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第5話

口内を蠢く肉の感触。 息苦しさに男が目を覚ますと、口づけされていることに気づいた。 顔をそらそうと藻掻くが身体に力が入らない。 精一杯の力で腕を上げるが、目の前の背中を柔らかい音で擦るだけ。 舌を食まれ、唾液を啜られる。淫蕩な舌が男を翻弄する。 口内粘膜がふやけそうになるほど舐めあげると、やっと息も絶え絶えな男が解放された。 男の唇は深すぎる口づけにぽってり腫れて、狼藉主クラレンスとの間には銀糸がかかり、ゆっくり途切れた。 「目が覚めましたか?」 「ここは……どこだっ」 「王の間ですよ」 「ふざけんな!」 「ふざけてなんか居ません。この部屋を使えるのは、淫魔の王である私だけです」 クラレンスの瞳が紫色に輝いている。 「やっぱり魔族だったか……!人魔協定違反だぞ!」 「この世界全ての魔族が、この国の人間と協定を結んだと思っているのですか?かわいいなあ。おっと、起きない方がいい。媚薬を三倍量投与させてもらいました。なかなか効果が出ないから焦りましたよ」 白い指先をつうっと男の首筋に這わせると同時に、男がびくりと波打つ。  「くっ……」 触れられた所がジンジンと熱くなる。 持ち主の意思を無視しだした身体に男は忌々しそうに舌打ちした。 「ふふ、ゾクゾクするでしょう?毎夜毎夜、夢の中で逢瀬を重ねていたのに、食べごろの所で呪術師に邪魔されて……貴方には随分ヤキモキさせられました。胎内に潜ませていた私の可愛い使い魔も殺されてしまった」 男のジャケットを手際よく剥ぎ取るクラレンス。身を捩って抵抗するが、全く力が入らず無駄な抵抗となった。 薬のせいだろう、布がこすれる度ジリジリとした疼きが肌を這い回り気持ちが悪い。 「初めは、ただ空腹を満たすためだけの餌だったのに……。驚きましたよ、貴方にこんなに魔力が眠っているなんてね。しかし、感づかれないようにゆっくり開発して行ったのが仇でしたね。邪魔が入ってしまって……あと一歩だったのに」 忌々しそうに男のボタンを1つ、また1つと長く伸びた爪で弾き飛ばしていく。  「やめろ……っ」 「おや?これはこれは。あの呪術師の趣味かな?それとも貴方の趣味?」 服の内側から黒いレースが顔を出す。 男は歯噛みした。 「ぶっ殺してやる……!」 「へえ、サイズまでピッタリじゃないですか。でもデザインが悪い。私の趣味ではないな」 無造作に伸ばされる手。 だが、クラレンスが触れようとした瞬間バチッと一度弾かれる。 「……ふうん、ただの下着ではないね」 鋭い爪でブラの肩紐をブツンと切ると、クラレンスに向かって抑えられてきた魔力の香りがフェロモンとなり勢い良く湧き出てくる。 「っ、これは……凄い。なんて濃厚さだ。……まさかこれ程だなんて」 クラレンスの目がギラつき出した。 好物を前に高揚したのか息も荒くなる。 もどかしく子供がお菓子のパッケージを破るように、残りの衣服を引き裂いて、下のタンガも外してしまう。ガーターベルトのみの男の肌は媚薬に上気して桜色だ。 「変態め、近寄るな……っ」 ムッチリした腿にガーターベルトだけを残した裸体が、薄暗がりに身をくねらせる。 本人は真剣に逃れようと暴れているつもりだが、薬のせいでクラレンスを煽る行為でしか無い。 クラレンスは上がる息を整えるかのように生唾を飲み、うっそり微笑むと、無防備に晒された男の股間を膝でぐっと圧迫する。 「ぐうっ!」 「ああ、まだ強くなるのか……素晴らしい」 弛緩した、男の柔らかな胸を持ち上げるように掴む。片手では覆い切れないボリュームのそれは、 指が容易にめり込み、同時に弾けるような弾力性で揺れた。 首筋から鎖骨を唇で食み、次第に下がってくると乳首のあたりで男がこわばる。  