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3「白銀の歌」

 ──ああ。知ってるぜ。  新しい〝怪物狩り〟の仕事だろ?  こんな人目につくような掲示板に、デカデカと依頼を貼り付けやがって。ったく!  ……こいつはオレの獲物だ。  前回のドラゴン狩りの償金を下町でパーッと使っちまったからな。そろそろ、重い腰を上げねぇと……。  ……!  こりゃあたまげた。大層な償金額じゃねぇか。そんなに危険な怪物なのかよ。  はあ? バカ言ってんじゃねえ。怖気づいたどころか、腕が鳴るぜ!  オレをいったい誰だと思ってんだ? あらゆる危険な怪物を仕留め、今日この瞬間まで町を守ってきた正義のヒーローだ!  すまん、今のは忘れてくれ。  〝セイレーン〟……。  美しい歌声で男を惑わせ、生気を吸い取る怪物か。近頃、雪山に鉱石掘りに行ったきり、行方知れずになる男が後を絶たないと聞く。  なるほど。それが、このセイレーンの仕業だというわけだな。    ああ、任せとけ。ヤツは必ず仕留めてやる。  鉱石は町の貴重な財源だ。掘り手がいねぇのも、商品にならねぇのも致命的だからな。    ま、中には怪物に本気で惚れちまって、わざと帰って来ない奴もいるかもしれねえけど。  あははははっ!!  冗談だって!  ***  聴こえる。また、あの歌だ──。  鈴の鳴るような美しい声と、胸を締め付ける旋律。幼い頃に母が唄っていた、子守歌とはまるで違う。悲恋のように切なく、孤独のように寂しい。そんな歌だ。  アヤトは目を覚ました。  夕食後、本を読みながら床で眠ってしまったらしい。丁寧にかけられた毛布を脱ぎ、室内を見回してみる。コトリの姿はない。  壁掛け時計の針が、夜の九時をさしている。人工の光源は全て消灯されており、どうりで、部屋が薄暗いはずだと思った。  燃える暖炉と、窓から舞い込む月の光だけが、室内をぼんやりと照らしている。  どうやら歌は、外から聴こえているようだ。 「……コトリが唄っているのか?」  誘われるがまま、ドアへ向かう。  一面の銀世界は眩く、月光にきらきらと輝いていた。  シンと冷えた空気は澄んで、露出した肌を撫でる。  少し向こうに、コトリの姿が見える。聞き慣れない異国の言葉が、美しい旋律に乗って紡がれる。 「  」  コトリが、こちらに気づいて振り向いた。  同時に、歌が終わる。 「アヤトくん!?」  雪に足を取られながら慌てて駆け寄り、上着を脱いで着せてくれた。綿の内側に残った温度が、じわりと温かい。 「ダメですよ、外に出るなら厚着しないと……」 「歌が聴こえたから」 「あっ……。すみません。どうやらまた、起こしてしまいましたね」  そう言いながら、家へ入るように促す。  転ばないよう、しっかりと手を繋いだ。握ったコトリの手は冷たく、まるで人形のように白かった。  黒髪と相対的な白。華奢な体躯。こうして並ぶと、実はアヤトより、頭一つ分くらい背が高い。……それは何だか悔しい。   「お前だって、こんな上着一枚じゃ凍えてしまう」 「僕はずっと雪山に住んでいますから、もう慣れっこです」 「あの歌は?」 「……さあ。先祖代々受け継がれてきた曲だそうで、血縁の子どもは皆唄うことができます。──もっとも、今は僕一人だけですが」 「そういや、聞いたことがなかったな。お前の親や兄弟の話」 「あまり楽しい話ではありません」 「……聞きたいんだ。話してくれ」 「いつかね。──さあ、着きましたよ」

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