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三十九、布団の中

 珠生は初めて入る舜平の部屋を、物珍しげに眺め回している。  舜平の部屋は居間と同じ八畳間だが、本棚が大きいめか居間よりも少し手狭に見えた。窓に向かって机があり、閉じたパソコンが置かれている。その周りにごちゃごちゃと資料が積み上げられている様は、健介の部屋とどことなく雰囲気が似ていた。  本棚の中身を見てみると、上段は専門書や教科書の類いが並んでいるが、下の方はほとんど漫画やサッカー関係の雑誌でうめつくされている。 「あ、これ途中まで読んでたけど最後知らないんだよね……」 と、珠生は漫画を取り出し、畳の上にあぐらをかいてその場で読み始めた。舜平は笑いながら、部屋の真ん中に布団をひとつ敷いてやる。 「やらかいとこで読めよ。俺、ちょっと論文書いてから寝るし、お前は先に寝ててもいいで」 「あ、そっか。ごめんね、なんか忙しい時に」 「いや、いいって。今はそんなにどん詰まりなわけじゃないから大丈夫や」 「そう。良かったね、前会ったときはうつうつしてたのに」 「前……あぁ、琵琶湖行った時やっけ?」  珠生は、布団の上に寝っ転って漫画を読み始めている。舜平の貸した大きめのTシャツの下に短パンを履いているが、それも少し大きめだ。これがいわゆる彼シャツというものなのだろう。すこぶるかわいいと舜平は思った。  ――ええなぁ、シャツ着せたまま、エロいことしたい。恥ずかしがるやろうな、珠生のやつ……。  と、そんなことを考えかけて、舜平はため息をついた。珠生に背を向けて机に向かうと、ゆっくりと首を振る。  ――あかんあかん……ここは実家や。何を考えてんねん、俺は。  珠生と会うのは久しぶりだったし、やはりこうして二人きりになってしまうと、どうしてもその肌に触れたくなってしまう。それに、珠生の笑顔を見て、ここ数カ月の疲れが癒えた気がしたのも事実だ。  珠生は全くそんな気は無さそうに、寝っ転がって脚をぶらぶらさせながら漫画を読んでは、たまに笑っている。平和だ。  さっきまで親子関係について悩んでいたが、今は漫画で笑えている珠生の健康的な一面を見て安堵する。  ――ちょっと素直になれへんかっただけか。  舜平はそう思って、自分も論文に集中しようと、気持ちを切り替えた。    +  あの後、家に取り残された健介とすみれは、結局外で食事をした。  珠生や千秋に家事を任せきりで、自分たちがなにもできないということに気付かされ、情けない気持ちを共有しつつ、近くの定食屋で食事を取り、すぐに帰宅してきたのである。  すみれはそのまま千葉へ帰るつもりにしていたが、リビングに飾っていた珠生の写真に気づき、すみれは足を止めた。 「これ……珠生?」 「ああ、そうだよ。写真家の友達がいるらしくてね、よくモデルを頼まれるそうなんだ」  健介は、珠生の日常を話すときはとても楽しそうだった。数年離れていたとはいえ、珠生と健介はよく似てきていることに気づく。  やはり親子だ。昔から珠生は父親の方に懐いていたことを思い出しながら、小さな額に入った写真をしげしげと眺める。  新緑をバックに写っているのは、輝かんばかりの珠生の笑顔。何と美しい写真なのかと、目を見はってしまう。 「珠生って、こんな顔して笑うんだ……。あたし、ちゃんとあの子の写真なんか撮ってあげたことないし、こんな顔、見たことないかもしれないな……」  すみれの淋しげな横顔に、健介の動きも止まる。 「もっと見てみるかい? アルバムにしてあるんだよ。……といってもその写真家の子がしてくれたんだけどね」 「ええ、見たいわ」  健介が部屋から持ってきた白いアルバムを、どきどきしながらめくる。母親である自分が見たことのない表情をした珠生の姿が、そのアルバムの中には溢れている。  そして、ついこの間まで千秋と同じ顔をしていたはずの珠生が、千秋よりもぐっと色気のある顔立ちになっていることにも、驚かされる。 「……きれいね。これが我が子とは、驚かされるわ」 「そうだろ。こんな顔、見たことないもんな」 「これなんか、すごくきれいね。ああ、きれいってのは風景と言うよりも珠生がね」 「ははっ、そうだね」  二人並んでソファに腰掛け、珠生の写真を眺めながら笑った。こうして二人で笑い合うのは、何時ぶりだったかとはっとする。  それは健介も同じ思いだったのか、はたと黙ってアルバムに目を落としていた。 「……あなたとうまく行ってるのね。安心した。