「ぐっ、触んじゃねえ……!」  呻く男を見上げ、  胸の谷間に顔を寄せて低く笑うクラレンス。  「ここ、好きでしょう?」  長く薄い舌が男の乳輪を丁寧に辿り、ワザと乳首を避けて周囲をネットリ刺激していく。 じらされるそれに脳髄を焼かれるようだ。  「それともこうして欲しい?」  そう聞きながら、脇腹を乳首にするように摘んだり、円を描いたりしてみせる。  「くうぅっ!」  軽い痛みはもはや快楽でしかない。甘い疼痛に目の前がチカチカした。  駄目だとわかってるのに、早く乳首にその刺激が欲しくて低く唸ってしまう。身を苛む快楽と、さらなる刺激への欲求が、呪術師以外の人間に触れられる不快感とせめぎ合って男を苦しめた。  「呪術師には何処まで聞いているの?王都での話は聞いたかな?」  「……王都?……んっ」  「新しい結界の話は?」  指先で皮膚の薄い腿の内側を撫で上げる。男は反応をこらえようと必死だが、その目は潤み、反らされた首筋に髪が張り付いて色っぽいことこの上ない。  自覚のない媚態を嬉しそうに見上げながら、クラレンスの尖った舌がまた乳輪をなぞった。  「…ああっ…しらねえ、よ……」  実際、男は呪術師の事を全くと言っていいほど何も知らなかった。  その事実をこんな所で思い知ることになるなんて。火照る身体の内側に水を流されたような感覚を覚えた。そう、これは寂しさだ。  顔をそらす男に、クラレンスは更に続ける。  「あの呪術師に操を立てているのかい?愚かだね。あれが裏で何を生業にして生きてきたかも知らないのじゃないか?」  「な、……に?」  「あの呪術師はね、只の呪術師なんかじゃあない。裏の拷問官なのさ。大した罪もない男女を種族問わずひたすら虐めて、虐めて、秘密を吐かせる汚い人間。穢れた仕事を請け負う、クズだ」  ぐっと股間を握り込まれる。  「あああっ!」  過敏になったそこが唐突な刺激で達してしまう。しかし、薬の影響で茎はたちまちに起き上がった。  手のひらについた蜜をぺろりとなめてうっとりするクラレンス。  「私の可愛い部下たちも、あいつに随分潰されてしまったよ。……ああ、なんて甘い蜜だ。……うん、こちらも随分熟れてきたね良い子良い子。」  焦らされ、すっかり紅く染まる乳首を見下ろす。  快感に怯える先端の直ぐ側で話す度に、吐息がかかってもどかしい。  「私はね、魔力の流れが見えるんだ。この身体に渦巻く、淫に染まった美味しそうな魔力が貴方のイイトコロを正直に教えてくれる。貴方はここを虐めてもらうのがスキなんだよね。うふふ、性器よりも乳首がいいなんて、本当に私好みに育ったなあ」  乳首に触れるギリギリでガチガチと歯を鳴らした。  そのまま噛まれたらどんなに気持ち良いだろう。  「ううっ!」  咄嗟に身をよじろうとするが、白い腕にあっさり捕まってしまう。  「ほらほら、触って欲しいでしょう?」  男の形の良い耳を甘噛しながら誘惑する。  耳の産毛に吐息がかかるだけで腰が抜けそうなほど感じてしまうのが忌々しくて、男が目を強く閉じる。薬のせいで身体がどんどん裏切っていく。  「私にしておきなさい。私なら、貴方を一人にしないし、何時だって最優先で可愛がってあげる。こんな風に自分の恋人が他の男に攫われるのも知らずに遊び呆けたりしない」  押し寄せる快感の暴力に呆然と男が呟く。  「恋人……」  「違った?呪術師とは恋人ではなかったの?それとも、身体は貪るのに、あの呪術師は誠実ではないとか?」  「う、うるせえ!」  「なんて酷い。貴方はこんなにひたむきなのに。ねえ、私にしておきなさい優しい人、可愛らしい私の蜜花」  乳首にかぷりと吸い付き、こりっと舌でころがす。  「ああああっ!!」  