3 / 7
3「白銀の歌」
──ああ。知ってるぜ。
新しい〝怪物狩り〟の仕事だろ?
こんな人目につくような掲示板に、デカデカと依頼を貼り付けやがって。ったく!
……こいつはオレの獲物だ。
前回のドラゴン狩りの償金を下町でパーッと使っちまったからな。そろそろ、重い腰を上げねぇと……。
……!
こりゃあたまげた。大層な償金額じゃねぇか。そんなに危険な怪物なのかよ。
はあ? バカ言ってんじゃねえ。怖気づいたどころか、腕が鳴るぜ!
オレをいったい誰だと思ってんだ? あらゆる危険な怪物を仕留め、今日この瞬間まで町を守ってきた正義のヒーローだ!
すまん、今のは忘れてくれ。
〝セイレーン〟……。
美しい歌声で男を惑わせ、生気を吸い取る怪物か。近頃、雪山に鉱石掘りに行ったきり、行方知れずになる男が後を絶たないと聞く。
なるほど。それが、このセイレーンの仕業だというわけだな。
ああ、任せとけ。ヤツは必ず仕留めてやる。
鉱石は町の貴重な財源だ。掘り手がいねぇのも、商品にならねぇのも致命的だからな。
ま、中には怪物に本気で惚れちまって、わざと帰って来ない奴もいるかもしれねえけど。
あははははっ!!
冗談だって!
***
聴こえる。また、あの歌だ──。
鈴の鳴るような美しい声と、胸を締め付ける旋律。幼い頃に母が唄っていた、子守歌とはまるで違う。悲恋のように切なく、孤独のように寂しい。そんな歌だ。
アヤトは目を覚ました。
夕食後、本を読みながら床で眠ってしまったらしい。丁寧にかけられた毛布を脱ぎ、室内を見回してみる。コトリの姿はない。
壁掛け時計の針が、夜の九時をさしている。人工の光源は全て消灯されており、どうりで、部屋が薄暗いはずだと思った。
燃える暖炉と、窓から舞い込む月の光だけが、室内をぼんやりと照らしている。
どうやら歌は、外から聴こえているようだ。
「……コトリが唄っているのか?」
誘われるがまま、ドアへ向かう。
一面の銀世界は眩く、月光にきらきらと輝いていた。
シンと冷えた空気は澄んで、露出した肌を撫でる。
少し向こうに、コトリの姿が見える。聞き慣れない異国の言葉が、美しい旋律に乗って紡がれる。
「 」
コトリが、こちらに気づいて振り向いた。
同時に、歌が終わる。
「アヤトくん!?」
雪に足を取られながら慌てて駆け寄り、上着を脱いで着せてくれた。綿の内側に残った温度が、じわりと温かい。
「ダメですよ、外に出るなら厚着しないと……」
「歌が聴こえたから」
「あっ……。すみません。どうやらまた、起こしてしまいましたね」
そう言いながら、家へ入るように促す。
転ばないよう、しっかりと手を繋いだ。握ったコトリの手は冷たく、まるで人形のように白かった。
黒髪と相対的な白。華奢な体躯。こうして並ぶと、実はアヤトより、頭一つ分くらい背が高い。……それは何だか悔しい。
「お前だって、こんな上着一枚じゃ凍えてしまう」
「僕はずっと雪山に住んでいますから、もう慣れっこです」
「あの歌は?」
「……さあ。先祖代々受け継がれてきた曲だそうで、血縁の子どもは皆唄うことができます。──もっとも、今は僕一人だけですが」
「そういや、聞いたことがなかったな。お前の親や兄弟の話」
「あまり楽しい話ではありません」
「……聞きたいんだ。話してくれ」
「いつかね。──さあ、着きましたよ」
ともだちにシェアしよう!