」 「……あ、はい……」  突然おとなしくなった深春を見て、珠生はふっと微笑んだ。ビルの隙間から大通りへ出る道を歩きながら、珠生はぽんと深春の肩を叩く。 「さ、逃げよう。見られると面倒だしね」 「……はい……」  二人はクリスマスムード一色の駅前の道を、早足に駈け抜けた。  

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