今まで散々焦らされたそこへの刺激に、男が堪えきれず悲鳴をあげた。 右をせわしなく口中で転がして、左を指で弾いた。先端をカリカリ引っ掻いては指の背でこすってやる。  「やめっ、やめろぉ!それだめぇ!」  「ふふっ、先端から美味しい魔力がにじみ出てきた……。貴方は本当に何処もかしこも甘いんですね。部下たちを下がらせておいて正解でした。こんなに旨くては奪い合いで壊れる者が出かねない」  きゅっと両乳首をつまみ上げると、男はびくびく痙攣する。  「ひぃンっ!」  「あらら、雌イキしちゃった。蜜をこぼさないでイケて偉い偉い。……おや?」  そこでクラレンスは、男の蕾から伸びているコードに気がついた。  「うーん、これも封印具か。しかも私でも簡単には解けない術だ。でも、君の意思があればなんとかなりそうだね」  男根と蕾の間、会陰をぐっと指で圧迫する。その向こうにある前立腺に、痛みにも似た鈍い快感が走った。  「ひぐうぅっ!」  「ねえ、私に望んでおくれ?この忌々しい呪具を引き抜いてくれって。「お願い」って一言でいいんだ。私を受け入れてくれたら、沢山優しくしてあげる。貴方は特別だもの。他の餌みたいに部下に与えたりしないで、ずっと、ずっと大事に可愛がってあげる。他の誰にも、一口だって分けないで、大事に大事に食べてあげるから」  グリグリ責めながら耳元で強請るクラレンス。  だが男は目を閉じ歯を噛み締めたまま首を振る。  強情な男の態度に、クラレンスは自分の剛直をずるんと取り出す。  クラレンスの美貌にふさわしいピンと反った、形良い一物だった。そして男の蕾に宛てがいながら、男の腹を手のひらで探るように押し込む。そのせいで内側から呪具がゴリゴリと動き、前立腺にモロに刺激が走った。  「ふぁぁンっ!」  悲鳴の後、男の喉がヒュウと鳴った。脳の奥がバチバチ言う。  腹を押し探る手のひらをユラユラ揺すりながらクラレンスが続ける。  「ほら、ここにコレが入ったらとても気持ちいいですよ?はやくコレを受け入れて私のものになりましょう?貴方が今我慢してる気持ちのイイトコロを全部めちゃくちゃにしてあげる。コレでガンガンに突いて、奥の奥でイカせてあげる。それに、貴方には巣に帰ったらもっと色んな事をしてあげたいんだ。ああ、楽しみだなあ。一緒に色んな事をしましょうねえ。ほら、無理しないで?どうせ遅いか早いかの違いです」  男が自分に堕ちる事を少しも疑わない口ぶりに、男の中の強い怒りが奮い立つ。  「ち、くしょう……っ!」  薬の所為で思考がまとまらない。囁かれる甘言に、思わず揺らぎそうになる意識を無理やり奮い立たせて、最後の力を込めて腕を振り上げた。  ありったけの全てを振り絞り握った拳を思い切りクラレンスへ振り下ろす。  しかし、その拳は「ポスン」という情けない音を立ててシーツに沈んでしまった。  「頑張るなあ。そこも愛らしいのだけれど」  血のように紅い唇で、男の割れた腹筋を味わい辿りながら下へ下へと移動し、苦しげに反り返る男根にたどり着く。  「仕方ないからこっちから戴こうかな」  腹につきそうなほどの勢いで硬くそそりたつ太ましい男根。  そのカリを人差し指と親指で摘んで、舌先で先端の蜜をつうっと舐める。  「よ、よせっ!…あぁっ…やめろぉっ!」  願いも虚しく、クラレンスは唾液で濡れる唇を大きく開けると、ごぷりと太い陰茎を口に含む。  その長く薄い舌はまるで別の生き物のように、男をもてなした。  包皮をえぐり、鈴口を犯し、グチュグチュ音を思う様たてて蜜をすする。  尖った歯が当たるのももどかしい。  もっと濃い、魔力たっぷりの蜜液が欲しいと強請るようにじゅるっと啜り上げると、  射精欲求が高まり男の腹筋が収縮しだす。  「ひっ、いやだぁっ!は、離せぇっ!」  