それに、こんないい顔ができるんなら、この子の居場所はこっちにあるんだわ」 「そうだね。珠生はすごく生き生きしてる。僕も本当に嬉しいよ。高校の入学式とか、懇談とか、そういうの一生ないと思ってたのに、父親っぽいことをさせてもらえてさ」  健介はふわりと笑った。その顔が、初めて健介と出会った頃の表情と重なり、すみれは少しばかりどきりとした。 「そう……良かったわね」  あえてつんとして、すみれはそう言ってそっぽを向く。 「今更あたしに何を言われても、珠生は怒るばかりでしょうね……。潔く、応援に回るとするか」 「そうしてやってくれよ。あの子はちゃんと自分の将来のことも考えてるから」 「そうね。分かったわ」  パタン、とアルバムを閉じた。すみれはその表紙を大切そうに撫でながら、「これ、借りて帰ってもいいかしら? 千秋に見せたいの」と言った。 「うん、いいと思うよ。千秋も珠生に会いたがってるんじゃないか?」 「いいえ……なんであいつは大学受験がないのよって、ぷりぷりしてるところだから」 「あははは、千秋らしいね」  笑う健介を見て、すみれの表情も自然と綻ぶ。こんな風に笑っている健介を見ていると、今まで意地を張っていたことが馬鹿らしく思えてしまう。  もう少し一緒にいたいと、思ってしまう。  すみれがうつむいてアルバムの表紙を撫でていると、健介が立ち上がった。すみれが見上げると、健介は微笑んで、「明日は休みなんだろ?飲んでいけば?」と言った。 「ええ……そうだけど」 「思えば、二人で話す時間なんてほとんどなかったよね。今日くらい、話をしよう」  健介の穏やかな笑顔に、すみれも笑みを返した。  +  一区切り着いて、舜平は大きく伸びをしながら後ろを振り返った。珠生は結局、漫画を読みながら寝てしまっているようで、すうすうと漫画を腹に乗せて寝息を立てている。  布団もかけずに寝入っている珠生は可愛らしく、舜平は思わず微笑んでいた。  電気スタンドを消して、珠生に布団をかけてやろうと枕元に膝をつく。 「……こいつも漫画なんか読むんやな」  少年漫画のコミックスを手から外して、布団をかける。珠生は布団の感触に身動ぎして、寝返りをうった。  膝を抱えるような格好で横向きに寝ている珠生に、そっと布団をかけ直し、頭をなでた。さらりとした髪の毛の感触が、懐かしい。  時計を見ると、時刻はすでに零時を回っていた。  電気を消して、明日珠生をどこまで送っていくかなど算段を立てつつベッドに入る。タンクトップ一枚ではさすがに冷え込むので、ジャージを羽織って論文を書いていたが、それを脱いで布団をかぶった。  すると、もぞもぞとベッドに入り込んでくるものがある。舜平が仰天していると、珠生が寝ぼけ眼のまま、舜平の布団に入ってこようとしている所であった。 「……おい、当たり前のように入ってくるな。ここは俺の実家やぞ。なんもせぇへんぞ」  身を起こした舜平にそんな注意をされ、珠生はぱちぱちと目を瞬かせる。そしてそれを無視するように、舜平の布団をかぶって背中を向ける。 「……お前なぁ」 「……いいじゃん、寒いんだから」 「寒いってお前……」 「何にもしない」 「……まったく」  諦めた舜平は、いつものように珠生の首の下に腕を通すと、背中からきゅっと抱き締めた。少しばかり冷えた珠生の身体が、舜平から熱を奪っていく。 「……いつもそんな薄着で寝てるの?」 「ああ、俺、体温高いみたいやからさ」 「確かに、いつも熱いね、舜平さんの身体」 「……」  舜平は珠生から照れた顔を隠すように、ぎゅっとその身を抱き締めた。珠生の手が腕に触れるのを感じて、舜平は目を閉じる。 「……はぁ、癒される」  舜平がそんなことを呟くと、珠生はくすりと笑って、舜平の方を向いた。心地良く背を撫でられながら、珠生は暗がりの中で舜平を見上げる。 「先生は心細くて俺を連れてったんやろうけど、良かったわ。久しぶりにちゃんと珠生と喋れたし」 「……迷惑なら、ちゃんと断ったほうがいいよ」 「慣れてるからいいねん」  舜平の優しい声に、珠生は何となく涙が出そうになった。そんな表情を読み取ってか、舜平はそっと唇を寄せて、珠生の唇に微かなキスをする。  お互いの唇がかすかに触れるだけの、静かな口づけだ。 「……舜平さん」 「これくらいじゃないと、止まらへんくなるから」 「……うん……それでいいから、もう一回してよ」  舜平は微笑んで、何度かまた珠生の唇に触れた。珠生はぎゅっと舜平のシャツを握りしめたまま、ふわりと目を閉じる。  互いの唇の弾力を確かめるようなキスを繰り返していると、やはり身体が熱くなってくる。