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十九、ひらめき
ほぼ同じタイミングで風呂から上がった舜平と芙二子は、自然と同じ部屋に戻って缶ビールをぶつけ合っていた。
ぐびぐびと舜平顔負けの勢いでビールを煽る芙二子を見て、舜平は目を丸くする。
「ぷはっ! ああー美味い!」
「はははっ、すごい飲みっぷりやな」
舜平は笑って、自分も喉を鳴らしてビールを飲んだ。芙二子はあっという間に一本缶を開けると、合わないだろうに茶托の上に乗っていた和菓子を食べ始める。
「やっぱ、温泉の後はビールだわね」
「その通りやな」
「北崎くんとよく飲むんだって? 名前はちょこちょこ聞いたことある」
「ああ、まあな。サッカーも一緒にやってるしな」
「仲いいんだ」
「うん、ここ一年くらいで再び再接近や」
「はは、そっかそっか」
芙二子は上機嫌にビールを飲んで、また次の和菓子も空けている。ビールと甘味、果たして合うのだろうかと舜平は首を捻った。
「それにしても珠生くん、可愛いよねぇ。写真で見るよりずうっと可愛い」
「うん、せやな」
「だよねぇ!! 相田くんもそう思う?」
「え? ……あ、まぁなぁ、あいつは可愛い顔してるわな」
舜平はやや口ごもりつつ、そう言ってビールを流し込む。芙二子はしげしげと舜平を見つめた。
スラリと背が高く、引き締まった身体つきをしているし、顔もよく見ると男前だ。珠生といるから霞んで見えるのかもしれない。浴衣の襟元から覗く健康的な肌色と胸筋を、じろじろと芙二子は観察した。
「おい、何やその目つきは」
舜平はさっと浴衣をかき合わせて、じろりと芙二子を見る。
「あたし、男の人の鎖骨フェチなんだよね。相田くん、いい身体してるわ〜」
「……はあ、どうも。もう酔ってるんちゃうやろうな」
「酔ってないよぉ。今日は珠生くんの鎖骨と胸筋を見るまでは部屋に戻らないから」
「はぁ!? 何言ってんねん、おかしな女やな」
「それにしても、よく見ると相田くんも結構かっこいいじゃん。どれどれ……」
テーブルの向こうから四つ這いでやってくる芙二子の胸元に、どうしても目が行く。一応下着はつけているらしいが、それほど大きくはない胸の谷間がチラリと見えて、舜平は思わず目をそらした。
「ああぁあああ!! いま見た! 見たでしょ!」
「見えたんやからしゃあないやん!! お前がそんな格好で這ってくるからやろ!」
「あーお前って言ったぁ。やだもう、このテレ屋さん!」
どう見ても酔っ払っている芙二子に、舜平はため息をついた。けらけらと楽しげに笑い、芙二子は尚も舜平ににじり寄ってくる。
「近づくな破廉恥女め」
舜平は座椅子から尻をずらして芙二子から逃げようとするが、芙二子は四つ這いのまま舜平に、というよりも舜平の鎖骨を近くで見ようと近づいてくる。
押入れに背中をぶつけ、逃げ場がなくなった舜平に迫るように、芙二子は舜平の膝の上に手を着いて近づいて来た。
今度はどうしようもなく、芙二子の胸元がすぐ目の下だ。すっぴんで眼力がなくなっている芙二子はとろんとした目つきで舜平の鎖骨を観察している。
「ほうほう、いい骨格だぁ」
「……は、何やねんこいつ……」
「どれどれ、胸筋も見てやろうか」
「おい、やめろって言ってるやろ変態女!」
舜平の膝の上に馬乗りになった芙二子が、舜平の浴衣の合わせ目をぐいと開く。
その時、すっと静かな音とともに襖が開き、珠生と悠一郎が帰ってきた。
四人が一斉に黙りこむ。
まるで芙二子が舜平を襲っているかのような図に、珠生と悠一郎は目を見合わせた。
「何、やってんの……?」
一番最初に我を取り戻したのは悠一郎だった。悠一郎の声と、珠生の軽蔑の眼差しに、舜平ははっとして芙二子を引き剥がす。
「あ、これはその……! ちゃうねん!」
「あー、おっかえりぃ!」
そんな事には頓着しない芙二子は、舜平の上に座ったままにこやかに二人を出迎える。
その時、ぽんと悠一郎が手を叩いた。
「珠生くん、これや、今回はこれで行こう!」
「はい?」
「自然と官能のコラボレーションや!」
「へえっ?」
どういうわけか突然興奮し始めた悠一郎を不気味そうに見つめながら、珠生は目を瞬かせる。
「官能……なにそれぇ、やだぁ、あたしと珠生くんを撮るつもりぃ? しょうがないなぁ」
これまたどういわけか”官能”と聞いて突如ノリノリになった芙二子が、よろりと立ち上がって珠生に近づいてくる。
珠生はぎょっとして、思わず悠一郎の後ろに隠れた。
「芙二子ちゃんちゃう! 舜平と珠生くんを撮るんや!」
「はぁ? なんでやねん」
と、舜平。
「はぁぁああ!? そこは女のあたしでしょうが!」
と、芙二子はなぜか怒り出す。
悠一郎の気がついに触れてしまったのだと理解した珠生は、重々しく首を振って呟いた。
「悠さん……そんなにも卒業制作で思いつめて……。仕事も、大変だったんだろうなぁ……」
「ちょっとぉ、あたしと珠生くんの絡みを撮りなさいよ!!」
「お前ちゃうって言ってるやろ!!」
「大騒ぎすんな、阿呆が」
取っ組み合いを始めた芙二子と悠一郎を、舜平が呆れ顔で引き離す。尚もぎゃあぎゃあ喚いていた芙二子であったが、今度は突然ばったりと座布団の上に倒れ、ぐうぐうといびきをかき始めた。
「……芙二子さんも……そんなにストレスたまってたんだ……」
珠生は沈痛な面持ちでそう呟き、はぁはぁと肩で息をしている舜平をちらりと見遣る。
「な、何や」
「ほんっとに断れない人だな。優柔不断。不潔」
「そ、そんなんちゃうわ!! あいつがいきなり迫ってきて……。というか俺の鎖骨と胸筋を見せろって迫られてただけで!!」
「ああ、この人鎖骨フェチやしなぁ。ちなみに俺のは不合格らしい」
と、悠一郎が無事だったカメラをいとおしげに撫で回しながらそう言った。
「鎖骨フェチってなんですか」
と、珠生。
「お前は知らんでいい」
と、舜平。
「鎖骨見て異様に興奮できる性癖のことだよ」
と、悠一郎。横で舜平が頭を押さえる。
「ふうん、変な人」
と、珠生。
「まぁ、変わった子やな」
と、悠一郎は眠り込んでいる芙二子のために布団を敷いてやっている。なんだかんだと言って、世話を焼いている悠一郎が健気である。
「ただの破廉恥女やないか、全く」
舜平は浴衣を直しながら、ぷりぷりと怒りながらそう言った。
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