必死にクラレンスの頭を剥がそうとするが、力の入らないそれではまるで逆にクラレンスを引き寄せているようにしか見えない。頭部に両手を添えるだけで精一杯だ。  クラレンスが目だけで厭らしく笑うと、口中が一気に強い陰圧になり腰が抜けそうな快感が走った。  「うあぁぁっ!!」  白濁液が勢い良く噴出した。後から後から湧き出てくるそれが当たり前のように口で全て受け止められる。  「くうっ…あ…」  ぐったりする男。余韻に唇は震え、足先が揺れている。  魔力が豊富に含まれるそれを陶然と飲み下すクラレンス。  名残惜しそうにちゅぱっと口を離して、  「ああ、本当に甘い。……脳が蕩けそうだ」  長いまつげを伏せてうっとりと呟く。  そこに突然、クラレンスでも男のものでもない低い声が響いた。  「動くな」  クラレンスの背後に突然呪術師の影がかかる。  呪術師の顔を見つけて、薬で脱力したままの男が目を見開き呟いた。  「せ、んせぃ……!」  「おや、私に気づかれないでここまで来るとは、少しは成長したのかな?」  ごりっ、と後頭部に銃を突きつけられたまま淫魔王は背後の呪術師を嘲笑った。  呪術師はいつもより低いトーンで忌々しそうに答える。  「生憎まだまだ成長期でねえ。それで?今アンタはどこに居るんです」  ガシッと手入れの行き届いた黒髪を掴み上げ、力任せに長身を床へ引き倒す。  家畜のような扱いに動じもせず、美しい顔を歪めて笑うクラレンス。  「くくく、デートのお誘いかね坊や?……出直しておいで」  その瞬間クラレンスは懐から素早く銃を取り出すなり、こめかみを自ら撃ち抜いた。 パン!  思いの外軽い音が室内に響き、血液がシルクの絨毯に惨たらしく散る。  「……チッ、逃したか」  淫魔はそのままこめかみから血を流し、鈍い音を立ててうつ伏せに倒れた。  「し、死んだ……?!」   「こいつはもともと死体ですよ。遠隔地から使い魔で操ってただけにすぎねえ」  倒れたクラレンスの口から、ズルズルと例の使い魔がでてくる。30センチほどの黒い巨大なナメクジに似たそれを踏みつける。  シュウ、と音を立てて使い魔が空中に消えていった。  「……淫魔が取り憑いて魔力を貪った後の残り滓。主の為に動いて魔力を集める手足。必要があれば今回みてえに主が意識を同調させたりもできる、トカゲの尻尾だ」   遠くからバタバタと複数の足音が響いてきた。  「二人共大丈夫?!うわっ何この匂い!やっば、まさかおっさんの魔力フェロモン?!」  入り口でアグラディアがハンカチを口元に当てて立ち尽くす。  「来るんじゃねえ!今封印し直す!」  背後に一喝すると、呪術師は着ていたローブで男を包んだ。  「あ……」  そこで自分が裸なことに気づく男。ふわりと呪術師の匂いがして、媚薬で浮かされた肌が粟立つ。  「替えの封印具が間に合わなくて……。すまねえが、しばらくこのローブにくるまっていておくんなせえ。多少はマシなはずだ」  呪術師が男の両手首と額になにやら紋様らしきものをなぞると、魔術光が一瞬瞬いて紋様は消えた。  「簡易封印です。少しばかし息苦しいかもしれねえが堪えてくだせえ」  それから手際よく窓を開けて空気を入れ替えると、呪術師は部屋の外にいる男たちを室内へ迎え入れた。  中には警察らしき制服も見える。  にわかに騒がしくなる部屋。  呪術師は男が人目につかないようにカーテンの影で男をさらに毛布で包む。  「とにかく、宿に向かいやしょう。結界のない所に旦那を置いてはおけねえ」  ローブと毛布でグルグル巻にされた男を軽々と抱き上げ、呪術師は足早に館を後にした。

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