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第2話

 最初のうちは、錬金術師のつくる怪しげな薬品の効果もあったのだろう。肩や指先に触れられただけで勃起するなど、どう考えても有り得ないし、無理に貫かれた割に痛みもなかった。  しかし今はどうだ。 「ぃ、ア、ァ……ッ」  薬剤を使うのは勿体ないとの発言から、申し訳程度入り口に塗られたのは食事の残りのバターだ。勇者自身も夕食で口にしたそれは、ただの食べ物だった筈だ。  それなのにペニスはしっかりと反応し、呻くばかりでもない声がひっきりなしに漏れる。 「勇者様ぁ、また緩くなりましたぁ?」 「ダッテ毎日のように2本トカ入れてればネエ」 「じゃあ魔王倒して暇になったら、今度はこっちを商売にすりゃいいな」 「値がつくのか? この体たらくで」  あちこちから声が降ってくるが、最早位置関係もよく分からない。今口に含んでいるものはやたらと太いから、剣士のものだろうなと何となく判断出来る程度だ。  男の体など、それも性器の形など、努めて覚えたいものではない。一刻も早くこんな時間が終わればいいと願う一方で、4人を相手にしているより残酷な事態というものにも、既に何度か直面していた。 「ふふ、確かに、2輪挿し楽勝だなんてぇ、クレームものですかねぇ」 「や、ァ……ッ、ごりごり、しな、」 「喋ってねーでやる事あるだろ? やれよ」  滅茶苦茶に掻き回されて口を塞がれるものだから、息苦しさが常に付き纏う。それがまた思考力を奪って、短絡的な発想しか出来なくなる。 「ホラちゃんと締めて。それとも勇者様、前線で戦う? 前ミタイに」 「ッ……!」  それは嫌だ、とペニスを咥えたまま首を左右に振る。  こんな目に遭うくらいなら、戦って傷だらけになった方がまだましだと、慣れない剣を握って立った事もあった。  じゃあそうすればいい、そう嘲笑って引き留めもしなかった彼らは、一切の手出しをせず単なる観客と化した。普段ですら勇者を数に入れずとも4人で立ち回っているような魔物の相手を、戦闘員とは呼べない手腕の勇者が倒せる筈などなかった。  ただ一方的に嬲られていくのを見ていただけだ。その時の魔物は巨大な獣に似た外見とは裏腹に割と知能もあったようで、一息には殺さずに、じわじわと非力な勇者を弄んだ。致命傷にならない程度の出血で、なのに早々に脚を折られ立つ事も叶わず、地べたに這い蹲ってもがく様を楽しんでいた。勇者の従者たちと一緒に。  勇者の扱いは道具と同等だ。  大切な道具だから注意は払うけれど、しかし激戦の末に壊れてしまったならそれは不可抗力。  死人に口はない。道具はそもそも喋らない。  世界の希望を背負って立っていた筈の勇者が、男に輪姦されましたなんて悪い冗談にしか聞こえない。仮に事実だったとして、人々にとってはそんな事よりも世界の存亡の方が大事だ。  救って当然だと思われている。途中で死ねば幾らかの弔いと引き換えに、今度こそあらゆる意味での役立たずの烙印を押される。  そんな結末を、激痛に苛まれながら垣間見た。  目的が達成されれば栄誉を得られる。それを格段欲しいとは思わないが、栄誉を掴み損ねるという事は、不名誉を押し付けられる事を意味する。それは勇者ひとりの身に降りかかる問題ではない。血を引いた全ての人間が糾弾される。  だから勇者は泣きながら詫びた。ごめんなさい。なんでもするから許して下さい。もうしません。助けて下さい。そんなような台詞を、仲間と呼ばれる人間たちへ。  そこで漸く、敵の歯牙から解放された。何度も地面を引き摺られるうちに皮膚は擦り剥けて、気付けば土の上には血で濡れた落書きが出来上がっていた。  恐ろしかった。そうやって少しずつ削られて肉塊となって死ぬ事は、そう非現実な事ではないと思い知った。  1人ではどうしようも出来ない事を、文字通り身を以って知った。  ごめんなさい、なんでもします。  そう泣きじゃくって体の隅々までを捧げた。  もう二度と、あんな目には遭いたくない。 「そんなに戦うのは嫌か。腑抜け勇者」  騎士は笑いもせずに告げ、睥睨した視線と目が合った。口が自由に使えたとしても、言い返す事は出来なかっただろう。  戦いもせず情事に耽る人間が、誇り高い勇者などではない事は分かっている。  しかしかつて祖先が成し得たような力は、最早体内に僅かに残っているだけ。封印をかけ直すという作業は勇者にしか出来ないが、そこへ辿り着くには自力では不可能だ。  事実何度かまた戦ってみるかと提案を受けたが、全力で拒んだ。言葉も通じない猛獣の前に1人で放り出される恐怖。あれに比べたら4人の慰み者にされている方が、生存確率はずっと高い。 「わ、わたしは、戦いより、男に、犯される方が、好き、で……ッあ、ァ……ッ!」 「ホントだ、自分で言いながら射精シチャッテる」 「うわぁ、1人で盛り上がっちゃって、気持ち悪いですねぇ」  媚びを売るふりだった筈だ。機嫌を取っていただけの筈。それが何故か、実体を伴うようになり始めたのは、いつだったか、それももう思い出せない。  惨めだ。そしてそう思えば思うほど、芽生える何かもあった。  少なくとも剣を取って戦うよりは、こういう風に体を使う方がずっと向いていたのだろう。  認めないわけには、いかないくらいに。 「周囲を労う前に自分の欲求が優先か?」 「ごめ、なさ、ぁ……ッ我慢、出来、なく……」 「あーもう喋んな。大人しく咥えとけよ」 「んぐ……ッ」  改めて口を塞がれる。苦しいがこれはこれで楽だ。頭を捻って言葉を紡がなくて済むし、余計な失態を増やす事もない。  それに時々思う。  魔物にむざむざと噛み殺されるくらいなら、気持ちいいと思えるうちに窒息でもしてしまえばいいと。  どうせ死ぬなら、辛くない方がいいに決まっている。  まだ死ぬわけにはいかないけれど、使命を果たせたとして、もうこれまでのような平穏な日常に戻れない事は分かっていた。  人々に称賛され富と名声を手にする自分は、どうしても思い描けない。万が一全てが上手くいってそんな日が訪れたとしても、やはりあの質素ながらに穏やかだった日々に戻れるわけではない。  こんな目に遭って、何事もなかったかのように以前の生活に戻る事など、最早不可能だ。  もう輝かしい未来など待っていなくていいから、とにかく目的だけを果たし、母や弟だけは守りたい。それだけが砦となって、まだ前に進む活力となっていた。

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