もっと深くつながりたい、舌を絡めたい、そのままいつものように抱き合いたい……そういう熱が、高まっていく。  目を開けると、珠生の目から一筋の涙が溢れていた。舜平は微笑んで、その涙を指で拭う。 「……これだけで泣くんか」 「……気持ちいい」 「まだ何もしてへんやろ」 「これだけで、気が満ちる。……すごく、気持ちいいよ」  満ち足りた顔で微笑む珠生は、なんとも言えないほどに美しい。舜平はたまらず、ぎゅっと珠生を強く抱き締めた。 「舜平さん……」 「ん?」 「……当たってる」  珠生の太ももに、硬く盛り上がった舜平の股間が触れているのだ。舜平は慌てて身を離そうとしたが、するりと珠生の手が短パンに潜り込んできた。 「ちょ、おい!」 「手でしてあげるよ、それならいいでしょ」 「やめろって、そんなんええねん」 「だってこんなに、硬くなってる。つらいんじゃないの?」 「……そりゃあ、まぁそうやけど、でも……」 「いいから、させてよ」  珠生はぎゅっと舜平に抱きついたまま、手を動かし続けた。ぬるりとした体液の感触を得た珠生は、短パンをずらして舜平の下半身を晒す。微かに抵抗を示した舜平だったが、諦めたのか、珠生の肩を強く抱いて声を堪えているようだった。 「……ひとりでしてないの?」 「……そういえば、最近してへんな」 「からだに悪いよ」 「う、五月蝿い」 「すごく、硬いよ……ねぇ、舐めてもいい」 「あ、あかんって。そんなんあかん」 「なんで……?」 「そんなんされたら、ほんまにやりたくなる。ここじゃあかんし……っ」 「でも……飲みたいんだ、舜平さんの」 「お前っ……何言ってんねん……」 「最後だけ、舐めさせてよ、ね……?」 「うっ……あっ……」 「気持ちいい?」 「そんなん……見りゃ分かるやろ……っ」  珠生は舌なめずりをすると、やおら身体を起こして舜平の脚の間に顔を埋めた。熱く、ねっとりとした珠生の舌が絡みつく感触の淫らさに耐えるべく、舜平は必死に声を殺した。 「んっ……う」  ゆっくりと味わうように動く珠生の舌が、敏感になった部分をことごとく責め立てる。舜平は奥歯を噛んで、息を殺した。 「あ……もう、やめとけって……」  珠生は何も言わずに、ゆっくりと上下に動きながら舌を絡ませてくる。舜平は上半身を起こして、股ぐらに顔を埋めている珠生の頭を撫でた。 「んっ……あ……あかんって、出る……!」  びくんっと震える舜平の身体にしがみつくように、珠生はそこから口を離すことなくすべてを受け止めた。ごく、ごくと喉を鳴らして舜平の精液を飲み干すと、珠生は顔を上げてまた舌なめずりをした。  赤い唇をぬらぬらと光らせて舜平を見上げる珠生の瞳孔が、縦に裂けて見えた。  肘で上半身を支えている舜平は、荒い息をしながら珠生を見つめた。薄暗い部屋の中で、カーテンの隙間から入るかすかな月のひかりを受け、珠生の目と唇が艶っぽく光っている。 「美味しい。ごちそうさま」 「……お前」 「舜平さんは……本当に美味いね。なんでかな……これだからやめられないんだ」 「……」  舜平は短パンを上げて立ち上がると、机の上に置いていたペットボトルの水を珠生に渡した。 「ありがとう……」  ごくごくと水を飲む珠生を眺めながら、舜平はベッドの端に腰を下ろした。こんな天使のような顔をしているくせに、やっていることは小悪魔だ。  珠生はぷは、と息をついてから舜平を見た。なんとも言えない顔で自分を見ている舜平に、珠生は首を傾げる。 「なに?」 「けろっと爽やかな顔しよって。今お前何してたか分かってんのか」 「分かってるよ、もちろん」  珠生が微笑む。舜平は珠生の抗いがたい魅力に、ため息をついた。 「お前もやってやろうか?」 「俺はいいよ」 「何でや、遠慮すんな」 「へんな声、出ちゃうから」 「……」  舜平は赤面する。 「もう寝よう、明日はまだ学校だし」 「お、おう……せやったな」  壁際に寄って寝ようとしている珠生の隣に寝転がると、またその肩を抱いた。珠生は身体を舜平の方へ向けて顔を上げ、にっこりと微笑む。  ――むっちゃくそかわいい……。  眠る前の挨拶のつもりか、自分から伸び上がって、舜平に遠慮がちな口づけをしてくる珠生の行動も、またたまらなくかわいらしい。  ――やばい、めっちゃやりたい。このまま寝るとか、拷問やろ……。  くるりと壁の方に向いてさっさと寝入ってしまった様子の珠生を後ろから抱きしめながら、舜平はぎゅっと目を閉じた。  

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